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妖花街にて保育士をすることになりまして。  作者: 小花衣いろは
第十三章 離れて、近づいて、もっと近づく。
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第九十六話



「あの、すみません。お面の修繕をお願いしたいんですが、可能でしょうか?」

「……面の修繕だって?」


 店の奥から顔を出したのは、真っ白な髪に真っ白な袴を着た青年だった。多分妖だろう。その皮膚は全身が灰色に爛れていて、けれど睫毛やその瞳の色は髪と同じで雪のように真っ白な色をしている。


「へぇ、珍しいお客さんだね」


 青年は杏咲から面を受け取ると、店の照明にかざすように角度を変えながら、見定めるようなまなざしを向ける。


「ふーん、古い妖術がかけられていた面なんだね。しかしこれはまた……綺麗に真っ二つに割れちゃってるね」

「はい。あの……このお面を直していただくことはできますか?」

「そうだなぁ。こんだけ綺麗に割れてるなら、修繕するのは可能だけど……」

「っ、本当ですか?」


 杏咲は青年の言葉に嬉々とした声を返す。


「うん。だけど……妖術をかけるには花影(かえい)の葉と赫赫(かくかく)のさざめ木の皮が必要なんだ。だけどあいにく、今ウチには置いてないんだよね」

「その……かえいの葉? と、かくかくのさざめ木っていうものがあれば、お面を直してもらえるんですか?」

「うん。必要な材料と代金さえ支払ってもらえれば、綺麗に修繕してみせるよ」


 店主である青年の言葉を聞き、杏咲は頭を下げる。


「分かりました! 必要な材料を探して持ってくるので……修繕の方、お願いします」

「うん、分かった。任せておいて」


 頼もしい一言に礼を告げた杏咲だったが、そもそもその必要な材料が何処にあるのか、それが分からないことに気づく。


「あの、ちなみに……今教えて頂いた必要な材料って、どこにあるのか分かりますか?」

「うーん、そうだねぇ……」


 考え込む青年に変わって、杏咲の隣で事の成り行きを静観していた玲乙が答える。


「それなら、この前散歩に行った森で手に入りますよ」

「え、本当に?」

「はい。実際に見かけましたから」


 玲乙からの有力な情報に、早速あの森に向かおうと決めた杏咲は、青年にまた後で来る旨を伝えて店を出た。


「それじゃあ、気をつけてね」


 ひらりと手を振って見送ってくれる青年に頭を下げた杏咲は、玲乙と共に、店に背を向けて歩き出す。


「私はこのまま森の方に材料を採りに行こうと思うんだ。だから玲乙くんは……」

「一緒に行きますよ。……あなた一人だと心配ですから」


 玲乙には先に夢見草に戻ってもらおうと考えていた杏咲だったが、まさか付いてきてくれるとは思わなかったため、キョトンとした顔をして瞳を瞬いた。


「えっ、でも……いいの?」

「はい。此処まできたんですし、最後まで付き合いますよ」


 玲乙は、立場上は杏咲に保育されている身ではあるが、実際のところは最年長ということもあり、見た目よりもずっと大人びていてその妖力も高い。大人相手だとしても、そこらの妖では歯が立たないほどには強かったりする。


 それを分かった上で、透に杏咲のことを頼まれてもいたのだ。


 人間である杏咲一人では、また妖に攫われてしまう可能性もあると危惧したのだろう。出掛ける際に「杏咲先生のこと、よろしくね」とこっそり耳打ちされていたのだが……多分玲乙は透に頼まれていなくとも、自らの意思で同行を申し出ていただろう。


 隣で安堵と嬉しさを織り交ぜたような表情で微笑んでいる杏咲を見上げて、玲乙も無意識に口許を緩めていた。


「……あ、一応透先生にも伝えておかないとだよね。心配かけちゃうと悪いし」

「それなら、大丈夫です」


 玲乙が人差し指を立てれば、そこに手のひらサイズの青い炎が浮かび上がった。


「この狐火が知らせてくれるので」

「へぇ、凄いね。これが玲乙くんの妖力なんだね」

「はい」


 ゆらゆらと揺らめく青い炎は、伊夜彦の操る狐火に似ている気がする。きっと同じ狐の妖だからなのだろう。


 賑わう街中を通り抜けた二人は、人気のない細道を進んで森林を目指す。

 歩き始めてから二十分弱。見覚えのある風景に、もう少しで到着だと気を急かしていた杏咲だったが、昨日降っていた雨で地面がぬかるんでいたらしく、足を滑らせてしまう。


「うわっ」


 踏ん切りがつかずにふらりと傾いた身体。しかし半歩前を歩いていた玲乙が、間一髪のところで腕を掴んで助けてくれる。


「ご、ごめんね」

「全く……気をつけてください」

「あはは……また助けられちゃったね」


 本殿で忍者ごっこをした際にも、隠し部屋に続く階段で転落しそうになった杏咲を、玲乙は同じように助けてくれた。


「ほんとに私ってば……駄目駄目だよね」


 杏咲は自分の不甲斐なさに、思わず本音を漏らしてしまう。しかし直ぐに自分の失言に気づいてハッとした。


 ――子どもの前で弱音を吐くなんて。私ってば何してるんだろう。


 杏咲は慌てて取り繕おうとするが、玲乙は視線を前に向けたまま、その足は止めることなく杏咲の言葉を否定した。


「そうですか? あなたのそういう、馬鹿みたいに真っ直ぐなところ……僕は結構好きですよ」


 玲乙がさらりと口にした言葉は、飾り気がなく真っ直ぐだ。だからこそ、その言葉は杏咲の弱っていた胸の内をじんわりと解してくれる。


「……ふふ。馬鹿はいらないかなぁ」


 柔らかく笑う杏咲をちらりと一瞥した玲乙は、何を言うでもなく歩き続ける。


 ただ歩く速度をほんの少しだけ緩めて、後ろを付いてくる人が、また転びそうになることがないようにと。その時には、すぐに手を差し伸べられるようにと。――そんな分かりにくい気遣いを見せながら、森の中を進んでいったのだった。



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