第十四話
暫くすると、吾妻はそのまま泣き疲れて、杏咲の腕の中で眠ってしまった。
吾妻を起こさぬようにそっと右手で抱きかかえた杏咲は、左手で湯希と手を繋いで、三人で帰路につく。
杏咲は相部屋の二人を部屋まで送り届けて、吾妻を布団に寝かせてから、透のもとへと向かった。
無事に帰ってきたことを伝えて業務内容を聞いてから、公園での出来事を掻い摘んで話した。話を聞いた透は少しだけ難しい顔をしてから、眉間の皺をそっと解いて、薄く微笑む。
「そんなことがあったんだ。……そう、だね。半妖は良くも悪くも、特別な存在だからさ。嫉妬の対象になることもあれば、畏怖の目を向けられることだってある」
「でも……実際に関わって、吾妻くんたちは普通の子どもたちと何も変わらないって、そう思ったんです。だから仲間外れにされていたって話を聞いて……何だかもやもやしてしまって。……この世界では、それが普通のことなんですか?」
「そうだなぁ。うーん、例えば極端な話だけど……ある小学校のクラスに、日本人と外国人とのハーフの子が転校してきたとするでしょ? 同じ人間で、同じ言葉を話せたとしても……少なからずそういう目で見ちゃわない? 自分たちとはどこか違うんだなって。そういうつもりはなくても、皆心のどこかでは一線を引いてしまう。幼い子なら尚更ね」
「……それ、は……」
「……自分とは違う、未知のものを知ろうとするのって、結構勇気がいることだと思うんだよね。知らないままで見ない振りしている方が、ずっと楽でしょ?」
「……はい。透先生の言いたいことは、よく分かります」
「……きっとさ、相手を色眼鏡で判断してしまうのって、人も妖も同じなんだと思うよ」
静かな声色でポツリと呟く透だったが、その顔に、柔らかい笑みが広がった。
「でも、杏咲先生があの子たちのことを理解してくれて、気にかけてくれて、俺はすごく嬉しいよ。皆、とっても優しい子たちだからさ。あの子たちが傷つかないように……一緒に守ってあげよう」
透の言葉に、杏咲は少しだけ泣きそうになった。――透が子どもたちを心から愛して、大切に思っていることが伝わってきたから。
「透先生、ありがとうございます。……私、頑張ります。子どもたちが笑って過ごせるように」
「……うん。頑張ろうね」
嬉しそうに微笑んだ透に見送られ、杏咲は部屋を後にする。廊下を歩いていれば、前方から吾妻と湯希がやってくるのが見えた。
二人も杏咲に気づいた様子で、吾妻は走って杏咲のもとまでやってくる。
「杏咲ちゃん、あの……その……っ、ごめんなさい!」
「え? ……どうして吾妻くんが謝るの?」
「だって……おれ、かっこいいおにいちゃんになりたいんやもん。せやのに、めっちゃないてしもたから。……おかんがな、すぐないてばっかりいたら、おにいちゃんにはなられへんっていうてたんや」
「……そっか、吾妻くんは格好いいお兄さんになりたいんだね。でもね、泣くことは悪いことじゃないんだよ?」
「せやの?」
「うん。確かに、お兄さんになるためには泣くのを我慢しなくちゃいけない時だってあるよ。でもね、悲しい気持ちや寂しい気持ちをぜ~んぶ我慢してたら、ここが苦しくなってきちゃうでしょ?」
杏咲の真似をして、吾妻は自身の胸にそっと手を置く。
「だからね、我慢しないで、悲しいことがあったらいつでも私に教えてほしいな。さっき吾妻くんが自分の気持ちをお話してくれて、とっても嬉しかったから」
「……うん、わかった!」
暗い表情をしていた吾妻にいつもの明るい笑顔が戻ってきて、杏咲は内心で安堵の息を漏らした。そしてもう一つ、吾妻に伝えたいと思ったことを口にする。
「ねぇ、吾妻くん」
「ん? なんや?」
「吾妻くん、公園で言ってたよね。皆と違うから駄目なのかなって」
「……うん」
「……吾妻くんは、駄目なんかじゃないよ。だって、皆が違うのは当たり前だもの。半妖だから、とか、そんなの関係ない。人も妖も半妖も、皆違うから素敵なんだよ。……私は、吾妻くんの優しくて元気いっぱいな所が大好きだよ。――吾妻くんは、駄目なんかじゃない。とってもいい子だよ」
杏咲の話を聞いて唇をきゅっと噛みしめた吾妻は、恐る恐るといった様子で口を開く。
「……おれ、ほんまにへんやないの?」
「うん、変なんかじゃないよ。……これからもっと素敵なお兄さんになれるように、いっぱいご飯を食べて遊んで、た~くさん楽しいことをして過ごそうね。そうしたら、今よりもっともっと素敵なお兄さんになれるから」
「……おん! そんで、おかんとおとんのことびっくりさせたるんや!」
「ふふ、そうだね」
いつもの眩しい笑顔を広げた吾妻は、両手を高く挙げて意気込んでいる。
数歩離れた場所で静かに成り行きを見守っていた湯希は、吾妻の調子が戻って嬉しそうだ。表情が顔に出にくい湯希だが、その口許は微かに緩んでいる。
「あんな、いまから湯希とおおひろまにいくんや! なんかうまいもんがあるかもしれへんからみにいこおもうて! 杏咲ちゃんもいっしょにいこ!」
「うん、行こっか」
公園に向かう時と同じように、右手で湯希の手を、左手で杏咲の手を握った吾妻。
自分より一回り以上も小さい、温かな掌を握り返しながら――この笑顔を守りたいという思いが自身の中で膨らんでいくのを、杏咲は感じていた。
人も妖も半妖も、皆違う。だけど同じなのだ。比べようもない、大人に守られるべき尊い存在なのだと――それを改めて、胸に刻みつけながら。