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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十四章 自分にできることを
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第百四話



 どことなく――否、かなりピリピリとした雰囲気が部屋に流れている。それを瞬時に察した透は、嫌な空気を換えるようにわざと明るい声を出して、朝食後の予定を口にした。


「ほら皆! 今日は朝食を食べたら、皆で鍛錬場に行って稽古をするからね。頑張れるようにしっかり食べるんだよ」


 普段は影勝や火虎等が鍛錬目的で使用していることが多いのだが、体力づくりの一環と称して、時々皆で鍛錬場に集まり、軽く打ち合いをしたり、遊びを通した運動をしたりしているのだ。


「えー、おれ、鍛錬ってあんまり好きじゃないんだよね……」

「何でだよ? いいじゃねーか、鍛錬。身体動かすと気持ちいいだろ?」


 十愛はゲッと嫌そうな顔をしているが、鍛錬大好きな火虎は、その言葉の意味が分からないと言いたげに首を傾げる。


「おれも、鍛錬は苦手……」


 杏咲の隣で、湯希もボソリと呟いた。

 運動は個人で得意不得意もあるだろうし、苦手意識を持ってしまう子も当然いる。けれど此処での鍛錬は、半妖であるという理由で、悪しき考えを持った妖から狙われやすい子どもたち自身の身を守るためにも、必要なことなのだ。


「湯希くん。鍛錬を頑張ったら、また皆で、この前のお家作りの続きをしよっか」

「! ……うん、する」


 杏咲がこっそり湯希の耳元で囁けば、湯希は口許を緩ませてコクリと頷いた。


 数日前に伊夜彦が持ってきてくれた大量にある大きな段ボール箱を使って、ここ最近、年少組の子どもたちの間では家を作る遊びが流行っていた。

 家の壁となる段ボールの側面に好きな絵を描いたりシールを貼ったりして、各々が個性あふれる家を作り、完成した家を見せ合っては“自分の家が一番!”と競い合うようなことを言っているのだ。


 昨日は紅葉がやってきて多少バタバタしていたこともあり、家作りは出来なかった。他の子どもたちも誘えば、皆喜んで参加するだろう。鍛錬が終わったら、紅葉にも声を掛けてみよう。

 そんな後でのお楽しみを考えながら、朝食を食べ終えて後片付けを済ませた杏咲たちは、鍛錬場にやってきた。皆で念入りに準備運動を済ませて一息ついていれば、透が倉庫から、竹刀が入った籠を持ってくる。


「それじゃあ早速、今日は一対一の打ち合いをしようかな」

「お! 誰からやるんだ?」


 火虎がワクワクした声で尋ねる。子どもたちを見渡した透が最初の対戦者を指名しようとすれば、それよりも先に紅葉が動いた。


「それじゃあ杏咲先生、私と打ち合いをしませんか?」

「……え? 私ですか?」

「えぇ。子どもたちの手本となるように、私たちが実際にやってみせることも必要ですよね? はい、これをどうぞ」


 強引に話を進め、杏咲の手に竹刀を手渡そうとする紅葉だったが、透が間に割り込む。


「待って、紅葉先生。杏咲先生は剣術の経験はないから、打ち合いなら俺が相手をするよ。杏咲先生は子どもたちのことを見ててくれる?」

「は、はい。分かりました」

「……何よ、それ」


 小さな苛立ちを孕んだような声。その声を発したのは紅葉だった。


「子どもたちを保護する立場だってのに、剣も振れないの? それじゃあ杏咲先生は……もし子どもたちに何かあった時、どうやって対処するつもりですか?」


 これまでの穏やかな表情から一変、目をキッと鋭くさせた紅葉は、戸惑いを顕わにした杏咲に突っかかる。


「まさか、守る立場の存在が……逆に守られてるってわけ? ……っ、何で貴女みたいな人を、あの方は……」


 最後の方は何を言っているのか聞き取れなかったが、紅葉が杏咲を心良く思っていないことが、その言動からヒシヒシと伝わってくる。


「あの、紅葉先生……」


 声を震えさせて俯いてしまった紅葉に声を掛けようとした杏咲だったが、それは響き渡った頼もしい声に遮られる。


「別にいんじゃね? 守るって、別に剣が使えることだけを言うんじゃねーだろ? それにオレ、守ってもらうほど柔じゃねーしな」


 緊迫した空気が流れる中、子どもたちも戸惑った様子で黙り込んでいたのだが、口火を切ったのは火虎だった。

 「なぁ影勝」と、隣で興味なさげに顔を背けていた影勝に話を振れば、影勝は眉間に皺を寄せながらも、キッパリとした声で応える。


「……当たり前だ。自分の身くらい、自分で守れる」

「はは、だよなぁ」


 二ッと笑って影勝の肩に手を回した火虎だったが、その手を跳ねのけられて口を尖らせている。


「火虎の言う通りですね。むしろ……守る存在がある方が、強くならなければと精進できるんじゃないですか?」

「そ、それならぼくも、守ってもらわなくても大丈夫なくらい、強くなります! だから、その……喧嘩は、やめましょう……!」


 玲乙と柚留が言葉を続ければ、それに呼応するように、他の子どもたちも口々に「おれも強くなる!」と、その瞳に闘志を燃やし、力強い声を発する。


「皆……」


 子どもたちの逞しい言葉を聞き、杏咲はジーンと胸を震わせた。


「……はぁ、どうしよ……俺、ちょっと泣きそう……」


 透を見れば、グッと目元に力を入れて上を向いている。どうやら子どもたちの成長を感じて、感極まってしまったようだ。


「……そうよね。杏咲先生、ごめんなさい。私、少し熱くなりすぎてしまったみたいで」

「い、いえいえ。大丈夫です。こちらこそ、不甲斐なくてすみません……」


 顔を上げた紅葉は、シュンと眉を下げて申し訳なさそうな顔で杏咲に謝った。その顔や声からは、もう先程までの殺伐とした雰囲気は感じられない。

 杏咲も、自分自身が剣術のけの字も知らないほどには弱いことを痛いほどに自覚しているため、すごすごと謝罪の言葉を口にする。


「それしゃあ……透先生。私のお相手をしていただいてもよろしいですか?」

「うん、もちろん」


 紅葉が頼めば、気を取り直した透は笑顔で了承する。


「んじゃ、オレが審判してやるよ」


 審判役には火虎が手を挙げた。

 竹刀を構えて向かい合った二人は、火虎の合図でスッと足を後方に引いて距離をとる。双眸を細めて、相手の出方を伺うように、静かに睨み合っている。


 杏咲と子どもたちがその様を固唾をのんで見守っていれば――先に動いたのは、紅葉だった。

 透の胴目掛けて勢いよく竹刀を振り下ろす。しかし透はその一手を防ぎ、瞬時に後ろに下がった。かと思えば直ぐに間合いを詰めて、紅葉の腕目掛けて竹刀を振り下ろす。そしてそれを紅葉が躱した。激しい攻防が続く。


 それから――息を吞むような白熱した打ち合いが続くこと、二分弱。最終的に勝利を収めたのは、透だった。



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