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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十五章 兄と弟、妖と人
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第百十四話



 虎雷が夢見草を訪ねてきた日から、あっという間に三日が経った。今日は虎雷が火虎の返事を聞くために、再び離れを訪ねてくる日だ。


 桜虎はこの三日間いつものような元気がなく、今朝もどこかぼうっとした様子だった。鍛錬もサボっているようだが、透は無理に誘うことはせずに「気が向いたらおいでよ」とサラッと声を掛けていた。

 十愛や吾妻たちも元気がない桜虎には気づき心配そうなまなざしを送っていたが、敢えて触れることはせずに見守っているようだ。


 皿洗いを終えた杏咲が縁側を歩いていれば、今日も鍛錬場に向かうことなく、縁側でぼうっとしている桜虎を見つけた。溜息を漏らしているその小さな背中は、やはり元気がない。


「桜虎くん」

「……何だよ」

「今からお買い物に行くんだけど、桜虎くんも一緒に行かない?」

「……何でオレさまが…「今日は買うものがたくさんあってね、力持ちの桜虎くんにもお手伝いしてもらえたらとっても助かるんだけど……駄目かな?」

「……仕方ねーな!」


 渋々といった様子で立ち上がった桜虎だが、獣耳と尻尾がぴょこぴょこと小さく揺れているところを見るに、頼りにされて嬉しく思っていることが伝わってくる。


「透先生、桜虎くんとお使いに行ってきますね」

「うん、了解。明るいうちだから大丈夫だと思うけど……くれぐれも道中気をつけて…って、あ。火虎、良いところに」

「ん? どした?」


 偶々通りかかった火虎を、透が引き止める。


「杏咲先生と桜虎にお使いを頼んだんだけど、火虎も付いていってくれない? お父さんが訪ねてくるまではまだ時間もあるし、大丈夫だよね?」

「まぁ、オレはいいけど……」


 火虎は杏咲を見てから、次いで桜虎に視線を移す。しかし桜虎は黙ったまま床を見ていて、その視線が交わることはない。


「火虎くんが付いてきてくれるなら、私は助かりますけど……でも、今日は買う物もそこまで多いわけじゃないですし、二人でも大丈夫ですよ?」


 辺りを漂う気まずい雰囲気を察知した杏咲は、今は二人を無理に一緒にするのも良くないかと考え、桜虎と二人でも大丈夫なことをやんわりと透に伝える。


「だって杏咲先生、よくトラブルに巻き込まれるからさ。明るい時間帯とはいえ、ちょっと心配なんだよ」


 しかし、本当に心配そうな表情をした透にそんなことを言われてしまっては、杏咲が断ることなどできるはずもなかった。


「それじゃあ……火虎くん、お願いします」

「……おう、了解!」


 こうして、杏咲と桜虎、火虎の三人でお使いに行くことになった。


 杏咲を真ん中にして、三人で並んで歩く。神議が近いことに関係しているのかは分からないが、街中はいつも以上に賑わっているようだ。しかし三人を取り囲む空気は比例するようにして静かで重たく、何とも言えない気まずい沈黙が流れている。


「……透のやつ、オレが頼りないから、兄ちゃんにも付き添いを頼んだんだろ」


 透はそんなこと考えていなかっただろうが、メンタルがどん底まで落ちている桜虎は、マイナス方向に解釈してしまったようだ。フンッとそっぽを向いてしまった桜虎は、ズーンと重たい影を背負っているように見える。


「そ、そんなことないよ! 私は桜虎くんが付いてきてくれてとっても心強いよ!」

「……そうだぞ。桜虎は十分強いだろ」


 杏咲に続いて、火虎も励ますように声を掛ける。


「……でも、兄ちゃんだけ呼ばれて、オレはだめって言われた。それはオレが弱いからだろ」

「それは……俺が兄ちゃんだからだ。桜虎ももう少し大きくなれば…「年なんか関係ねーだろ! オレが弱いから……だから、父ちゃんは……っ!」


 溜め込んでいた思いが爆発したように捲し立てた桜虎は、そのまま何処かに駆け出して行ってしまう。


「……えっ、桜虎くん!?」

「ったく、あの馬鹿……!」


 突然の行動に呆気にとられていた杏咲が慌ててその名を呼ぶが、桜虎はあっという間に人混みに紛れてしまった。

 背中に黒い羽根を出した火虎は、杏咲を横抱きにして地面を蹴り上げた。羽がバサリと音を立てたかと思えば、二人の身体がふわりと宙に浮く。


「わ、っと、あの、火虎くん……!?」

「ワリィ。この人混みじゃ桜虎を見失っちまうかもしれねーし……でもアンタを一人で置いてもいけねーからさ。このまま空から捜させてもらうぜ」


 火虎はそう言って、桜虎が走っていった方角に視線を巡らす。

 火虎は子どもたちの中でも身体の大きいお兄さんであるとはいえ、杏咲からしてみれば、まだまだ子どもだ。それなのに横抱きされてしまい、杏咲はほんのちょっぴり複雑な気持ちだった。

 (私、重くないかな)と、そんな懸念が頭を過ぎったが、今はそんなこと気にしている場合じゃないと小さく(かぶり)を振って、上空から桜虎の姿を捜す。


「桜虎くん、一体どこに……あっ、あそこ!」


 杏咲が指をさす先には、ちょうど路地裏に入ろうとする桜虎の姿が見えた。


「あそこは……」

「火虎くん、どうかした?」


 火虎は、桜虎が消えていった路地裏を険しいまなざしで見つめている。

 それに気づいた杏咲が訳を尋ねれば、火虎は羽をはためかせて宙を移動しながら答えてくれる。


「あの路地裏を進んだ先には、賭博闘技場(とばくとうぎじょう)があるんだよ」

「賭博闘技場? それって闘ったりする場所、ってことだよね?」

「あぁ。闘いへの参加は自由で、観客はその勝敗を賭けるんだよ。オレも噂を聞いて腕試しにって、透や影勝なんかと一回だけ行ったことがあるんだ。……だけどたまーに、いかさましてくる厄介な輩もいるんだよな。まっ、一応は合法の店だから、さすがに殺しとか、危険なことはねぇけどさ」


 火虎はその時のことを思い出したのか、眉を顰めて不快そうな顔をしながらも、サラリと物騒な言葉を口にする。

 桜虎が闘技場があることを分かった上でそちらに向かったのかは定かではないが、もし腕試し目的で足を踏み入れたのだとしたら。いかさまをするような相手がいるのだとしたら……尚更、桜虎の身が心配だ。



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