第百十五話
路地裏の前に降り立った二人は、火虎を先頭に細い道を進んでいく。
二分も歩けば行き止まりとなったが、左側に古びた大きな木製の扉が構えているのを見つける。この先が賭博闘技場となっているのだろう。
「アンタは此処で待っててくれ」
「ううん、私も一緒に行くよ」
「でも、危ないかもしれねーし……」
「危ないかもしれないなら尚の事、私も付いて行くよ」
杏咲がその意志を曲げる様子はないことに気づいた火虎は、深い溜息を吐き出してから、自身の頭をがしがしと掻いた。
「あ~っ、分かったよ。でもアンタはオレの後ろにいろよ! ぜってぇ一人で行動すんな。透に任されて付いてきたのに、それでアンタの身に何かあったら……オレが透にぶっ飛ばされちまうからな」
「うん、分かったよ」
二人は扉の奥に足を踏み入れる。中は薄暗い。
扉を開けて直ぐの所にあった階段を下っていけば、少しずつ騒がしい音が聞こえてくる。
「此処だ。……入るぞ」
階段を下り切った先に、更にもう一つ扉があった。火虎がその扉を開ければ、ワァッ‼ と大きな歓声が、杏咲と火虎の鼓膜をダイレクトに揺らす。
「さぁ、次は飛び入り参加だ! 初めての参加のようですね。東の方、半妖の桜虎!」
会場に足を踏み入れた杏咲と火虎の目に飛び込んできたのは、中央のステージに立つ桜虎の姿だった。
「おい、アイツ半妖だってよ。珍しいな」
「まだガキじゃねーか」
ひそひそと耳打ちし合っている観客の声が聞こえてくる。
観客の数はそこまで多くはないが、それでも三十人近くはいそうだ。その大半が男性だが、ちらほらと女性の姿も見える。
まさか本当に参加しているなんて……と杏咲が呆気に取られているのもお構いなしで、進行役らしい妖の男が対戦相手の紹介に移る。
「さて、対戦相手は、かなり久しぶりの参加になります! 西の方、白髪の君!」
これから桜虎と闘うことになるらしい相手は、真っ白な髪に真っ白な袴を着ており、その顔には怪しげな面を付けている。細身ではあるが、体格からして多分男だろう。
「さぁ、此度はどんな勝負が見られるのでしょうか!? 観客の皆さまは、お手元の木札に東西どちらかの文字を記入してくださいね」
進行役の妖の言葉で、観客たちがざわざわと話し合いを始める。
その声でハッと我に返った杏咲は、隣で黙ったままの火虎に顔を向ける。
「っ、火虎くん、このままじゃ試合が始まっちゃうよ! 止めた方がいいよね……私、行ってくるね!」
杏咲は慌ててステージの方に向かおうとするが、火虎はそれを制止する。
「……いや、暫く様子を見ておこうぜ」
「え? でも……」
「大丈夫だよ。この勝負はさ、どっちかが場外に出されるか、相手が参ったって言うか、審判がどちらかが続行不可って判断した時点で終了なんだけど……まぁ、やばくなったらオレも直ぐに止めに入るしさ」
この試合に自ら参加することを決めた桜虎を見て、火虎なりに何か思うところがあるらしい。困ったような顔で笑っているが、それでいてその目には真剣な色が表れている。
「……うん、分かったよ」
火虎の思いを受け止めた杏咲は、共に試合を見守ることにした。
もし桜虎に何かあった時には直ぐに止めに入れるようにしようと、二人は桜虎にバレないように俯き顔を隠しながらも、前方の端の席へと移動する。