第86話 【勇者】アルスVS【魔王】メリッサ
「メリッサッッ!! 俺はもう絶対にお前を許さないぞっっ!!」
レオンから【勇者】のユニークスキルを継承した俺は「聖剣エクスカリバー」と「聖剣アロンダイト」でメリッサを吹っ飛ばしていた。
レオンが賭した命……。
絶対に無駄にはしないっ!!
追撃を加えるかたちで彼女に挑もうとした瞬間、不意に後方の閉ざされた重い扉からゴゴゴと音を立てる。
「アルスッ!」
「我が主よッ!」
なんと、扉から姿を現したのはメイとネネだった。
「メイにネネッッ!! 良かった!」
「無事だったのですね、貴方達!」
彼女たちとの合流には俺だけでなくアリシアも喜びを見せていた。
「ホント……。ネネちゃんと一緒に片っ端から扉をこじ開けてここまで来たのよ。間に合って良かったわ!」
いつもの笑顔を見せるメイ。
しかし、彼女はチラッと周囲を見渡すと重い表情になる。
異変に気付いたからだろう。
メイは低い声色でゆっくりと言葉を発するが、彼女が何を言おうとするのかを俺はすぐに察していた。
「ちょっと待ってアルス……。アイツは?」
俺の返答をジッと待つメイ。
彼女の質問に俺は一瞬、唇を嚙み締めていた。
リーダーとして事実を告げないといけない。
だが、それを言うということは、俺自身が認めることを意味する。
自分で自分を騙す自己欺瞞は意味をなさないことは頭の中では分かっているが……。
失った幼馴染の事実は俺にとってショックが大きすぎた。
「アルス……様」
心配そうに俺の顔を見つめるアリシア。
駄目だ。
これ以上彼女たちを不安にさせてはいけない。
俺達は前に進まないといけないんだ。
俺は自分自身に言い聞かせるように、孤児院から時間を共にしたレオンの末路を彼女達に告げる。
「レオンは……俺達を守って死んだ」
「……!」
僅かに両目を広げるメイに、真剣な表情で俺に尋ねるネネ。
「嘘……ではないんじゃな?」
俺とアリシアは静かに頷くと、メイは何かを決意したのか短く息を吐く。
「アイツはもう帰ってこない。だけど、やることは変わらないのよねアルス?」
「ああ……。メイの言うとおりだ」
彼女がレオンの死をすんなり受け入れるわけが無い。
だけど俺はメイの言葉に改めて今自分が何をしないといけないかを理解していた。
俺は聖剣に飛ばされた魔王メリッサの方に目をやると、彼女はよろりと体勢を整えていた。
ようやくダメージが通った手ごたえがあったが、やはり絶命までには至らないらしい。
俺達四人が揃った状態で初めて口を開くメリッサ。
しかし彼女はつまらなさそうな表情をしていた。
「フン。取るに足らない邪魔が混じったわ」
「……ッ!!」
取るに足らないだとっ…!?
俺だけじゃない。
仲間を侮辱されたことで、ここにいた全員が静かにメリッサを睨み付ける。
「メリッサ! ここにいるのは俺のパーティメンバー全員だっ! 勝てると思うなよっ!」
「ふふふ。仲間も守れなかったパーティでどうやって私に勝つというの?」
剣を構え、俺達を威圧するかのようにオーラを放つメリッサ。
彼女の言ってることは間違っていないかもしれない。
確かに俺はレオンの死を避けることが出来なかったからだ。
だけどっ……!
これ以上コイツに何かを奪われたくない。
もう誰にも死んでほしくないんだッ!
