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雨の晩、とある侯爵家にて


 それは激しい雨が轟轟と降る、何もなくとも不安を誘う夜のことだった。

 深夜を過ぎて、侯爵家の邸内がにわかに騒がしくなっている。


「どうしたのだ?」


 騒ぎに気付き、アーネストは起き出して自室を出ると、タオルを抱えて廊下を急ぐ侍女に声を掛けた。


「これは旦那様。夜分に騒ぎ立てをして――」


「そういうのはいい。何があった?」


 侍女が説明を始める前に執事長が現れたので、侍女は軽く一礼すると、また急ぎ駆け出した。

 普段からよく躾けられ、音を立てぬように歩く侍女であるから、よほど急いでいるのだと見受けられる。


「旦那様、申し訳ありません。お眠りを害さぬように侍女らにはきつく言い聞かせ──」


「そういうのはいいと言っている。何があったのだ?」


「はっ。本日は昼間より奥様が熱を出されておりましたが」


「昼間だと?それで今は?」


「少々熱が上がり過ぎているように見受けられましたので、急ぎ医者を手配したところになります」


「何故昼のうちに医者を呼ばなかった?」


「奥様がそれほどではないから呼ばなくて良いとお断りになられましたので」


「そうだとして、何故俺に報告しない?」


「奥様が……いえ、報告が遅れ、申し訳ありません」


「次からは真っ先に俺に伝えろ。医者を呼ぶかどうかは俺が判断する」


 ガウンを乱暴に肩へと引っ掻けたアーネストが、寝間着のまま廊下を歩き出す背に、執事長は慌てて問うた。


「旦那様はこのような夜分にどちらへと?」


「リーナの部屋に決まっているだろうが!」


 普段、感情を表に出さぬよう、よく訓練してきた執事長が、瞠目している。


「お、お待ちください。旦那様!いくら旦那様とて、こんな夜分に女性の……いえ、奥様ですが……」


 言い掛けては先を迷い、とにかく急ぎ追い掛けようとしても。


「いい。お前は早く医者を呼んで来い!寝ていたら叩き起こして連れて来るのだぞ!」


 アーネストの怒鳴り声に制され、その歩みも早過ぎたものだから、執事長は早々に追い掛けることを諦めて、侍女たちに心の中で詫びを入れた。

 あとで彼女たちには労いの何かを、いや、奥様から用意していただこうと考えながらも、自身はアーネストに言われた通り、医者の到着を急くために何が出来るかと思案する。

 早くと言うが、すでに迎えの馬車は向かわせた。

 今頃御者が医者の家の戸を叩き、それこそ本当に叩き起こして、馬車に詰め込んでいるはずである。


 執事長は不思議で仕方がなかった。

 あれほど妻には興味を持たなかったアーネストが、何故このように取り乱すのか?


 妻が昼間に何をしていたか、その報告さえ結婚してから一度も望んだことがないアーネストだ。

 そんな彼が、夜更けに起こされ不機嫌になることもなく、事情を知って妻の元へと駆けていく。


 自分は何か大きな取り違いをしてきたのではないか。

 執事長は自省しつつ、自身の仕事に従事した。





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