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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十六章 神議り(かむばかり)と秘色(ひそく)の忌み子
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第百二十五話



「……良かった。やっと目を覚ましたわね」

「……紅葉、せんせ……?」


 目を覚ました杏咲の視界に映りこんだのは、眉を下げて心配そうな表情をしている紅葉の、美しい相貌だった。


「貴女、結構危ない状況だったんだからね。狐火にあてられて身体は冷え切ってるし、負の妖気まで体内に取り込んじゃったから、此処に運び込まれた時には憔悴しきってたのよ」

「わた、し……」


 杏咲はぼんやりする思考の中、記憶を呼び起こそうとするが、まだ意識が混濁しているようで断片的にしか思い出せない。

 ――牢に入れられて、それで……そう、誰かの声が聞こえたんだ。涙に濡れた声が、私の名前をずっと呼んでくれていた。


「私……誰かの声が、聞こえたような……気がして」

「あぁ、それなら……あの子達でしょうね。貴女が倒れて、子ども達、凄く心配していたらしいから」

「子ども達が……」

「えぇ。それで、出雲から駆けつけた伊夜様が、貴女を此処まで連れてきたのよ」


 紅葉は起き上がろうとする杏咲の背に手を添えながら、杏咲が意識を失っていた間のことを話してくれる。


「……伊夜さん、が……?」

「えぇ。今は夢見草に戻ってるわ。色々と後処理に追われているみたいね。……貴女、従業員の一人に、牢に閉じ込められてたんでしょ? 騒動に巻き込まれて重症になったって聞いたけど」

「わた、し……」


 ――そうだ、思い出した。草嗣さんに十愛くんと玲乙くんと一緒に牢に閉じ込められて、透先生が助けにきてくれて。でも突然、玲乙くんの様子がおかしくなったんだ。


「というか貴女……倒れてから、もう五日間は眠り続けていたんだからね」

「いっ、五日間、もっ……!? っ、ケホッ」


 紅葉は咳き込む杏咲の背を擦りながら、いつの間に用意していたのか、水の入ったグラスを差し出してくれる。


「ほら、水よ。飲みなさい」

「っ、……ふぅ。ありがとうございます、紅葉先生」


 喉を潤した杏咲は、改めて室内を見渡してみた。

 一見普通の和室に見えるが、奥の方の壁には怖い顔をした鬼の面が幾つか並んでいて、床の間には高級そうな壺や刀が飾られている。


「全く……貴女はひとまず、暫く絶対安静だからね。外傷はほとんどないけど、体内の方がだいぶ瘴気に侵されていて、体力もかなり消耗してたのよ」

「そうだったんですね……。紅葉先生が、治療してくれたんですよね?」

「……まぁ、一応私は医療の知識もあるから。仕方なくね」


 紅葉は視線を逸らしながら、どこか照れくさそうな表情で、小さく唇を尖らせながら言う。


「ありがとうございます、紅葉先生」

「べ、別に、お礼を言われるようなことじゃ……と、というか、私はもう先生じゃないんだからね!」

「でも、お医者さんのことも先生って言いますし……私にとって、やっぱり紅葉先生は、紅葉先生なんです。……この呼ばれ方、嫌ですか?」

「……もうっ、別に何でもいいわよ! とりあえず私は、酒吞童子様に貴女が目を覚ましたことを知らせてくるから! 貴女はもう少し寝てなさい」

「酒呑童子さんに……?」


 何故ここでその名前が出てきたのか分からず、杏咲はきょとんとした顔をする。

 その表情を見て杏咲の考えていることを察したらしい紅葉は、呆れたような溜め息を吐き出した。


「前にも言ったでしょう。私は酒吞童子様のもとで暮らしてるって。つまり此処は、酒呑童子様の暮らされている御屋敷ってことよ」

「酒吞童子さんの……そうだったんですね」

「全く、あの方に心配かけるなんて羨まし……じゃなくて、信じられないわよ! 私だってあの方に頼まれなかったら、貴女に付きっきりで看病なんてしなかったんだから……会ったらしっかり感謝と謝罪をしなさいよね!」


 紅葉は息巻きながらも、丁寧な手つきで杏咲の身体に触れて触診を終えると、そのまま部屋を出ていってしまった。杏咲が目覚めたことを知らせるため、酒吞童子のもとへと向かったのだろう。



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