第百三十八話
「伊夜さん、ありがとうございます。またこうして、私を此処で働かせてくれて」
「こちらこそ、戻ってきてくれてありがとうな。……アイツらも、随分我慢させちまったからな。たくさん構ってやってくれ」
伊夜彦はチラリと、障子戸の向こうに視線を送る。
杏咲がまだ見ぬ他の子どもたちの姿を想像していれば、伊夜彦が瞳を向けた先から、声が掛けられる。
「おーい、入るぞ?」
「あ、はい! どうぞ」
杏咲が返事をすれば、ひょっこりと顔を出したのは、どこか懐かしい面影を感じる、中高生くらいの見目をした男の子二人だった。
「よっ! 久しぶりだなぁ」
「火虎くん! ……だよね?」
「はは、そうだよ。ま、格好良くなりすぎて戸惑っちまうのも無理はねーだろうけど?」
杏咲たちを呼びにきてくれたのは、火虎と桜虎の二人だった。
ニヤリと口角を上げて気さくに声を掛けてくれた火虎は、背もグンと伸びて、精悍な顔つきになっている。けれど、人懐こく親しみやすい雰囲気は、あの頃から変わっていないようだ。
顎の下に手を添えて決めポーズをとっている火虎に対して、桜虎は難しい顔をしたまま、杏咲をジッと見つめている。
「杏咲……何か、ちっちゃくなってねーか?」
黙ったまま杏咲の顔を凝視していたかと思えば、ポツリと告げられた桜虎の一言に、杏咲は思わず笑ってしまう。
「あはは、違うよ。私が小さくなったんじゃなくて、桜虎くんと火虎くんが大きくなったんだよ」
「そうそう。杏咲がいない間も、桜虎は鍛錬に励んでたからな! でっかくなって当然だろ?」
火虎に頭を撫でられた桜虎は、耳をピコピコ揺らして満足そうな表情になる。――嬉しい時に耳や尻尾が反応する癖は、変わっていないみたい。
「へへ、まぁな! それに、妖力も自分の力で大分制御できるようになったんだぜ」
「そうなんだね。桜虎くん、凄い!」
「だろ?」
杏咲にも褒められた桜虎は、人差し指で鼻の下を擦りながら、嬉しさを誤魔化すように得意げな顔をする。
「ほら、オマエら。そろそろ行かないと、アイツらも待ちくたびれてるんじゃないか?」
三人のやりとりを微笑ましそうに見つめていた伊夜彦だったが、他の子どもたちが今か今かと杏咲がやってくるのを待っている姿を想像して、声を掛ける。
「あ、そうだな! 皆大広間で待ってるから、早く行こうぜ」
随分背丈が伸びた火虎と桜虎の後に続いて、杏咲と伊夜彦は廊下を進んでいく。大広間の前に到着すれば、火虎はクルリと振り返って、伊夜彦の手を掴んだ。
「そんじゃあ、杏咲は此処で待っててくれ! オレらが合図したら入ってきてくれよ!」
そう言って、火虎と桜虎は先に大広間へと入っていく。伊夜彦も火虎に手を引かれて、先に行ってしまった。――そして、それから十数秒後。
「杏咲、入っていいぜ!」
入室の合図を送ってくれたのは、桜虎だ。
ちょうど一年前、初めて子どもたちと対面した時のことを思い出しながら、杏咲は小さく深呼吸をして、障子戸に手をかけた。