「行くよ、みんなっっ!!」
俺の声に全員が覚悟を決めたように頷く。
「はい! 何があろうとアルス様と共にっ!」
「アイツは地平線までぶっ飛ばすから任せて!」
「うむ、わらわの使命……。ようやく果たせる時が来たか!」
彼女達の強い想いと同時に俺は「身体強化」を使用する。
メリッサの元へ一気に加速した俺はある一つのスキルを発動していた。
「――――流星――――!!」
10連撃の剣スキル奥義。
彼女に使うのは初めてだが、俺の両手には真の輝きを放つ聖剣が装備されている。いかなる魔族に対しても大きなダメージを与えることができる聖剣をだ。
一撃、一撃と左右の聖剣を振り下ろすが、【勇者】になったことで、攻撃は以前と比較にならないくらいメリッサに入っていた。
「ぐっ……コイツッッ……!?」
苦しみを漏らしながら剣で応対するメリッサ。
俺の剣スキル「流星」の最後の一撃は彼女の魔剣に弾かれてしまったが、ようやく本気の力を出したのだろう。
遂にメリッサの実力の底が見え、俺は確かな手ごたえを感じていた。
メリッサは俺が後退したタイミングで、すぐさま装備を魔剣から杖に交換し、ギンと凍り付くような目で俺達を睨む。
「先ずは一人目よっっ!」
彼女は魔法陣を7門展開し、アリシア目掛けて魔法を一斉に放つ。
「――――地獄の業火――――」
アリシアに全身大やけどをさせたおぞましい魔法だ。
それに魔法陣の数は5門から7門へと増えており、彼女の冷徹さが見て取れる。
誰もアリシアを助ける術が無いと確信したメリッサは狂気的な微笑みを浮かべていた。
しかし、俺は遂に残酷非道のメリッサの魔法に一矢報いることに成功する。
「――――ポイント・エージェンタ――――!」
漆黒の床に手を付き、剣帝モードのアリシアに経験値を付与していたからだ。
この時点でメリッサは俺の行動を無意味だと踏んだのか表情に変化は無い。
だが、俺の「ポイント・エージェンタ」がアリシアを包むとようやく異変に気付いたのか、メリッサはみるみるうちに目が細くなっていった。
アリシアの全身は光で満ちたがそれだけではない。
俺の経験値付与は彼女が発動したユニークスキル「無刀流・改」にも影響を与えていたからだ。
そして遂に……。
「――――真・絶対両断――――!」
アリシアの剣にも「ポイント・エージェンタ」が発動されたことで、彼女を苦しめたメリッサの魔法は両断することに成功していた。
「何が起こっているというの……!?」
ミシリと杖を握るメリッサ。
「アルス様ッ! 今のは!」
「ああ、レオンが力を貸してくれたおかげでどんどん力が湧いてくるんだ! だから、俺のユニークスキル【ポイント・エージェンタ】も覚醒したんだと思う!」
ありがとうレオン……。
この力で俺は魔王メリッサを討つぞっ!
俺は続けて槍スキル「乱撃」でパーティメンバー全員にありったけの経験値を付与する。
「――――ポイント・エージェンタ――――!」
「凄いですアルス様! 剣の切れ味は更に上昇しています!」
「やったね、アリシア!」
「うむ。神獣石にも経験値が付与されたぞ! これなら二人必殺技を好きなだけ使えそうじゃ!」
「良いぞ! ネネっ!」
「やったわ! わたしも魔王をブッ飛ばせるだけの力が湧いてきたわ!」
「「「…………」」」
「ちょっと! 何か言いなさいよアルス!!」
そう言って俺の脚を何故か蹴ってくるメイ。
「あ、ああ……。なんと言うか……。とりあえず頑張ろうねメイ!」
当たり障りのないことを言ってとりあえず彼女を落ち着かせる俺。
そう言えばメイ……さっきは触れなかったが、魔王を地平線までぶっとばすとかとんでもないことを口走っていたな……。
まぁ、流石に自分が【聖女】であることを忘れてはいないと思うけど……。
怒られると嫌だし、しばらくは好きにやらせるとするか……。
その後も俺は聖剣でメリッサにキレのある正確無比な一撃をお見舞いしつつ、一心不乱にユニークスキルを発動する。
「――――ポイント・エージェンタ――――!」
「――――ポイント・エージェンタ――――!」
「――――ポイント・エージェンタ――――!」
今の俺はいかにメリッサであろうと、もう容易には倒せない。
レオンが最期に使用したユニークスキル「星を継ぐもの」によって、彼のステータスを上乗せするかたちで今の俺は存在しているからだ。
