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突撃! お部屋訪問?(第九章と十章の間あたりの話)



 お風呂から上がった子どもたちは、杏咲の私室で絵本を読んでもらっていた。メンバーは十愛に吾妻、湯希の三人だ。


「――そして、お姫様は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

「おひめさん、よかったなぁ!」

「王子さま、かっこよかった……」

「おひめさまはかわいいどれすを着て、いっぱいおしゃれできるんでしょ? いいなぁ」


 吾妻は不遇なお姫様が幸せになれたことを純粋に喜んでいるようだし、湯希は白馬に乗って現れた王子様に興味津々の様子だ。お洒落好きな十愛は、絵本の中で綺麗なドレスに身を包んでいるお姫様を羨ましそうに見つめている。


「先生も、お姫さま、だった……」

「え、私がお姫様?」


 ポツリと呟いた湯希が何のことを言っているのか分からず、杏咲は首を傾げる。

 私がお姫様って、一体何の話をしているんだろう……?


「あ! 忍者ごっこのときやな! めっちゃたのしかったから、またやりたいなぁ」


 にぱっと笑っている吾妻の言葉で、あの時のことかと、杏咲は言葉の意味をようやく理解した。確かにあの時の杏咲は、酒呑童子に言われてお姫様役となり、本殿でその身を隠していたからだ。


「あとおれ、どろけーもまたやりたいなぁ」

「そうだね。また皆でやろうか」


 十愛の言葉に頷きながら、ふと頭に浮かんだ疑問を、杏咲は何気なく口にする。


「そういえば皆って、ドロケーをした時は何処に隠れていたの?」

「んー、おれはね……さいご、透のへやにかくれてた! いつもは透のへやにかってに入るとおこられるから、みんな入ってこないかと思って!」


 十愛は見つからないような隠れ場所もしっかり考えた上で行動していたらしい。


「先生も、十愛も、桜虎も……あと火虎も、見つけたけど……でも……影勝は、見つけられなかった」


 警察役だった湯希は、見つけるのが上手らしい。けれど影勝だけは一度も見つけられなかったのだと言う。湯希はいつもの無表情ではあるが、しかしその表情にどことなく悔しさが滲んでいる気がする。


「そっかぁ。影勝くんはどこに隠れてたんだろうね?」

「んー、自分のへやとか? ……そういえばおれ、影勝のへやって一度も入ったことないかも」


 十愛がポツリと呟いた。


 年少組の四人が二人部屋であるのに対して、年長組の四人は各々が一人部屋だ。

 杏咲も、年少組と柚留、それから火虎の私室には、食事の時間だと呼びに行った時などに室中を覗いたことはあった。けれど影勝と玲乙の私室には足を踏み入れたこともなければ、その内装を見たこともない。


「なぁなぁ。今からみんなで、影くんと玲乙くんのへや、あそびにいってみぃひん?」


 突然そんな提案を口にしたのは、やはりとも言うべきか、吾妻だった。

 ワクワクと好奇心を隠しきれていない表情で、杏咲、十愛、湯希の顔を順に見つめる。


「影勝くんと玲乙くんの部屋に?」

「おん! おれも二人のへやって入ったことないし、気になるやん!」

「……でも、かってにはいったら、おこられそう」


 湯希がポツリと呟く。

 その言葉に、吾妻は「うっ」と僅かにたじろぎながらも、直ぐに気を持ち直す。


「玲乙くんならおこらんやろ! 影くんは……ちゃ、ちゃんとおじゃましますって言えば、きっと大丈夫や!」


 影勝のことを話す際にはほんの少しだけ震えた声を出しながらも、吾妻はすでに行く気満々といった様子で、一人立ち上がって障子戸に手を掛けている。


「んー……そうだね。急にお邪魔させてもらうのはびっくりするかもしれないから、まずは二人に聞いてみてからにしよっか」

「おん!」

「杏咲が行くなら、おれも行く!」

「おれも……ついてく」


 こうして四人は“突撃!お部屋訪問!”をするべく、まずは玲乙の私室から訪ねてみることにした。


 玲乙の私室は杏咲の隣に位置しているため、部屋を出て直ぐだ。

 廊下から玲乙の名を呼ぼうとすれば、室内から声が聞こえてきた。しかし声の出所は玲乙の私室ではなく、更にその隣――火虎の私室から聞こえてくるようだ。耳をすませばそこには玲乙もいるようで、何を話しているのかまでは聞き取れないが、二人分の話し声が聞こえてくる。


