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しあわせのお裾分け (第十章と十一章の間あたりの話)



「皆、ただいま」

「あ、透がかえってきた!」

「おかえりなさい」


 七月半ばのとある日。朝方には夢見草を出て、半日ほど人間界に戻っていた透が帰ってきた。その両手には、大きなビニール袋がぶら下がっている。


「透、それ何?」


 駆け寄った十愛が、袋の中を覗き込むようにしながら尋ねる。


「こっちは食材で、これは皆にお土産だよ。丁度おやつの時間だし、此処にいない子たちも呼んできてくれる?」

「おみやげ!? うん、わかった!」

「ったく、しかたねぇな」


 大広間で遊んでいた十愛と桜虎が他の子どもたちを呼びに行ってくれる。その間にと、透は杏咲にも頼んで、お土産が入っている方とは別の袋から食品を取り出して冷蔵庫に仕舞っていく。


「お土産って、何を買ってきたんですか?」

「今の時期にぴったりのものだよ」


 にんまり笑った透が、机の上に置いた袋に視線を送る。杏咲が袋の中を覗いてみれば、ドライアイスと一緒に入っていたのは、たくさんの氷菓子だった。

 カップに入ったアイスクリームや、木の棒に刺さったシャーベットタイプのもの、モナカにバニラアイスを挟んだタイプのもの等、様々な種類の氷菓子が机の上を埋め尽くす。


「たくさん買ってきたから、とりあえず、一人一つずつ好きなのを選んでね」


 集まった子どもたちを見渡した透がそう言えば、皆どの氷菓子にしようかと目をキラキラさせながら視線を巡らせている。


「杏咲先生も食べてね」

「はい、ありがとうございます! どれにしようかなぁ……」


 まだまだたくさん残っているアイスの中から、杏咲はバニラアイスがチョコレートでコーティングされているタイプのものを選んだ。小さな丸いアイスが六つ入っている、赤いパッケージのものだ。


「そのアイスって確か、星型やハート型のが入ってるんだよね」

「はい。子どもの時によく食べていたんですけど、開ける時が一番ワクワクするんですよね。星の形が入っていた時はすごく嬉しくて、幸せのお裾分けっておばあちゃんにあげてました。……ふふ、懐かしいなぁ」

「あはは、わかるなぁ。でもそれを自分で食べないであげちゃうなんて、杏咲先生は優しいね」


 杏咲の斜め前に腰を下ろしていた透は、ソーダ味のアイスキャンディーを選んだようだ。シャクシャクと齧りながら、隣でソフトクリームを食べて、手や口周りをベトベトにしている吾妻の顔を拭っている。


「せんせ、お星さまのかたち……入ってた?」

「今開けてみるね。……あ、残念。入ってなかたよ」


 湯希に聞かれて、杏咲はそっとパッケージを開けた。しかし六つとも円錐台で、星の形は入っていなかった。


「……ざんねん」

「でも星型って、中々入ってないからね。だからこそ、見つけると幸せなことがあるって言われてるんだよ」

「……おれも今度、いっしょにお星さま、さがしてみたい」

「うん、そうだね。また買ったら一緒に食べようね」

「……うん」


 そんなやりとりをしていれば、杏咲と湯希の目の前に座っていた二人が同時に動いた。


「……もういらねぇ」

「僕もお腹いっぱいなので、よければどうぞ」


 そう言って杏咲と湯希に、各々が食べかけのアイスを差し出す。

 どうやら影勝も玲乙も、杏咲と同じ種類のアイスを食べていたみたいだ。


「え……本当に貰っていいの?」

「はい、どうぞ」


 杏咲は戸惑いながらも、玲乙に差し出されたアイスをお礼を言って受け取る。


「おっ、いらねぇならオレが食べてもい「オマエにやるとは言ってねぇ」


 火虎の言葉をピシャリと一蹴した影勝は、自身の食べかけのアイスを無言で湯希の目の前に置いた。


「……ありがと」


 影勝は湯希のお礼の言葉を聞いて直ぐに立ち上がり、一人で大広間を出て行ってしまった。多分いつものように、鍛錬場に向かったのだろう。


「……せんせ、見て」


 影勝の背を見送っていた杏咲だったが、湯希に服の裾をクイッと引かれて視線を落とした。


「……お星さま」

「あ、本当だ! ……えっ、私のにも入ってる……!」


 玲乙から貰ったアイスの箱の中にも、右端上に、星の形がちょこんと鎮座している。


 ――まさかの、影勝と玲乙二人のアイスに星型が入っていたみたいだ。そして杏咲と湯希のやりとりを目の前で耳にして、自身のアイスを譲ってくれたらしい。


「玲乙くん、ありがとう」

「……いえ、別に」


 嬉しそうに微笑んでいる杏咲にお礼を言われた玲乙は、スッと視線を逸らして短い言葉を返す。


「何だよ玲乙ってば、やっさし~」

「……はぁ」

「いや、何で溜め息!? せめて何か喋れよな~」


 火虎に絡まれた玲乙は静かに溜息を漏らしたかと思えば、火虎に冷たいまなざしを向けている。けれど火虎はそんな視線を向けられることにも慣れっこなので、特に気にした様子もなく玲乙に絡み続けている。


「……素直じゃないけど、かわいいでしょ」


 アイス交換のやりとりをばっちり目にしていた透は、二ッと口角を持ち上げて、小声で杏咲に話しかけた。


「……はい。本当にかわいいです」


 ふにゃりと頬を緩めて返した杏咲は、玲乙から貰った星形のアイスをぱくりと頬張る。


 ――幸せなこと、もう起こっちゃったな。


 杏咲と同じように、甘い星を頬張って幸せそうな顔をしている湯希を見ながら、そんなことを思う杏咲なのだった。



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