第百二十四話
龍のような見目をした妖怪の背に乗った伊夜彦は、草嗣が謀反を企てたとの知らせを聞き、一人で先に出雲を出て夢見草へと向かっていた。
妖はビュンビュンと速度を上げて空の上を進んでいく。
真っ直ぐ前だけを見据えて夢見草に向かう伊夜彦の胸中では、焦燥や苛立ち、そして濁流のように激しく強い後悔の念が渦まいていた。
「俺は……っ、また、守れなかったのか。側にいることもできずに、また……」
――失うことに、なるのか。
妖は伊夜彦の思いに応えるように、グングンと速度を上げる。
夢見草まで、あと少し。伊夜彦は子ども達や透、草嗣、そして杏咲の顔を思い浮かべながら、ただ無事を祈ることしかできない自分自身に対して苛立ち、血がにじむほどにきつく掌を握りしめていた。
***
――――此処は、どこだろう。
真っ暗な闇が広がる空間を、杏咲は一人ぼっちで歩いていた。
歩いても歩いても、出口の見えない真っ暗闇。歩き疲れた杏咲は、その足を止める。
――あれ? 私、何処に向かってるんだろう。何で歩いてるんだっけ? ……まぁ、もういいかな。
とうとう考えることさえ止めてしまった杏咲は、その場に座りこもうとする。
そんな杏咲の耳に――誰かの声が、聞こえた気がした。
「――ぁ、――さ……っ!」
――誰だろう。もしかして……私のことを呼んでるの?
「――さ! あ…ぁ、……て!」
胸をじんわりと温かくしてくれるような、優しくて、どこか懐かしい声。けれどその声は、今にも泣きだしてしまいそうなほどに震えている。……いや、もう泣いているのかもしれない。涙に濡れた声は、必死に杏咲の名を呼び続けている。
杏咲が視線を上げれば、暗闇の先に、ぼんやりと光が灯っているのが見える。
「――皆が待ってるわよ」
背中に触れた優しい温もりは、杏咲の背をそっと押した。杏咲は振り返りたくなる衝動をグッと堪えて、皆が待つ光の先に向かって、一歩、足を踏みだした。