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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第三章 夢はすてきなお兄さん
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第十三話



 公園は、夢見草のすぐ裏手にある。透に場所を聞いていた杏咲は、子ども二人を連れて迷うことなく辿り着くことができた。


 公園に着けば、真っ先に駆け出したのは吾妻だった。その姿を微笑ましく見守りながらも、先ほどから“とあること”が気になっていた杏咲は、視線を右隣にそっと下ろす。しかし、聞いてもいいものなのかと逡巡してしまい、開きかけた口を閉じた。


 そんな杏咲の様子に、遠目からでも気付いたのだろう。不思議そうな顔をした吾妻が、首を傾げながら戻ってきた。


「杏咲ちゃんどうしたん? なんか、ヘンテコなかおしてんで」

「え? えっと……」


 まさか指摘されるとは思っていなかったので、何と答えようかと口籠ってしまう。そんな杏咲を静かに見つめていた湯希が、ゆっくりと薄い唇を震わせた。


「……おれのお面、気になるの?」

「っ、え?」

「ちらちら、見てたから……そうなのかなって」

「えっと……うん、そうなんだ。見たことのないお面だったから、気になって」


 外に出る際、湯希が顔に付けたのは、猫の顔が描かれているお面だった。少し古びてはいるが、独特な雰囲気ながら美しい装飾が施されている。


「……これは、じいちゃんにもらった。……大切な、宝物」


 お面を付けているためその表情を伺うことはできないが、湯希の獣耳はぴこぴこと小さく揺れている。


「湯希はな、猫又の半妖やねん! せやからにゃんこのおめんしてるねんなぁ」


 それを聞いた吾妻が、補足するような形で杏咲に教えてくれる。


「そっか。……とっても素敵なお面だね」


 お面を付けている理由は分からなかったが、湯希が祖父のことをどれだけ大切に思っているのかがその声色から伝わってきて、杏咲の心はふんわりと温かくなる。


 湯希は両手でお面の縁を掴みながら「……うん」と囁くような小声で頷いて、またその顔を俯かせた。


「よっし! ほな、はよあそぼ! おれおにごっこしたい!」


 そんな柔らかな静寂は、吾妻の溌溂とした声により一瞬で霧散する。


 思わず笑ってしまった杏咲と、小さな溜息を漏らした湯希。

 二人の顔を交互に見てまた首を傾げた吾妻だったが、にぱっと満面の笑みを浮かべて「まずはじゃんけんやな!」と、右手をグーにして前に突き出した。


 ――その後は吾妻ご希望の鬼ごっこをして、滑り台やブランコといった遊具に乗って、砂場で大きな砂山を作った。夢中になって遊んでいれば、楽しい時間はあっという間だ。


 湯希は、遊び始めは見ているだけのことも多かったが、最終的には吾妻に手を引かれて一緒に走り回っていた。

 時折ボソリと「つかれた……」なんて文句を漏らしてもいたけれど、纏う雰囲気は始終柔らかくて、外遊びを十分に楽しめたことが伝わってくる。


「それじゃあ、お花を摘んだら帰ろうね」

「はーい!」


 日も暮れ始めてきたため、最後に桜虎たちへのお土産にと花を摘んで帰ることにした。三人で屈み込んで、シロツメクサや蒲公英といった春の野花を摘んでいく。


「あ! あっちにもきれいなはなさいてるやん! おれ、とってくる!」


 勢いよく立ち上がり走り出した吾妻だったが、足が縺れたのだろう、派手に転んでしまった。慌てて杏咲が近寄れば、吾妻の瞳にはジワリと涙が滲んでいる。


「うぅっ、いたい……」

「ちょっと見せてね。……うん、どこも血は出てないね。吾妻くん、どこが痛かった?」

「グスッ……あしとてぇ……」

「そっか。よしよし、痛いの痛いのとんでいけ~」


 柔らかな髪を一撫でした杏咲は、吾妻の細くて柔い腕と膝に、そっと手を滑らせた。お決まりの魔法の呪文を唱えれば、吾妻の瞳がパチリと瞬く。


「……杏咲ちゃんって、おかんみたいやな」

「吾妻くんのお母さん?」

「うん。おれな、おかんのこともおとんのこともめっちゃだいすきやねん! ……でもおれ、半妖やから、いっしょにいるのはだめなんやって。……なんで、半妖はだめなんやろ? まえな、ともだちも……半妖やからってあそびにいれてくれへんかったんや。おれ、みんなとちがうから、へんやから……だめなんかな?」

「吾妻くん……」


 吾妻の瞳から――きっと転んだ痛みとは違う、悲しみに満ちた涙が溢れてくる。いつも元気いっぱいの吾妻のひどく落ち込んだ姿に、近寄ってきた湯希は戸惑っている様子だ。


「……吾妻、泣かないで」


 拙い手つき。それでも、吾妻を元気づけたいのだろう。

 湯希は、恐る恐るといった様子で、吾妻の頭に手を伸ばした。


 頭を撫でられた吾妻は、声を上げて泣き始める。


「っ、ヒ、ㇶクッ、……ぅわ~ん‼」


 勢いよく腕の中に飛び込んできた吾妻を、杏咲は優しく抱きとめる。大粒の涙をポロポロ零して泣き続ける吾妻の背中を安心させるように撫でながら、杏咲は思った。


 ――そうだよね。この子はまだ、たったの四歳なんだ。……寂しいに、決まってるよね。


 親元で惜しみなく愛情を受けて育つべき、大切な時期。吾妻くんはきっと、夢見草に来るまで、ご両親に大切に育てられていたんだろう。


 だけど吾妻くんは、この子たちは……大好きな両親にも会えなければ、悪い妖に狙われ外にも自由に出られない生活を――半妖に生まれたからと、ただそれだけの理由で。不条理を、受け入れている。受け入れざるを得ないんだ。


 それに、さっきの吾妻くんの言葉。


 友達に仲間外れにされたって……この世界では、半妖は差別されるような存在なのだろうか?


 この世界での道理や常識といった当たり前のことすら知り得ない杏咲には、これが正しいことだとしても――その事実をそう簡単には受け入れられそうになかった。


 しかし吾妻に何と声を掛けてあげればいいのかも分からず、抱きしめる腕の力をほんの少しだけ強めて――何とも言えない、やるせない気持ちを燻ぶらせた。



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