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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十八章 ほころびの春にもう一度
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第百三十三話



「私が不在の間は、ハクさんがこの家を守っていてくれたんですもんね。改めて、ありがとうございます」

「その台詞、もう耳にタコができるくらいに聞いたよ」

「でも、何度言っても言い足りないくらいなんですよ」


 ハクをリビングに通した杏咲は、急須にお茶を淹れて、貰い物の饅頭を数個、一緒に盆にのせて持っていく。


「ハクさん、良ければお饅頭食べませんか?」

「いいの?」

「はい。頂き物がたくさんあるんです」

「それじゃあお言葉に甘えて、頂こうかな」


 ハクは手に取った饅頭を頬張りながら、机の上に置きっぱなしになっていた本に視線を落とした。そこからはみ出ている栞に気づいて小首を傾げる。


「これは……ペンタスの花?」

「はい。よく知ってますね」

「森で見たことがあるからね。これは手作りなのかな?」

「そうなんです。前に子どもたちにプレゼントしてもらって」

「へぇ、そうなんだ」


 杏咲に許可を取って栞を持ち上げたハクは、宙でくるくると向きを変えてみたりして、物珍しそうな目で栞を見ている。そして満足した様子で栞を本の上に戻したかと思えば、今度は本の横に置いてある手紙の束に興味を移す。


「こっちは手紙かな?」

「はい。これも、子どもたちが書いてくれたものなんです。数日前に伊夜さんが届けてくれたんですよ」

「そういえば伊夜さんも、時々顔を出しにきてるんだっけ?」

「はい」


 伊夜彦と透も、月に何度か杏咲のもとを訪ねてきては、子どもたちの近況を伝えてくれたり、手土産にと美味しいお菓子や、子どもたちから預かった手紙などを持ってきてくれるのだ。

 杏咲は一番上にあった一通の手紙を手に取って開いた。それは吾妻からの手紙で、苦手なピーマンを食べられるようになったことや、鍛錬を頑張っていること、桜虎よりも少しだけ身長が伸びたことを喜んでいたら怒られたこと、湯希と美味しい大福屋さんを見つけたこと……日々の嬉しかったことや頑張ったことなどがびっしりと綴られている。

 その筆跡はあの頃よりずっと上手になっていて、ひらがなばかりだった文面は、いつの間にか漢字をまじえた大人びたものへと変わっている。


「でも、あの子たちにも、もう少しで会えるんだよね?」


 ハクの問いかけに、杏咲は手紙から視線を持ち上げて、柔く目を細めた。


「はい。四月から復帰することになっているので」

「そっか。楽しみだね」

「はい。でも、その……」

「ん? 何か不安なことでもあるの?」

「いえ、不安というか……」


 口籠る杏咲に、ハクは不思議そうな表情で目を瞬く。その髪色と同じ、真白の色をした長い睫毛が、その度にふわりと揺れている。


「皆、私のことを覚えてくれているのかな、とか。一緒にいるって約束したのに、あの騒動の後、一度も会えないままこっちに戻ってきちゃって、私のこと怒ってないかな、とか。……皆が送ってくれる手紙を読めば、そんな心配する必要がないってことは分かるんです。それでも……そういう小さな不安が拭いきれなくて」


 ――会えない時間が積み重なっていけば、その分だけ、漠然とした不安も少しずつ募っていく。

 手紙を通したやりとりと、実際に顔を合わせて話していた時とでは、やはり感じ方や捉え方にも多少の差異が生じる。想像でしか分からないことだってある。だからこそ、いらないことまで考えてしまうのだ。


 杏咲は眉尻を下げて、へらりと情けない笑みを浮かべる。その頭にポンと手を置いたハクは、元気づけるように軽く撫でながら「うーん」と考える仕草をする。


「ボクはその子たちのことをほとんど知らないから、そんなことないなんて無責任なことは言えないけどさ。でも、杏咲ちゃんがずっと一緒に過ごしてた、面倒を見ていた子どもたちなんでしょ? だったらボクは、そんな心配する必要ないと思うけどなぁ」


 「信じてあげなよ」と続けたハクの言葉に、杏咲は子どもたち一人ひとりの顔を思い浮かべる。

 離れていた五か月の間で、子どもたちは更にかっこいいお兄さんに成長していることだろう。子どもの成長はあっという間だからだ。

 でも、共に過ごしたあの日々を思い出せば――全てが変わっているわけじゃない。あの子たちがとても温かくて優しいことを、杏咲は知っているから。


「……はい。そうですよね」


 杏咲は目を細めて微笑んだ。子どもたちからの手紙を手に取り、再び文面に目を通しながら、近づく再会の日に思いを馳せるのだった。



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