「――って、だから――」


 どこか切羽詰まっているように感じられるこの声は、火虎のものだ。


「お話し中みたいだし、玲乙くんの部屋に行くにはあとにしようか」


 何だか込み合っているみたいだし、玲乙のもとを訪ねるのは後がいいだろう。そう考え、一旦杏咲の私室に引き返したタイミングで、火虎の私室から誰かが出てきたのが分かった。杏咲たちは障子戸をそっと開けて廊下を見る。

 廊下にふらりと姿を現したのは、玲乙だった。しかしその顔は僅かに蒼ざめている。玲乙は数秒ほど、無言で廊下に立ち竦んでいたかと思えば、そのまま一人で自身の部屋に戻っていった。


「……玲乙くん、どうしたんやろ」


 障子戸の隙間からこっそり覗き見していた杏咲たちは、一体何を話していたのだろうかと疑問を募らせる。

 静かに廊下に出た四人は顔を見合わせ、玲乙のもとを訪ねていいものかと迷った。

 その時、火虎の私室の障子戸が、ほんの僅かに開いていることに気づいた。


 再び視線を交わして頷き合った杏咲たちが、その隙間から室内をそうっと覗いてみれば――。


「っ、くっ……」


 肩を震わせた火虎が、室内のど真ん中で腰を折り曲げて、何故か一人で笑っていた。


「……とりあえず、玲乙くんの部屋にお邪魔するのは、また後日にしよっか」


 火虎の私室の障子戸をそっと閉めた杏咲は、隣の玲乙の私室から物音さえ聞こえてこないことを確認して、吾妻たちに小声でそう伝えた。子どもたちと共に、玲乙と火虎の私室前から静かに離れる。


 ――箸が転がっても笑える歳だなんて言葉を聞いたことがあるけど、多分火虎くんも、今がそういうお年頃なのかもしれない。


 火虎は、“写真を撮られると魂を吸い取られ、寿命が縮まってしまう”という冗談を真に受けてしまった玲乙の純粋さに、ただ可笑しくて笑っていただけだったのだが……杏咲もまた微妙な勘違いをしたまま、子どもたちと次の部屋に向かったのだった。


「……とうとう着いたね」


 十愛がごくりと唾を飲みこんで、神妙そうな声音で呟く。その隣にいる吾妻も僅かに顔を強張らせて、緊張している様子だ。


「影くん、おるんやろうか」

「……多分、いる。あかりがついてるし……だれかの気配、感じる、から……」


 無表情の湯希が、影勝の私室を見つめたまま小さな声で言った、その直後。

 障子戸がスパンッと音を立てて開かれた。


「オマエら、揃って人の部屋の前で、何してんだよ」


 障子戸を開けたのは影勝だった。気配でとっくに気づかれていたらしい。ギロリと睨まれて、子どもたちは吾妻を筆頭にビクリと肩を震わせる。


「こんな時間にごめんね。よければ影勝くんの部屋で少しお喋りしたいなって思って、皆で遊びにきたんだ」

「……チッ。オレの部屋に、オマエらの遊べるようなもんは置いてねぇよ」


 眉を下げて笑っている杏咲を一瞥した影勝は、眉を顰めて小さく舌を打った。低い声で突き放すようにも聞こえる言葉を吐き捨て、そのまま背を向けて部屋に戻ろうとしたのだが――しかしその足をピタリと止め、こちらに背を向けた状態のまま、独り言を呟くような静かな声音で言う。


「……五分だけなら、入ってもいい」

「っ、よっしゃ~! やっぱり影くんはツンデレさんやなぁ!」

「やっぱオマエは入ってくんな」

「えっ、何でや!?」


 吾妻の言う通りツンデレを発揮させた影勝は、結局杏咲たち四人を室内に通してくれた。いつもなら無言で突っぱねられそうなものだが、この日の影勝は火虎との三本勝負で完封勝利しており、少しばかり機嫌が良かったのだ。

 足を踏み入れてみれば、影勝の私室は物が少なく、文机と座椅子に、和箪笥が置いてあるだけだった。すでに布団が敷いてあるから、そろそろ寝ようと思っていたのかもしれない。端の方には、木刀や竹刀が立て掛けてある。


「……ほんとに何にもないじゃん」

「でも綺麗に片付いてて、影勝くんのお部屋って感じがするね」


 十愛はガランとした室内を見渡して囁くような小さな声で感想を述べる。

 けれど杏咲の言葉を聞き、自分と桜虎の私室を頭の中に思い浮かべて……もう少し片付けを頑張った方がいいかもしれないと、今も玩具が散らばったままであろう部屋のことを思った。


 そしてきっかり五分後には、問答無用で部屋を追い出されてしまったわけだが――満足そうな吾妻たちの表情を見て、“突撃! お部屋訪問”は大成功に終わったなと感じ、嬉しくなる杏咲であった。



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