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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十四章 自分にできることを
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第百八話



「っ、紅葉先生……!」


 杏咲は咄嗟に駆けだし、崖から落ちそうになった紅葉の手を何とか掴んだ。


「は、離して! っ、貴女みたいな、何の役にも立たない人間に助けられるなんて……死んでも嫌よ!」

「っ、私も嫌です! 絶対に、離しません……!」


 杏咲の顔を見上げて、紅葉は叫ぶような声で言う。しかし杏咲はその言葉をきっぱりと跳ね返して、握る手に力を込めた。けれど二人の身体は、どんどん滝壺のある下降へと吸い込まれていく。


「……って、貴女、全然支えられてないじゃない!」

「お、おもっ……」

「ちょっと貴女、今重いって言った!? 言ったわよね!? 言っておくけど私は……!」


 紅葉の非難の声は、そこで止まった。支えきれなくなった杏咲の身体が、とうとう地面から離れたからだ。


「きゃー‼」

「っ、」


 重力に従って、二人の身体は崖下に真っ逆さまに落ちていく。耳元で紅葉の絶叫を聞きながら、杏咲は固く目を閉じて、来たる衝撃と痛みを覚悟する。


「全く、杏咲はいつも無茶ばかりするな」


 ――甘い花のような柔らかな匂いが、杏咲の鼻腔をくすぐる。鼓膜を揺らしたのは、もう大丈夫だと、不思議と安心できるような、柔らかな声だった。

 予想に反して地面に叩きつけられることはなく、次に杏咲が目を開けた時、そこは伊夜彦の腕の中だった。


「……何で、伊夜さんが此処に? それに私、今まで崖の上にいたはずなのに……」


 伊夜彦に抱えられたまま、呆然と辺りを見渡していれば、足元で座りこんでいる紅葉の姿を見つける。


「っ、紅葉先生! どこか怪我はしていませんか?」

「……。……ええ、大丈夫……」


 伊夜彦に下ろしてもらった杏咲は、その場に屈んで、紅葉の安否を確認する。紅葉は何が起きたのか分からないといった様子で、半ば放心状態だ。


「杏咲先生!」


 そこに、透と子どもたちが駆けつけてきた。一番に飛びついてきた十愛の身体を、杏咲は慌てて受け止める。


「杏咲、大丈夫!? どこかけがしてない……?」

「うん、私は平気だよ」


 瞳を潤ませて心配してくれる十愛たちに無事を伝えながらも、杏咲はこの状況を、いまいち把握できずにいた。


「あの、何で皆が勢ぞろいしているんでしょうか……?」


 杏咲は、初めに目が合った透に尋ねる。


「伊夜さんがね、妙な妖気を感じるって言って、突然走り出しちゃったから……姿の見えない杏咲先生のことを捜してたんだよ」


 透は伊夜彦を見て、杏咲を見て――そして最後に、紅葉に視線を向けた。その口許は弧を描いているが、瞳は笑っていない。


「まぁ待て、透。俺が説明する。……が、その前に――紅葉。その頭はどうしたんだ?」


 黙ったまま地面に座りこんでいた紅葉だったが、身を屈めた伊夜彦が頭上に手を伸ばせば、顔を強張らせて後退り、距離をとろうとする。

 しかし、伊夜彦が紅葉の頭にポンッと手をのせれば、紅葉の身体から、ボフンッと音を立てて白い煙が噴き出てきた。


 そして、次に視界に映った光景に――その場にいる全員が、驚きで目を瞠ることになった。



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