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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十六章 神議り(かむばかり)と秘色(ひそく)の忌み子
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第百十九話



「ひぃくん、頑張ってな!」

「あぁ。オマエたちも、オレがいなくて寂しいからって泣くなよな」


 今日は火虎が出雲への護衛に発つ日だ。見送りのため正面玄関前に皆で集まり、各々が火虎に激励の言葉を送っていた。


「泣くわけねーだろ! ……兄ちゃん、護衛の任、がんばれよ!」

「あぁ、任せとけ! 桜虎の分も活躍してくるからさ」


 すっかりいつもの元気を取り戻した桜虎は、火虎の差し出した拳に自身の拳をコツンとぶつけて、清々しい笑みを浮かべている。


「あ、そうだ。なぁ影勝。オレがいない間は、玲乙にも手合わせの相手、してもらえばいいんじゃね?」

「……は?」


 このタイミングで話を振られるとは思ってもいなかった影勝は、目を丸くして低い声を漏らした。


「……まぁ、別にいいけど。最近はあんまり剣も振れてなかったし」


 玲乙がすんなりと了承すれば、火虎は僅かに驚いたような表情をして、けれど直ぐにその顔に笑みを広げる。


「お、マジで? 何となく言ってみただけだったんだけど……よかったなぁ影勝!」

「……フン」


 玲乙は普段、自主的に鍛錬場に足を運ぶことはないが、妖術は元より、剣の腕もかなり立つことは周知の事実だった。

 予期せぬ形で手合わせの約束を取り付けられた影勝は、口には出さないが、満足そうな表情をして鼻を鳴らしている。


 そして、今日夢見草から出雲へと発つのは、火虎だけではない。


「透、杏咲。俺も二日間ほど出てくるからな。留守の間、頼んだぞ」

「うん、了解。神様たちによろしくね」

「頑張ってきてくださいね」

「あぁ。まぁ軽く酌と挨拶だけして、あとは旨い酒を堪能したら、直ぐに帰ってくるさ」


 今回の神議りには、伊夜彦も参加することが決まっていた。出雲大社の祭神である大国主神(おおくにぬしのかみ)から直々に招集がかかったらしい。

 しかし、火虎たちのように護衛の任に当たるというわけではなく、初日の祝いの席に参加してくるだけなのだそうだ。

 伊夜彦が言うには、本格的に神議りを始める前に、神々や高貴な妖が集った祝いの席と称して、皆で酒や料理を飲み食いして楽しむらしい。


 離れの玄関前には、以前国杜山にピクニックに行く際に杏咲たちも利用した、大きな花車(かしゃ)が停まっている。花車には桜虎の父親である虎雷が、既に乗車しているようだ。


 また花車の側には、夢見草の護衛部隊に属する二人の半妖の姿もあった。一人は腰に剣を携え、もう一人は背中に大きな槍のようなものを背負っている。この二人も、今回の出雲の地での護衛に加わるのだろう。

 杏咲が接する機会が多いのは店で働く男娼たちばかりだったので、護衛部隊として活躍する半妖たちの姿を目にする機会はあまりない。しかし見るからに屈強そうなオーラが伝わってくる。

 腰に剣を携えている男性と目が合った杏咲が会釈すれば、あちらも会釈を返してくれる。しかしその顔は先ほどからピクリとも動かず、無表情のままだ。もしかしたら、あの顔がデフォルトなのかもしれない。もう一人の背中に槍のようなものを背負っている男性は、笑みを浮かべて気さくな様子で手を振ってくれる。


「カッコいいよな。普段はあんまり関わる機会もないから、今回一緒に護衛できるって聞いて楽しみにしてたんだよ」


 杏咲の目線の先に気づいた火虎が、嬉しそうに目を細めて言う。火虎の目指す先には、大切なものを守ることのできる強さを持っているあの半妖(ひと)たちがいるのだろう。


「それじゃあ普段目にできない分も、今回の護衛の任でたくさんその姿を見て、勉強させてもらえるといいね」

「おう、そうだな!」


 快活に笑った火虎は、自身の錫杖をシャランと鳴らしながら、花車の方に向かっていく。

 花車の側では、桜虎が虎雷に話しかけていた。


「父ちゃん、オレ、もっともっと強くなるからな! そしたら、この前の約束……」

「あぁ。精進しろ、桜虎。……期待しているからな」

「っ、ああ!」


 耳と尻尾をブンブンと振った桜虎は、熱を帯びた大きな声で返事をした。


 ――こうして出雲へと旅立っていった面々を見送った杏咲たちは、離れに戻って、各自がいつもと変わらない時間を過ごす。


 吾妻たちにかくれんぼをしようと誘われていた杏咲は、廊下の隅に出しっ放しにしたままの掃除用具を先に片付けてしまおうと考えた。吾妻たちに大広間で待っているよう伝えて一人廊下を歩いていれば、そこによく見知った顔が現れる。


「あ、草嗣さん」

「こんにちは、杏咲さん」


 にこやかに笑っている草嗣は、基本的には本殿の方で執務にあたっているため、杏咲がこうしてゆっくり顔を合わせるのは久し振りのことになる。


「草嗣さんは、何か用事で離れに来られたんですか?」


 伊夜彦はつい先ほど出雲の地へと向かったばかりだ。多分、透に用があって離れにやってきたのだろう。そう考えた杏咲は、掃除用具を手にして透の居場所を伝える。


「透先生なら、鍛錬場にいると思いますよ」

「いえ、今日は杏咲さんに用があってお伺いしたんです」

「私に、ですか?」


 まさか草嗣が自分に用があって訪ねてきているとは思わなかったので、杏咲は呆けた顔をしてしまう。


「えぇ。今お時間大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。……あ、でも、この後子どもたちと一緒に遊ぶ約束をしているんです。長くなるようなら、子どもたちに声を掛けてきてからもいいで……」


 そこで、杏咲の言葉が途切れる。

 ――何故なら、突然、視界がぐらりと揺れたからだ。


「な、に、これ……」


 立っていることも儘ならなくなった杏咲の手元から掃除用具が滑り落ちるが、それは草嗣が受け止めたため、音を立てて落下することはなかった。


 杏咲の意識が、少しずつ遠のいていく。

 ふらりと前に倒れたその身体を受け止めたのは、草嗣だ。


「……私は、――のために……」


 耳元で、草嗣が何か呟いている声が聞こえる。しかし杏咲の意識は朦朧としていることもあって、その言葉全てを聞き取ることはできない。そして同時に耳に届いたのは、杏咲の名を呼ぶ大きな声だった。


(これ、は……十愛くんの、声……?)


 その声はどんどん大きくなる。こちらに向かってきているのだろう。

 しかし、ついに限界がきたようで――そこで杏咲の意識は、ぷつりと途切れた。



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