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小さい○○くん? (第七章が始まる少し前の話)

第七章から第十三章の間の本編には載せられなかった番外編になります。

六話ほど更新してから第十四章に入りますので、よろしくお願いします。



「……あ、吾妻くん、そんなに無理して全部食べなくてもいいんだよ?」


 夕食時。スプーンを握りしめた吾妻の手はぷるぷると震えており、その顔もどこか強張っている。

 見兼ねた杏咲が声を掛けるが、吾妻は首を横に振って苦手なピーマンが乗ったスプーンを口元に近づけていく。


「やって、これのこしたら……ちっちゃい〝吾妻くん〟がでてくるかもしれへんやろ……!?」


 吾妻が何を言っているのか、意味が分からない周りの子どもたちは、皆一様に首を傾げたり怪訝そうな顔をしている。しかし理由を知っている杏咲と透は目を見合わせて、ほろ苦い笑みを浮かべた。


 ――吾妻が一体何に怯えているのか。それは、吾妻が読んだ〝とある一冊の絵本〟が原因であった。


 時を遡ること一時間前。夕食当番の杏咲が台所にいることには気づかずに、吾妻は一人で杏咲の私室を訪れていた。

 姿が見えないことにがっかりしながら、もしかしたら直ぐに戻ってくるかもしれないと考えて畳の上に座り込んだ吾妻の目に、一冊の絵本が飛び込んできた。


 杏咲が子どもたちの読み聞かせ用にと、自宅から持ってきたのであろうたくさんの絵本。その絵本の山の一番上に、吾妻と同い年ほどに見える男の子と、小人サイズの男の子が可愛らしいタッチで描かれている。

 杏咲はいつも色々な絵本を読み聞かせてくれるが、この絵本はまだ見たことがないと思った吾妻は、その絵本を手にとってぺらりとページを捲った。

 最近は杏咲と文字の勉強もしているため、ゆっくりにはなるが、絵本も一人で読めるものが増えたのだ。


 この絵本は、好き嫌いのあるケンタくんという男の子が主人公の物語のようだ。ピーマンが大嫌いなケンタくんが食卓で食べるのを渋っていたところ、ひょっこりと“小さなケンタくん”が現れて、嫌いなものを何でも食べてくれる、といった内容だった。


「おれのきらいなもんも、ちっちゃい吾妻くんがきて、たべてくれたらええのになぁ」


 吾妻は最後にどんな展開が待っているのだろうかと、ワクワクしながら読み進めていく。

 しかし笑顔だった吾妻の表情が、次第に曇っていく。


 ――物語の結末は、小さな自分が嫌いなもの以外も食べ始めてケンタくんよりも体が大きくなってしまい、最終的には小さな自分に食べられてしまう、といった内容だったのだ。


 涙ぐみながら台所に現れた吾妻に驚いた杏咲が話を聞けば、自分も嫌いなものをよく残してしまうから、〝小さい吾妻くん〟に食べられてしまうかもしれない、と不安に思ってしまったようだった。

 吾妻は一口でも食べようと頑張っているし大丈夫だと杏咲が宥めたことで、吾妻もその場では納得したようなのだが――やはり先程見た絵本に、多少なりとも影響を受けたらしい。


 吾妻が読んだ絵本の内容を聞いた他の子どもたちは、絵本に興味を示すものもいれば、そんなの作り話だと笑うものもいた。


 十愛と桜虎は多少なりとも〝本当にいたらどうしよう〟と思ったらしい。

 吾妻と同じく今日の献立に苦手なピーマンが入っていた桜虎は、いつもは皿の端に寄せて最後まで残しているピーマンを自ら口にしていた。


 「お、桜虎ピーマン食べてんじゃん。これで桜虎のとこには、ちっちゃい〝桜虎くん〟こないだろ。良かったなぁ」と火虎に言われて「べ、べつに、こわかったからとかじゃねぇからな!」と気恥ずかしそうに強がっていたけれど。


「……影勝は相変わらずだね」

「あ? ……あんな作り話、信じるわけねぇだろ」


 苦笑いの柚留の言葉にフンと鼻で笑った影勝は、いつもの如く苦手なものを片っ端から避けている。いっそ清々しいくらいだ。


「影勝も少しは食べないと、強くなれないよ?」

「……」


 影勝は透のそんな言葉にも、無視を決め込んでいる。

 今日鍛錬場で竹刀の打ち合いをした際、影勝は調子が悪かったのか、透に始まり、火虎、玲乙にと負け続け、最終的には桜虎にまで一本を取られてしまったらしい。この時の影勝は大層機嫌が悪かったのだ。

