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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十八章 ほころびの春にもう一度
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第百三十九話



 大広間に足を踏み入れれば、それと同時に“パーンッ‼”と、賑やかな破裂音が鳴り響く。


「「杏咲(ちゃん/先生)、おかえりなさい‼」」


 まず杏咲の視界に飛び込んできたのは、“杏咲先生おかえりなさい!”とでかでか書かれた手作りの垂れ幕に、辺りを彩っている、色とりどりの花紙で作られた花飾り。

 そして――随分とお兄さんに成長した、八人の男の子たちの姿だった。


「た、ただいま……?」


 皆の視線が、杏咲に集まっている。

 謎の緊張感に苛まれた杏咲は、何故か疑問符を付けて返してしまった。


「ふ、何で疑問形なの?」


 そうすれば、子どもたちの後ろに立っていた透が、クスクスとおかしそうに笑いだす。

 それを皮切りに、久しぶりの杏咲の姿に嬉しさが極まって呆けていた子どもたちも、ハッと我に返った様子で動き出した。


「杏咲ちゃん、座ってや! おれが作った卵焼き、食べて!」

「杏咲、おれが作った餡蜜もあるよ! 杏咲、甘いの好きでしょ?」


 一番に動き出した吾妻と十愛は、それぞれ杏咲の片手を引いて、杏咲をお誕生日席まで誘導すると、ちゃっかりその隣をキープしている。


「吾妻たちばっかり、ずるい……」


 それに小さな声で異議を唱えたのは、湯希だ。


「湯希くん、久しぶりだね」

「……うん。ずっとずっと、杏咲に会えるの……楽しみにしてた」


 湯希も吾妻よりは小さいが、あの頃に比べて随分と背丈が伸びている。けれど、眠たそうな(まなこ)や、ゆったりとした口調は変わっていない。

 吾妻と杏咲の間に割り入ろうとする湯希に、吾妻は「いやや~!」と言いながら必死に抗っている。

 杏咲がそんな戯れを見守っていれば、そこに近づいてきたのは、柚留だった。

 相変わらずほっそりとした薄い体つきをしてはいるが、背丈の方はグンと伸びて、お兄さんに成長している。綺麗な白藍色の瞳は、杏咲の姿を目に映してゆらゆらと揺れている。


「あ、あの、杏咲先生!」

「柚留くん。……ふふ、大きくなったね」

「っ、はい! あの……お、おかえりなさい!」

「……うん、ただいま」


 柚留は“おかえり”の言葉を直接伝えたかったようだ。杏咲から返ってきた“ただいま”の言葉に、とても嬉しそうに笑っている。

 そして、柚留の斜め後ろまでやってきていた影勝は、杏咲と目が合うと、片眉をつり上げて不機嫌そうな顔になる。

 整った顔立ちは、幼い頃は中性的な女の子にも見えたかもしれないが……成長した今、その体つきを見れば、影勝が確かに男の子であることが一目で分かる。


「……帰ってくんのがおせぇ」

「あはは、そうだよね。私もこんなに遅くなっちゃうとは思ってなかったんだけど……」

「で、でも、これからはまた、一緒にいられるんですよね?」

「うん。また此処でお世話になるつもりだよ」

「っ、よかったです!」


 心から嬉しそうに笑っている柚留の表情に、そっぽを向きながらも杏咲に声を掛けにきてくれた影勝の優しさに――杏咲の顔にも、自然と笑顔が浮かぶ。


 ――私、また此処に……皆が居る場所に、帰ってこれたんだ。


 漸くその実感がわいてきた杏咲は、胸のあたりをぎゅっと抑えた。じわじわと胸に広がる嬉しさに、堪らない気持ちでいっぱいになる。気を抜けば、表情筋が緩々になって溶けてしまいそうなくらいだ。

