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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十八章 ほころびの春にもう一度
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第百三十七話



「あれ、杏咲先生? 来るのは夕暮れ時だったはずじゃ……」


 庭先に降りてきた透は、きょとんとした表情で杏咲を見てから、少し離れた場所で十愛たちの言い合いを眺めている伊夜彦に視線を移して、納得がいったという顔をする。


「伊夜さんの仕業だね。全く……準備もあるんだから、せめて俺には伝えておいてよ」

「あぁ、すまんすまん。すっかり忘れていた」


 透の声が聞こえたらしい伊夜彦は、あっけらかんと謝罪をする。

 そんな伊夜彦に、透はわざとらしく、大きな溜め息を吐き出した。


「はぁ、全く……。ほら、吾妻たちもそこまでにしておきなよ。まだ準備も終わってないんだから、急がないと間に合わないよ」


 透が声を掛ければ、未だに言い合いを続けていた二人はピタリと口論を止める。そして同時に、杏咲の方に顔を向けた。


「あ、せやった! 杏咲ちゃん、急いで準備するから待っとってな!」

「杏咲、絶対に帰ったりしないでね!」

「っ、ふふ。……うん。来たばかりなのに、帰ったりしないよ」


 見た目は随分とお兄さんになってしまったようだけど、中身は全然変わっていないのだと実感して、杏咲は安心したように笑みを漏らす。

 そんな杏咲の表情を目にした二人は、つい今しがたまで言い合いをしていたのが嘘のように揃って目を見合わせて、嬉しそうに笑った。


「へへ。吾妻、早く行こ!」

「せやな! おれらがいなくて、桜虎が困ってるかもしれんし!」


 仲良く駆けていった二人を見送っていれば、透が声を掛けてくる。


「他の子たちも皆、離れの中で待ってるよ。杏咲先生おかえりパーティーの準備中なんだ」

「おかえりパーティー、ですか?」

「うん。子どもたちの提案でね」


 まさかそんなに盛大なお出迎えが待っているとは思ってもいなかったので、驚いた杏咲はきょとんと呆けた顔になってしまった。そんな杏咲の反応に、透はおかしそうに笑っている。


「もう直ぐで準備も終わるし、伊夜さんも参加していってよ」

「そうだな。そんじゃあ邪魔させてもらうぞ」


 伊夜彦にも声を掛けた透は、二人の前を歩いて離れの正面玄関へと向かう。

 杏咲が縁側の方に目を向ければ、いつの間にか玲乙の姿は見えなくなっていた。多分、子どもたちのところに戻ったのだろう。


「――部屋、そのまま残しておいてくれたんですね」

「うん、もちろん。何もいじってないけど、掃除だけはきちんとしてたからね、そこは心配しないで。布団も今朝干したばかりだよ」

「何から何まで、ありがとうございます」

「いえいえ」


 杏咲が使っていた部屋は、半年前から何一つ変わっていなかった。


 微かに香るい草の良い匂いに、障子戸から差し込む柔らかな陽光。部屋の右側には和箪笥と鏡台が、左側には文机と座椅子に、小さな棚が置いてある。棚には杏咲が置いていった絵本や折り紙のほか、子どもたちから貰った絵やメダルなどが、あの頃のまま飾ってある。


 杏咲は持ってきた荷物を部屋の隅に置いてから、伊夜彦と共に、透の背に続いて離れの中を歩いていく。子どもたちの姿は見当たらないが、遠くから賑やかな話し声が聞こえてくる。透が言うには、皆は台所に集まって作業をしているらしい。


「それじゃあ、杏咲先生と伊夜さんはこの部屋で待ってて。準備ができたら呼びにくるからさ」

「はい、分かりました」

「おぅ、楽しみにしてるぞ」

「……言っておくけど、今回の主役は杏咲先生だからね?」

「はは、それくらい分かってるさ」


 早速寛いでいる伊夜彦を呆れたまなざしで一瞥した透もいなくなってしまい、部屋には杏咲と伊夜彦の二人だけになった。


「どうだ? アイツらと久しぶりに会ってみた感想は」


 机に頬杖をついた伊夜彦は、やけに楽しげな声音で杏咲に尋ねる。よく見れば、その口許は微かに緩んでいて、杏咲から返ってくる答えをあらかた予想できていることが伝わってくる。


「どうだって……驚きましたよ。半妖の皆の成長が早いとは聞いていましたけど……たったの半年で、あんなに大きくなってるだなんて」

「はは、そりゃそうか。前にも話したと思うが、ひと月で、身体の方は人間でいう一年の歳月が経過していることになるからなぁ。半年経てば、そりゃあ大きくもなるさ」


 伊夜彦は「ま、成長には多少の個人差もあるがな」と付け足した。


 ――ということは、ちょうど一年前の今頃、六歳ほどの年齢だった玲乙くんは十八歳で、吾妻くんは十六歳、十愛くんは十五歳に成長しているってことだよね。……うん、それは大きくもなってるはずだ。他の子どもたちも、同じようにグンと成長しているんだろうか?


「でも……伊夜さんが定めた私の休職期間が、長すぎたせいもあると思います」

「ん?」

「私、遅くても年明けくらいには復帰できると思って、ずっと待ってたんですよ?」


 もっと早くに戻れると考えていたのに、まさか半年も復帰できないとは思っていなかったのだ。もう少し早くに戻って子どもたちの成長を間近で見れていれば、ここまで驚かなくて済んだと思う。


「すまんすまん。杏咲が戻ってきてもより安心して過ごせるよう、夢見草の結界を強化したり、護衛の連中を鍛えたり……まぁ、準備に色々と手間取ったのさ」


 勿論、なにも伊夜彦が意地悪でしたことではないことくらい、杏咲も分かっている。

 なので、ムスッとした顔を緩めて「……それじゃあ、許します。ありがとうございます」と笑顔を見せた。


 杏咲の返しが意外だったのだろう。一瞬目を丸めた伊夜彦だったが、クツクツと肩を揺らしながら「杏咲の許しが貰えてよかったよ」と、楽しげに笑う。


 ――伊夜彦に対してこんな風に軽口をたたけるようになるだなんて、一年前は想像もしていなかった。


 杏咲は目の前で笑う伊夜彦の顔を見つめる。ほんの少しだけ変わったように感じる関係性に、近づいた距離。それを改めて実感して、胸の中がほわりと温かい気持ちになるのを感じる。



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