それに、俺だけじゃない。
レオンのおかげで覚醒した「ポイント・エージェンタ」によって、全員が急激にレベルアップしている。
メリッサの脅威は聖剣を所持する俺だけでなく、もうパーティメンバー全員になっていたのだ。
取るに足らない仲間なんてここには誰一人として存在しなかった。
「――――流星――――!」
「――――流星――――!!」
俺とアリシアは合わせて四本の剣で一気にメリッサを追い詰める。
強くなった俺達はとうとうメリッサの剣の動きに適応し始めていた。
そして、メリッサに斬られようが俺とアリシアはもう退かない。
どれだけ傷つけられても、メイの回復魔法によって全回復するからだ。
「ぐ……ぐうっ……!?」
一旦俺達から大きく下がるメリッサだが、そんな彼女に追い打ちをかけるかの如く、ネネの二人必殺技が入る。
「「――――クロスブラスター――――!!」」
「な、何て威力なのッッ!?」
ネネとメイの攻撃に吹き飛ばされる魔王メリッサ。
二人の必殺技は槍の勇者戦で発動した威力を遥かに凌駕していた。
「――――黒雷獄――――」
「――――ポイント・エージェンタ――――!」
「――――ポイント・エージェンタ――――!」
「――――ポイント・エージェンタ――――!」
メリッサが全体攻撃をしようが、もう俺達は止まらない。
俺の「乱撃」とユニークスキルで全員が完治していたからだ。
俺はみんなの体力が全回復したことを確認すると、無我夢中で聖剣を振っていた。ただそれだけに没頭し、剣のみに思考を捧げたのだ。
レオンの分もこの一撃に乗せるッッ!
ガァンッッ!と俺の聖剣に後退させられるメリッサ。
彼女から不気味な笑みは完全に消え、ようやく疲労で肩を揺らし始める。
「くっ……!? 人間の分際でどうしてこの私にここまで……っ!?」
ワケが分からないという様子のメリッサに俺はすぐさま大声で言い放つ。
「決まっているだろ! レオンやみんなのおかげだ! 一人のお前なんかに負けるわけがないだろ!」
「下らないわ。愛や友情、絆で私を討てるとでも?」
そう告げたメリッサはまだ秘策を握っているのか、ニタリと微笑む。
なっ……。
ま……。
まだ奥の手が……っ!?
「ふふ。時は満ちたわ……。今度は私に何を見せてくれるのかしら?」
「――――世界の終末――――!」
メリッサが杖を振りかざした瞬間、突如空から感じたことのない禍々しいオーラを感じる。
な、な、何だ……これは!?
状況が分からず空を確認すると、夜空を覆いつくすほどの漆黒の隕石が落ちようとしていたのだ。ネネの「メテオストーム」と比にならない数だ。
「メリッサッッ!! お前ッ!」
「ふふ。たっぷりと狂宴を味わいなさい♡」
この魔王は……。
大陸……いや、世界を終わらせようとしているのだ!
今すぐメリッサの魔法を止めないと!
「みんな、聞いて! レオンのおかげで、最終奥義を放つ条件は揃っている! これでメリッサを討つよ!」
「はいっ!」
「分かったぞ!」
「分かったわ!!」
あの隕石が落下するよりも前に「星の欠片」を使った最終奥義で決着をつける!
俺達四人は最終奥義発動段階に突入し、全員が光で包まれたが、突如としてこの光は消失する。
メリッサの魔剣による攻撃が加えられ、俺の集中が途切れてしまったからだ。
「遊びは終わりよ。隙なんて与えないわ」
「……ッ!」
畜生ッ!
平静を装っているメリッサだが、明らかに剣や魔法の精度は落ちている。
彼女ももう疲労で限界なんだ。
この技を使えば確実に魔王メリッサを討てるのにっ……!
刻一刻と隕石が迫っている中、焦りを浮かべながら四人でメリッサに挑んでいると、不意に脳内に情報が流れる。
《弓スキルを獲得しました》
ここに来て最後のスキルかっっ!
いけるっ!
いけるぞっ!
俺はすぐさま10個目の獲得スキルを確認する。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
〇弓スキル《アルテミスアロー》
弓装備時のみ使用可能な奥義。この矢が相手に命中した際、対象の動きを1秒間必ず止め、防御力を0にする。このスキルは同じ相手に一度しか効果が無い。―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
食らえメリッサッ!
