第2話 発現
「いいかーお前ら。よく聞いておけ。」
東京都立第八高等学校に入学した僕らは、担任の先生から中学の頃より受けていた説明を再度受けた。この女の先生はとても人相が悪いから少し怖いな...。間違いなく美人ではあると思うけど。
「中学の時も受けたと思うが、入学試験時に受けてもらったノクス適正検査。あれでお前らは才能のないDクラスに振り分けられた。ノクスってのは大夜災以降人類に発現した夜獣へ対抗する手段だ。もともと人類に備わっていた機能なのかは分からないが、こいつの値が高いと身体能力や異能力が使えるようになる、と言われている。」
Dクラスの僕たちは聞き慣れている、とばかりに先生の説明を特になんの感情もなくただただ聞いていた。
「大夜災の後、学校という機能は夜獣へ対抗する人材を育てる機関となったわけだが、人を育てるのにも効率が必要でな。Aランクの能力を有しているものはAクラスへ、Bランクの能力を有しているものはBクラスへ、Cランクの能力を有しているものはCクラスへ。そして、特に能力が低いもの、能力が発現しなかったものはこのDクラスへ振り分けられるわけだ。」
クラスメイトの中には悔しそうな顔をしている人もいるみたいだ。僕は自分に才能がないことを自覚しているから、特に何を思うわけでもなく、漠然と窓から見える景色を眺めていた。今日は太陽が眩しいな...。
「そこの外を眺めているお前。柊ヨルっつったか。」
「っはい!」
「お前みたいにボーッとしているやつから夜獣に喰われるんだぞ。最低ランクのEランク夜獣にすら手も足も出ないぞ、お前。」
「す、すみません。」
先生はその後も淡々と説明をしていった。能力を発現する場合は支給されているこの専用の腕輪を起動する必要があること。基本14時までの学習の後は寮で自主学習・自主トレーニングが推奨されていること。寮の門限など。
「もうヨルったら。先生に目をつけられちゃうよ。」
「はは...。」
隣の席になった幼馴染の蒼井陽奈からも小さい声で注意を受けた。入学初日から災難だ...。
そして現在ー。
僕はEランクの夜獣ナイトウルフと対峙していた。
図鑑で見た普通の狼とは全然違う。なんだか、狼の亡霊、みたいだ。
クソッ!大人しく駅構内に留まっておくべきだった...!
先生は確かこの腕輪で能力を起動するって言っていたけど、僕は何度やっても反応しなかったんだ。
今はひとまず全力で逃げるしかない。僕は一目散に走り出した。日没を過ぎてしまったこの時間。もうどの建物の扉も開いていない。走れど走れど危機的な状況が好転する気配がまるでない。マズイ、もう息切れがしてきた。そもそも僕はおおよそ運動というものをしてこなかったから体力はないんだ。体力の無さには確かな自信がある。なんてことを考えている暇はない。あのナイトウルフ、僕の退路を断つように、じわじわと僕を追い込んできやがる。がむしゃらに逃げているせいか、帰るはずの寮からも遠のいていっているいっぽうだ。
「ハアッ、ッ」
気づけばどこかも分からない裏路地に追い詰められてしまった。額には玉のように汗が溢れている。後ろを見ずとも分かっている。もう逃げる場所はない。護身用のナイフは扱い方が分からない。どうすれば...。
瞬間、奴は僕に襲いかかってきた。
「クッ!!」
思い切り右へ飛び、なんとか致命傷は免れた。なんだこれ。なんだこれ。熱い。左腕が熱い。まだくっついているのが信じられないくらいに、痛い。こんなに痛いんだ。こんなに熱いんだ。逃げなきゃ。逃げなきゃ死ぬ。喰い殺される。意識が朦朧としてきた。クソッ。ここまでなのか...。
「ーーーーーは危険ーーーーーーーー見つかる前にーーーーー」
これは...夢でよく聞く母さんの声?
走馬灯...?
「今は、少しだけ。」
「!?」
声がはっきり聞き取れた瞬間、身体が力強いオーラに包まれた。能力を持っている人たちと同じ、黒紫のオーラ。あれだけ反応のなかった腕輪が今は反応している。ノクスが発現した?よく分からない。よく分からない、が、力がみなぎってきていることだけは確かに感じられる。そして、気づけば言葉を発していた。まるで元々使い慣れているかのように。
「【身体強化】」
見える。奴の動きがきちんと見える。こちらから仕掛ける。奴目掛けて跳躍してーーー!!
「ちょっ、飛びすぎ!!」
気づけば、右手に力強く持ったナイフが奴の心臓に突き刺さっていた。まだ、動いている。もっと深く、もっと強く。奴に突き刺したナイフをさらに押し込む。ナイトウルフはまだジタバタしている。深い傷を負っている話なのに、その抵抗は未だ力強い。右に左に、僕は懸命に身体を動かしながら奴を抑え込む。頼む、もう動かないでくれ。そうしていくうちに、段々と抵抗が弱まっていった。やがて命が途絶えたと思えば、ナイトウルフの身体は大気中に霧散した。
「はあっ、はあっ、やった...のか?」
なんとか死は免れたみたいだ。でも早く、早く帰らないと。左腕が熱い。このまま裏路地を出てーーー
「えっ...」
”見上げる”と大きな体躯の化物がこちらを見ていた。目が...合った?
その化物は僕の身体の何回りも大きかった。こんな奴は...知らない。僕が知ってるEランク夜獣のリストの中にはなかった。少なくともDランク以上...?
ダメだ、血を流し過ぎている。ただでさえ先ほどの戦闘で力を使い果たし立っていることさえ精一杯なのに。限界を迎え、意識を手放しかけたその時。
「【剣具現化】」
上から飛んできた彼女は僕の目の前でその化物を一刀両断した。その白いショートボブの姿には見覚えがあった。
彼女はゆっくりと姿勢を上げるとこちらを向いた。
「き...君は」
そう言いかけたところで、僕の視界は暗闇に飲まれた。