 柚留と顔を見合わせてニコニコ笑い合っていれば、左隣から、ギスギスとした不穏な空気が流れてくるのを感じる。


「へぇ、玲乙くんってば、ちゃっかり自分が作った料理を杏咲に食べてもらおうとしてるんだ? それで好感度でも上げようとしてるの?」

「別に、僕はそんなつもりはないけど? 十愛が自意識過剰なだけなんじゃない?」

「っ、はぁ? 何それ!」

「僕は思ったままを言っただけだよ」


 突然耳に届いたのは、十愛と玲乙が言い争っているような声だった。否、声を荒げているのは十愛だけで、玲乙の声は、いつもと変わらぬ淡々としたものだが。

 驚いた杏咲がそちらを向けば、空いている皿に煮物を盛り付けている玲乙に、目を吊り上げた十愛が噛みついている姿が飛び込んできて。


「あ、あの……十愛くんと玲乙くんって、あんな感じでしたっけ……?」


 殺伐とした雰囲気で話している二人は、杏咲が知っている二人の関係性とは、大分違って見える。杏咲は恐る恐る、傍観している透に尋ねた。


「あー……、簡潔に言っちゃえば、あの二人、仲がすこぶる悪くなっちゃったんだよね」


 ニコリと笑った透はあっけらかんと話しているが、そんな軽い雰囲気で話していいことではなさそうだ。

 漂う険悪な雰囲気に杏咲がおろおろとしていれば、そこに仲裁が入る。


「オマエら、そこらへんにしとけって。杏咲も驚いてるだろ?」


 二人の間に割って入ってくれたのは、火虎だった。窘められた十愛が渋々身を引こうとすれば、一足先に唐揚げを摘まみ食いしていた伊夜彦が、二人に声を掛ける。


「玲乙と十愛は、まーた喧嘩してんのか? まぁ、喧嘩するほど何とやらとは言うが……」


 伊夜彦は、近くにいた玲乙の頭に手を乗せようとする。けれどその言葉は、そこで不自然に途切れた。


「僕に触るな」


 伊夜彦が上げかけていた手は、冷え切ったその言葉と共に、パシリと跳ねのけられてしまった。


「あぁ、悪い悪い」

「……」


 伊夜彦はあっけらかんと笑っているが、玲乙が向けるそのまなざしも、声と同じく氷のように冷たい。


 ――どうやら、仲が悪くなってしまったのは、十愛と玲乙だけではないようだ。


 伊夜彦は、ほんの一瞬だけ、寂しそうに目を眇めたように見えたが――それは見間違いかと思うほどに短い時間で、すぐに快活な笑い声を漏らして、玲乙から離れていく。


「……僕を閉じ込めていたくせに」


 玲乙がポツリと漏らした言葉は小さくて、近くにいた伊夜彦と十愛と火虎、そして、仲介に入ろうと側に近づいていた杏咲の耳にしか届かなかった。


 ――閉じ込めていたって、あの地下牢でのこと、だよね?


 杏咲はチラリと伊夜彦を見る。けれど伊夜彦は苦い笑みを返すだけで、玲乙の発言に否定の言葉も肯定の言葉も返す気はないようだ。

 何とも気まずい空気が流れる中、手を叩いた透は明るい声音で空気を換えようとする。


「よし! それじゃあ、早速杏咲先生おかえりパーティーをしようか」

「おぅ、そうだな!」

「……ここ、座って」

「って、湯希!? いつの間に隣に座ってたんや!?」


 透の言葉を皮切りに、火虎、湯希、吾妻にと、固まっていた他の面々も動き始めた。


「それじゃあ、杏咲先生が無事に帰ってきてくれたことを祝って……」

「「かんぱーい‼」」


 各々が手にしたグラスを掲げれば、この場は賑やかな歓談の場へと変わる。

 子どもたちが作ったのだという美味しそうなおかずを一品一品口にしながら、杏咲は改めて、子どもたち一人ひとりの顔を見渡す。

 皆とまたこうして笑い合えていることを、心から嬉しく思いながらも――これからの生活がどうなるのかと、胸の隅っこの方で、漠然とした小さな不安を芽生えさせていた。



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