これで彼女の動きを止めるっ!
「――――アルテミスアロー――――!」
すかさず矢を放つ俺。
しかし、メリッサはズギャッ!とありえない回避を見せていた。
「なっ……!?」
「ふふ。さぁ……。私に生きてるって感じさせてちょうだい♡」
「……ッ!!」
あまりの悔しさにギリッと歯を嚙み締める俺。
あの外道にこの矢を命中させないといけないのにっ!
フゥフゥとその場で双肩を揺らしていると、一人の叫び声が聞こえる。
「アルス様ッ! 私に任せてくださいっ!」
「アリシア!?」
「はああぁっ!」
電光石火の如く一直線にメリッサと距離を詰めるアリシア!
速いッ!
いや、それだけじゃない。
彼女の二本の剣はスキル発動準備が出来たのか、光を帯びていた。
「――――双流星――――!!」
アリシアが凄まじい速度でメリッサの胴を二本の剣で薙いだ。
俺の剣スキル「流星」の更に進化したスキルかっ!
アリシアの切り札による20の連撃がお見舞いされ、ぶっ飛ばされるメリッサ。
「ッッ……!? 剣帝がッッ! こざかしいマネをッ!」
助かったよ!アリシア!
これで決めるっ!
「――――アルテミスアロー――――!!」
俺の矢は遂にメリッサに命中し、彼女は硬直した様にその場から動かなくなる。
「追い詰めたぞメリッサ!」
「ぐううっ……。おのれッッ!! オノレオノレオノレ!!」
これで彼女の動きは完璧に止まったっ!
示し合わせたかのように、俺達全員は再度光を纏い、天に向かって波動を飛ばす。
「「「「最終奥義!!!!」」」」
瞬間、俺とアリシアの剣は上空に吸い込まれる。
そして、「神獣の里」奥義の「ウェポンボックス」の力が解き放たれたかのように、無数の剣が魔王メリッサを一直線に襲うのだ。
メイの魔法による効果か、凄まじい切れ味を誇っている剣がメリッサにドシュッ!と突き刺さると、彼女は悲鳴を上げる。
「ぐ、う、うう……小癪なッッ!!」
メリッサは次々と刺さる剣に苦しみの様子を見せるが、俺達の最終奥義はまだ終わっていない。
俺の元に一本の長剣が舞い降りたのだ。
俺はその長剣の柄を握ると、床を蹴ってメリッサの元へ突撃する。
「――――ファイナルスラッシュ――――!!」
絶大な威力に俺は手応えしか感じなかった。
俺のメリッサへの攻撃はアリシアの「絶対両断」を覚醒させたかの如く、空間ごと切り裂く一撃が入っていたからだ。
「うう……あ゙あ゙っあ゙あ゙あ゙あ゙ッッ!!」
聞いたことのない雄叫びを上げ、よろめきながら後退するメリッサ。
遂に……。
遂にあのメリッサを倒したのか……!
勝利を感じたと同時にこれまでの斧の勇者、彼女との死闘による疲労がドッと襲い、俺は震えで両ひざを床に付こうとする。
しかし、俺は空からのゴゴゴという音から違和感を覚える。
まだ漆黒の隕石は止んでいないからだ。
そして……。
一人の人物は俺に向かって吠えていた。
「アルスッッッ!! これで私に勝ったつもりッ!」
「なっ……!?」
極限状態に追い込まれた俺達は最終奥義を使用し、もう全てを出し尽くしたのだ。
にもかかわらず……。
まだ、メリッサは倒れないのかっ!?
絶望する俺に豹変した態度を見せる魔王メリッサ。
そして……。
彼女は一つの魔法を詠唱する。
「――――大魔王の存在証明――――!」
その魔法が放たれた瞬間、俺の足元に円状の闇が発生していた。
「なんだ……これはっ!?」
抵抗するよりも前に俺の全身はドプンと音を立てて、飲み込まれていく。
「アルス様――――ッッ!」
アリシアの俺の名前を呼ぶ声。
その声を最後に、俺はメリッサの闇に完全に引きずり込まれていた。




