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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十七章 呪いが解けたら暫しのおわかれ
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第百二十九話



「他の子ども達は元気にしてますか?」

「うん、変わりないよ。杏咲先生がいなくて、皆寂しそうにはしてるけどね」

「こんな時に不謹慎かもですけど……ちょっと嬉しいです。皆の中に、少しでも私の存在があるんだなぁって思えて」

「何それ、そんなの当たり前でしょ。……前々から思ってたけど、杏咲先生は自分のことを過小評価し過ぎだよ」


 透は少しだけムッとした顔になって、不服そうに口を尖らせる。しかし何かを思い出した様子で懐に手を入れたかと思えば、綺麗に折り畳まれた白い用紙を取り出した。


「そうだ、忘れるところだった。これを渡そうと思ってたんだよ」

「これは……?」

「十愛からだよ。一緒にいたのに、守れなくてごめんね、だって。それに、早く元気になってね、とも言ってたよ」


 四つ折りになっている用紙を開いてみれば、そこには真ん中に大きく杏咲の顔が描かれていて、その隣には同じくニコニコ笑顔の十愛が寄り添うようにして描かれている。そしてその周りには、七人の子ども達に、透と伊夜彦の顔も描かれていた。


「素敵な絵……。透先生、十愛くんにありがとうって伝えてください。それから、十愛くんが気にする必要はないことってことも。それに、十愛くんがプレゼントしてくれた絵のおかげで凄く元気になったって……伝えてもらえますか?」

「うん、分かった。伝えておくね」


 一緒に杏咲の手元にある絵を見て優しい顔で笑っていた透は、その表情のままコクリと頷いた。


「あの、玲乙くんはどうしてますか?」


 杏咲が尋ねれば、笑顔で話していた透の表情に、確かな陰りが落ちた。


「玲乙は……あの日から部屋に閉じこもってるんだ。俺も子ども達も、毎日声を掛けてはいるんだけどね」

「そんな……」

「あ、でも食事はきちんと摂ってるよ。出雲から帰ってきた火虎が辛抱強く声を掛けてたら、少しずつ顔も見せてくれるようになったんだ」


 杏咲は、以前玲乙が熱を出した際に火虎が見せた、寂しそうな憂い顔を思い出した。恐らく火虎は、玲乙の抱えている何かについて、以前より知っていたのだろう。


「……玲乙に何があったのか、俺も詳しく知っているわけではないんだ。ただ、本人も色々混乱してるみたいだからね。暫く様子を見ようと思ってるよ」


 眉を下げた透は、曖昧な表情で微笑んだ。何か言葉を返そうと口を開きかけた杏咲だったが、障子戸がスパンッと音を立てて開かれたことで、意識はそちらに向けられる。


「何じゃ、伊夜のやつは来ていないのか」


 障子戸の向こう側に立っていたのは、酒吞童子だった。傍らには影勝と柚留、紅葉もいる。

 室内を見渡した酒呑童子は、伊夜彦の姿が見えないことを確認すると、不満そうな顔で唇を尖らせる。


「酒吞童子さん、お邪魔してます」


 立ち上がった透は頭を下げてから、あからさまに苛ついたような顔をしている影勝と、苦笑いを浮かべている柚留に声を掛ける。


「でも、俺たちはそろそろ帰ろうか」

「え、もう……?」

「うん。杏咲先生もまだ本調子じゃないだろうし、留守番してる皆のことも心配だしね」


 柚留はまだまだ杏咲と話し足りないようだが、離れで待っている皆のことを思い出して、素直に頷いた。


「杏咲先生、早く元気になってくださいね」

「……さっさと帰ってこい。じゃねーとアイツらがうるせぇ」


 柚留に続いて、影勝も声を掛けた。素っ気なく聞こえるが、影勝なりの精一杯の気遣いの言葉だということは、杏咲にも直ぐに分かった。


「うん。二人共、お見舞いにきてくれてありがとう」


 嬉しそうに笑った杏咲の表情を目に焼き付けた二人は、透と一緒に部屋を出て行く。

 杏咲も三人を見送ろうと布団から出ようとするが、酒呑童子に止められてしまった。


「杏咲はまだ本調子じゃないからのぅ。寝ておいた方がいい。見送りには儂が行くから大丈夫じゃ」


 酒呑童子は紅葉に杏咲のことを任せると、三人の後を追いかけた。花車に乗り込もうとしていた透を呼びとめる。


「透。伊夜のやつに言伝じゃ」

「何ですか?」

「……逃げてばかりではまた後悔するだけじゃと、伊夜に伝えておいてくれ」

「? 分かりました。伝えておきますね」


 言葉の意味が分からなかった透は首を傾げながらも頷いて返し、柚留と影勝に続いて花車に乗り込む。


 ――花車に乗った三人を見つめながら、酒呑童子は、伊夜彦が杏咲を抱えて訪ねてきた数日前のことを思い出していた。



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