蒸し暑い夏の夜
零時を回った夏の夜
文明的な灯りを絶たれた私たち三人は、小さな蝋燭の火を囲んで集まっていた。
石水 直也:……で、どうする。
土谷 由紀:どうするって、そんな無責任なこと! 言わないでよ、お願いだからちゃんと考えて……
石水 直也:無責任なのはどっちだよ。さっきからお前は、文句を言うばかりでなにもしない……
土谷 由紀:なにもしないって、何よ! この蝋燭だって、私が火をつけたのよ……ごめん。
石水 直也:こっちこそごめん。それどころじゃないよな、今の状況は……
私が何も言わずにじっと見ていると、直也と由紀の二人は、どうやら落ち着きを取り戻すことができたようだ。
二人は幼い頃からの友人らしく、付き合っているのでは、という噂もちらほらと聞く。
この蒸し暑い中、何もない空間でわざわざ隣り合って座ったあたり、もしかしたら……ということも考えられる。
それを蚊帳の外から眺める私。なかなかに、惨めな光景だ。
石水 直也:それにしてもまあ、こんなことが現代日本で起こるんだな……
土谷 由紀:そうね。いくら田舎とはいえ、テレビもない、ネットもない。冷房も、扇風機すらないなんて!
石水 直也:頼りのスマホは水没して、川底か、それか今頃海にでもたどり着いたかな。
土谷 由紀:スマートっていうぐらいだから、泳いで私たちのところまで帰ってこれば良いのに……
石水 直也:……いや、怖えよ。水没した時点で死んでるだろうし、ゾンビかよ。
土谷 由紀:冗談はいい加減にして、ちゃんと考えましょう。ずっとこのままっていうわけにもいかないでしょう?
石水 直也:そうだな。それこそ本当に、さっきのゾンビどもが戻ってくるかも知れないからな。
土谷 由紀:ひぃ……思い出させないでよ。
ゾンビたちは、どうやら極端に明かりを避けているらしく、蝋燭をつけているこの部屋に近づく様子はない。
だけど今でも時折遠くから「ぐぁああぉお」と、猫の喧嘩するようなうめきが聞こえてくる。
そのたびに、ああ私たちは今、異常な状況に置かれているのだと気づかされるようで、背筋が冷える。
今すぐに、すべてを忘れて恐怖から逃げ出すように眠りにつきたいという気持ちもある。
だけどこの蝋燭が燃え尽きて、私たちの匂いに釣られて集まったゾンビたちを想像すると、むしろ怖くて目が冴える。
「あの……」
私が小さく声を上げると、二人は黙ってこちらに目を向けた。
「今のうちに、何か燃える、物を……」
土谷 由紀:そうよ、そうしましょう! 直也、燃える物を探しに行きましょう!
石水 直也:そうだな。ずっとここにいてもしょうがないか。だが、燃える物って、なんだ?
土谷 由紀:そうね……図書室とか?
石水 直也:馬鹿、ここはもう、大昔に廃校になった学校だぞ。本が残っているわけないだろう。
土谷 由紀:じゃあ、理科室?
石水 直也:それも同じ理由で却下だ。薬品なんて危険な物、残しておくわけがない!
土谷 由紀:じゃあ……って、何であたしばっか考えてるのよ! 直也も何か、考えて!
石水 直也:俺だって、考えてるだろ!
直也が声を荒げると、蝋燭の明かりが揺らめいて、ふっと暗闇が訪れた。
数瞬後、窓から半月ほどの月明かりが差し込んだ。
ゾンビのうめき声が、遠くから反響してここまで届く。
小さく息をのむような、悲鳴のような声が聞こえたような、そんな気がした。
石水 直也:馬鹿っ! 済まないっ! 今つける!
直也がマッチをすりあわせ、蝋燭をともすと、再び部屋に、小さな希望と安堵が……
石水 直也:由紀、ごめん。俺が悪かった……由紀?
返事がない。由紀さんの、返事がない。
ついさっきまで由紀さんがいた、その先にはガラスのない窓がある。
ドサリと鈍い音が、窓の外。階の下から聞こえてくる。
とっさに耳を塞ぐ。
……
耳の隙間を縫うようにして、手足をもがれたような断末魔が鼓膜を揺らす。
目を閉じて、首を横に振っても、それは徒労に終わる。
バキバキと何かを砕く音。咀嚼音のような何か。それが何かは考えたくもない。
石水 直也:由紀? なぜ……なぜ……?
「だめっ!」
窓際に吸い寄せられる直也に伸ばした手が空を切る。
じりじりと、蝋燭の燃える音だけが部屋に響く。
ああ、取り残されてしまった。
もはやなにもやる気が起きない。
私なんかが一人で生き残れるわけもない。
ゆらゆらと揺れる蝋燭を瞳に移して座り込む。
ひゅうと風が吹き込んで、また月明かりが主張する。
足音が聞こえる。振り向く勇気はない
ごめん……