 不機嫌そうなオーラを放ちながら無言で食べ続けた影勝は、結局苦手なものをすべて残したまま食事を終えていた。



 ***


「――っ、か――かつくん」


 誰かに名を呼ばれている。影勝がそっと重たい瞼を持ち上げれば、何故か目の前に、小人サイズの杏咲がちょこんと立っていた。


「もう、影勝くんってば、お肉も野菜も食べなきゃ駄目だよ」


 ぷんぷんと効果音がつきそうな表情で怒っている杏咲。しかし影勝からしてみたら全く怖くも何ともない。

 その言葉を無視すれば「もう……仕方ないなぁ」と溜息を吐き出した杏咲が、影勝が残していた野菜やら肉やらを食べてくれる。


「もぐもぐ……うん、このお肉美味しいよ。影勝くんは食べないの?」

「……」

「あ、このお野菜美味しい! シャキシャキしてるね」

「……」


 言葉を返さない影勝を気にすることなく、杏咲は一人で食べ続けていく。暫くそんなことを繰り返していれば、皿の上はすっかり綺麗になっていた。


「ふぅ、ご馳走様でした」

「……そのちっせぇ身体のどこに入ったんだよ」


 今の杏咲は影勝の掌より少し大きいくらいのサイズ感だ。けれど一人前あった食事を全て平らげてしまった杏咲に、影勝は若干の引いたまなざしを向けている。


「もうっ、影勝くんが食べないから私が食べてあげたのに」


 杏咲はぷくりと頬を膨らませる。

 影勝が内心で(……その頬、餅でも詰まってんのか)なんて失礼なことを考えていたその時。


 ――その妖は、現れた。


「それじゃあ、儂の分も食べてくれんかのぅ」

「っ、オヤジ? 何でここに……」


 此処にいるはずのはい、影勝の実の父親である酒呑童子が、いつの間にか目の前に座っている。自身の皿にのっていた胡瓜を箸で摘み上げたかと思えば、影勝の口元に近づけてきた。

 酒呑童子も影勝と同じく、偏食で好き嫌いが激しい。胡瓜は苦手な食材の一つだ。


「ほれ、影勝。あーんじゃ」

「あぁ? 食うわけねーだろ」


 気色悪いことしてんじゃねぇよ、と影勝に突っぱねられた酒呑童子は、今度はその箸先を杏咲へと向ける。


「それなら、杏咲。あーんじゃ」

「酒呑童子さん、ごめんなさい……。私、もうお腹いっぱいなんです」


 杏咲が申し訳なさそうに謝れば、酒呑童子はその手をぴたりと止める。


「そうか……それは残念じゃ。しかし困ったのう。誰も食べてくれんとなると、食材が残ってしまう。それに儂も、腹が空いたのぅ……」


 そう漏らした酒呑童子は、むぅっと拗ねた顔から一変、何故か笑顔を浮かべて、再びその箸先を杏咲へと向ける。


「そんじゃあ、仕方ないのぅ。影勝の代わりに、儂はお前さんを食うことにしようかのぅ」

「……は?」


 酒呑童子が発した言葉の意味を理解できず、影勝は思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。


 ――何が仕方ないのか。というか代わりとは何だ。オレを食う気だったのか。


 言いたいことは山ほどあるが、それを声に出す暇もなく、酒呑童子の箸先は小さな杏咲を摘み上げて、今にも自身の口の中に放り込もうとしている。


「た、助けて影勝くん……!」

「っ、止めろクソオヤジ!」


 目尻に涙を浮かべた小人サイズの杏咲が、片手を伸ばして影勝に助けを求めている。


 その表情を目にした影勝が叫んだのと、小鳥の囀りが耳に届いたのは、同時のことだった。

 ――そう。すべては、夢の中での出来事だったのだ。


 起き上がった影勝は、自身の前髪をぐしゃりと掻き上げながら、それはそれは深い溜息を吐き出した。


 ――何て酷い夢を見てしまったのか。とりあえず、次にクソオヤジに会った時には一発ぶん殴る。


 酒呑童子からしてみたらただの八つ当たりもいいところであるが、そんな誓いを胸に立てながら、影勝は朝の鍛錬をするために布団から抜け出した。



 ***


 朝食時。食卓についた影勝は、皿に入っていた茄子を摘み上げ、いつものように、隣に座る柚留の皿に移そうとして――けれどその手をぴたりと止めて数秒ほど静止した後、自身の口に放り込んだ。


「か、影勝、どうしたの? 珍しいね?」


 見ていた柚留は驚きを隠すことなく問いかける。


「……別に」


 短く答えた影勝は、チラリと杏咲の方に視線を向けた。普段と変わることなく周囲の子どもたちと談笑している姿を一瞥して、直ぐに視線を皿の上に戻す。


 そして、らしくないことをした自分自身に対して、チッと小さな舌打ちを漏らした。

 ――酒呑童子が夢見草を訪ねてくる、数日前の出来事であった。



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