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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十六章 神議り(かむばかり)と秘色(ひそく)の忌み子
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第百二十話



「――ぁ、――さ……!」

「ん……」


 誰かに、名を呼ばれている。同時に肩を揺すられているのが分かって、杏咲は重たい瞼をゆっくりと持ち上げた。


「……あ、れ? ……十愛くん?」

「杏咲、やっと起きた!」


 先程から杏咲の名を呼び続けていたのは、十愛だったようだ。その隣には玲乙の姿もある。漸く目を覚ました杏咲に、ほっとした表情で胸を撫で下ろしている。


「それに、玲乙くんも? どうして二人が此処に……あれ、そもそも私、今まで何してたんだっけ? 此処って一体……」


 杏咲が辺りを見渡せば、そこは全く見覚えのない場所だった。薄暗い空間には、数体の火の玉が宙に浮かび、微かな明かりを灯している。


 ――そこで漸く杏咲は、自分たちが牢屋に閉じ込められていることを理解した。


「何、此処……何で牢屋の中に……」

「双葉先生。今から僕が言うことを、落ち着いて聞いてください」


 こんな状況だというのにいつも通り冷静さを欠いていない玲乙は、杏咲に向き合うと、今自分たちが置かれている状況を端的に説明してくれる。


「多分時間的にはそこまで経過していないと思いますけど……離れで意識を失っている双葉先生を、草嗣さんが抱きかかえていました。僕と十愛はそれを偶然目撃しましたが、その瞬間に意識が朦朧として……気づいたら、此処に閉じ込められていました」

「それってつまり……私たちを閉じ込めた犯人は、草嗣さんだってことだよね?」

「はい。恐らく」

「でも、どうして草嗣さんがこんなことを……?」

「それは……僕にも分かりません」


 玲乙は静かに首を横に振る。その理由までは分からないようで、玲乙の表情は普段と変わりないように見えるが、僅かに焦りの色を滲ませている。


「ねぇ、杏咲。……おれたち、此処から出られるよね?」


 十愛は不安そうに瞳を揺らして、杏咲の手をぎゅっと握った。


「……うん。十愛くん、大丈夫だよ。絶対に出られるから」


 少しでも安心させてあげたいと笑顔で十愛の頭を撫でた杏咲は、室内を見渡し、此処から脱出できるような方法はないかと考えを巡らす。草嗣の姿が見えない今が、逃げ出すチャンスかもしれないからだ。

 話し合いで此処から出してもらえるならそれが一番だが……こんなにも頑丈そうな牢の中に閉じ込めているくらいだ。易々と出してくれるとは思えない。相手の思惑も分からない現状に、不安が募っていく。


「この牢を何とか開けられたらいいんだけど、鍵は草嗣さんが持ってるだろうし……」

「いえ、鍵があったとしても出られないと思いますよ。外から結界もかけられているみたいですから……簡単には出られないはずです」

「け、結界?」


 杏咲は鉄格子の隙間から、恐る恐る手を出してみた。そうすれば、静電気のような、ピリッとした小さな痛みが指先に走る。


「これが結界……確かに、簡単に逃げ出すのは難しそうだね」


 杏咲は隣で座りこんでいる十愛と、何か考えこんでいる様子の玲乙に目を向ける。


「二人共……私のせいで巻き込んじゃって、ごめんね」


 玲乙の話を聞いた限りだと、草嗣が此処に閉じ込めようとしていたのは、本来なら杏咲一人だったはずだ。二人は偶然その場に居合わせたため、共にこんな場所に監禁されることになってしまったのだ。


「……いえ。むしろ一緒に閉じ込められて良かったと思います。影勝とはこれから鍛錬をする約束をしていましたから、僕がいないことに気づいて捜してくれていると思いますし」

「そうだよ! 桜虎たちも大広間で待ってるはずだし、きっと今頃捜してくれてるよ! それに、こんな薄気味悪いところに一人ぼっちなんて、ぜ~ったいに怖いじゃん! 杏咲、おれから離れちゃだめだからね!」


 非難するどころか頼もしい言葉を掛けてくれる二人に、杏咲はじんわりと胸を温かくさせる。


「……うん、そうだね。二人共ありがとう」


 薄暗い空間に束の間の柔らかな空気が流れるが、それは、ギィッと重たい音をさせた扉を開ける音で霧散してしまう。



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