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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十七章 呪いが解けたら暫しのおわかれ
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第百二十八話



「透先生! 柚留くんに、影勝くんも……!」

「杏咲先生、お見舞いにきたよ」


 普段と変わりない穏やかな笑みを浮かべて部屋に入ってきた透は、持ってきた菓子折りを杏咲に手渡す。


「杏咲先生、身体のほうは大丈夫なんですか?」

「うん、紅葉先生が看病してくれたおかげで、すっかり元気になったよ」

「それなら良かったです」


 心配そうな面差しで杏咲の様子を窺っていた柚留は、顔色の良い杏咲を目にして、漸くその表情から不安の色を拭い去った。


「……ほらよ。アイツらからだ」


 柚留の隣に胡坐をかいて座りこんだ影勝は、持っていた紙袋を杏咲の目の前に差し出した。受け取った杏咲が中を覗いてみれば、そこには色とりどりの折り鶴が、数えきれないほどたくさん入っている。


「千羽まではいかなかったけど、杏咲先生が早く良くなりますようにって、子どもたち皆で折ったんだよ。ね、影勝?」

「別にオレは…「あ、この折り鶴は影勝が折った鶴です。影勝、羽が綺麗に広げられなくて苦戦してましたけど、杏咲先生に贈るために頑張ってたんですよ!」


 透の言葉を否定しようとしていた影勝だったが、一切悪気のない柚留に、不器用ながらも杏咲のためにと鶴を折っていた事実を暴露されてしまったため、決まりが悪そうに舌を打った。


「チッ、余計なこと言うんじゃねーよ」

「ご、ごめん影勝」

「あはは、影勝ってば照れてるの? 可愛いところもあるんだねぇ」

「……うっせーよ」


 柚留はおろおろしながら謝っているし、透に揶揄われた影勝は、ますますへそを曲げてそっぽを向いてしまう。そんな、いつもと変わらない三人のやりとりを目にして、杏咲は顔をほころばせた。


「透先生も、柚留くんも影勝くんも、ありがとうございます。すっごく……すっごく嬉しいです!」

「喜んでもらえて良かったよ。吾妻たちにも伝えておくね。本当は皆お見舞いに行きたいって騒いでたんだけど、さすがに全員では難しかったからさ。代表して影勝と柚留が付いてきたんだ」


 透はそっぽを向いたままの影勝の頭をポンと軽く撫でてから、杏咲に向き合う。


「今日はお見舞いと、それから……伊夜さんからの言伝を預かってきたんだ」

「伊夜さんから?」

「うん。……悪いんだけど、影勝と柚留は一旦部屋から出ていってもらえるかな?」

「え、でも……」


 柚留は戸惑いを顕わにしながら、珍しくも渋る様子を見せる。影勝は黙ったまま、何かを思案するような顔で透をジッと見つめている。


「それじゃあ、二人は私が連れて行くわ。ちょうど酒吞童子様が呼んでいたからね」


 いつの間にか席を外していた紅葉だったが、どうやら酒吞童子のもとに行っていたらしい。タイミングよく部屋に入ってきたかと思えば、柚留と影勝の腕を掴んで立たせる。


「は? 何でオレがクソオヤジの所に…「ほら、行くわよ」

「っ、おい、触んじゃねーよ!」


 抵抗する影勝だったが、紅葉に首根っこを引っ張られて部屋の外に出て行った。柚留も心配するようにチラチラと杏咲の方を振り返りながらも、影勝の後を追いかけて行った。


「……さて。早速本題に入ろうかな」


 影勝と柚留が出て行ったのを確認した透は、再び杏咲に向き合った。真面目な顔をした透に、杏咲も表情を引き締めてその言葉を待つ。


「杏咲先生には、暫く人間界で療養してもらいたいらしいんだ」

「……えっと、それって……」


 サラリと告げられた言葉の意味を杏咲が理解するまで、数秒の時間を要した。


 ――つまり私は、もう夢見草には居られないって……子どもたちと一緒には過ごせないってこと?


「杏咲先生、勘違いしないでもらいたいんだけど……暫くの間(・・・・)、だからね。店の方もバタバタしてるからさ。そっちが落ち着くまで、杏咲先生には人間界でゆっくりしてもらいたいんだって」


 杏咲が不安そうな顔をしていることに気づいた透は、安心させるように眦を緩めて言葉を付け足した。


「その、暫くっていうのはどれくらいなんですか?」

「それは……俺も分からないんだ。でも、きっと直ぐだよ。杏咲先生が居ないと俺たちも困るからね」

「……私、本当に……このまま人間界に戻らないと駄目ですか?」


 雇用主でもある伊夜彦からそう言われてしまえば、杏咲はそれに従うしかない。杏咲もそれは理解しているが、けれど肝心の伊夜彦は――杏咲が酒吞童子の屋敷で療養している間、一度も会いに来てくれていない。それは何故なのか。


「もしかしたら伊夜さんは、私に呆れているんじゃないでしょうか。私が迷惑ばかりかけているから……だから、このまま人間界に戻るように、透先生に言伝を頼んだんじゃ……」


 伊夜彦は優しいからはっきりと言えないだけで、本心では、杏咲を解雇したいと思っているのではないだろうか。そんな不安が胸の中で少しずつ膨らんでいく。


「それは違うよ」


 しかし透は、杏咲の言葉を遮って、間髪入れずに否定の声を上げた。


「伊夜さんはさ、杏咲先生に合わせる顔がないんだよ」

「合わせる顔がないって……どういう意味ですか?」


 杏咲は疑問符を浮かべる。今回の件で伊夜彦が気に病む必要など、何一つないはずなのに。


「杏咲先生を守れなかったことを、悔いてるんだよ。だから、こうして俺たちを見舞いに向かわせたんだと思う。……本当は今すぐにでも、杏咲先生の顔を見に行きたくて仕方がないだろうにさ」


 透は呆れた風に笑っているが、その目には優しい色を宿している。


「だからさ、伊夜さんが杏咲先生に呆れてるだなんてことは絶対にないよ。伊夜さんが杏咲先生のことを大切に思っていることだけは……信じてほしいんだ」

「……はい」

「もちろん、俺もね。絶対に有り得ないだろうけど、もし伊夜さんが杏咲先生を解雇するだなんてことを言ったとしたら……俺が抗議して、子どもたちと一緒に人間界まで迎えに行くからさ」


 パチリとウィンクしてわざとおちゃらけた口調でそんな提案をしてくれる透の優しさに、杏咲は何だか泣きたいような気持ちになりながら、それをグッと堪えて笑顔を作った。


「……はい。ありがとうございます、透先生」

「お礼なんていらないよ。俺がしたくて勝手にすることなんだから」


 杏咲と透は、目を合わせて笑い合う。

 ほのぼのとした空気が流れる中、話題は子ども達のことへと移っていく。



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