第79話 【SIDEメイ】VS弓の勇者
弓の勇者に強制転移させられた、わたしは周囲を警戒する。
「ネネちゃん! 大丈夫っ!?」
「うむ……平気じゃぞ!」
親友の無事にほっと一安心したわたし。
そして、一応念の為、仕方なく、近くにいた少女にも声を掛けておく。
「あー……。アンタもいたんだ」
「どうも……」
低いトーンで返事をする後輩ちゃん。
「で、ここどこ? 弓の勇者に転移されたことだけしか分からないんだけど」
「恐らく魔王の城でしょう。一度来たことがあります」
「ふーん。つまりアイツのスキルを使ってここに来るっていう当初の計画が早速無駄になったってわけね」
とはいえ、わたし達はもうアイツを仲間に入れるという引き返せない選択をしている。
用済みだと口に出すメンバーは少なくともここにはいなかった。
アイツが転移以外で役に立つことは全員が把握済みだからだろう。
とにかく。
わたしは二人と共にアルスとの合流を目指そうとしたが、正面からゾワリと殺気を感じる。
「キャハハッ! 弓の勇者、22さいでーす♡」
「コイツッッ……!」
後輩ちゃんはすぐさま抜刀し、わたしとネネちゃんも臨戦態勢に入る。
村長であるキリュウはわたし達、そして人類の為に自らの死を選んだ。
わたしは彼とは特段交流があったわけではない。
が、戦いに関係のない一般人が巻き込まれた。
それを黙って見過ごすほどわたしは人間腐っていない。
警戒を強めるわたし達だが、弓の勇者は喜色の悪い笑みを浮かべる。
「ぷぷぷ、あのキリュウとかいうお兄さん。勝手に自爆しちゃったけど、アタシが食らったダメージはニ割程度。無駄死にさせちゃって、なんかごめんねぇー」
ごめーんと加えて謝る弓の勇者だが、謝罪の色は一切無い。
「アンタ……。勇者を名乗ってるけど、前世でロクな生き方をしてこなかったのね」
「アー? 身も心も享楽に委ねることの何が悪ィんだよ?」
どうやら、この勇者は生きていた頃も非人道的行為を行っていたようだ。
本当に……。
本当に勇者にはロクなヤツがいない。
「それよりさぁ、もしかしてあの村長が死んだことで怒りとか罪悪感感じちゃってるぅ? アタシさー。『よくも俺の仲間をー』って挑んでくる挑戦者をねじ伏せるのが大好きなのよねー」
「――――ヘルボール――――!」
怒りの臨界点を超えたわたしは闇魔法を詠唱する。
【魔女】のユニークスキルを所持するわたしが放つ、高速で高火力の魔法だ。
が……。
わたしの攻撃は弓の勇者にひょいと難なく避けられていた。
「……ッ! 当たらないっ!?」
「は? おそ」
彼女の煽りに漆黒の床をブン殴りたくなる衝動に駆られたが、わたしはふーふーと呼吸をする。
落ち着けわたし……。
今ここに居るのは幸いにも自分一人じゃない。
「いくわよ後輩ちゃん、ネネちゃん!」
「ええっ!」
「うむ。気持ちは全員同じじゃっ!」
床を蹴って一気に弓の勇者との距離を縮める後輩ちゃん。
彼女は目にも留まらぬ速さで見えない剣を振り下ろすが、何故か後退させられていた。
「くっ……!?」
「ちょっと、アンタっっ! なにやってんのよっ!?」
違和感を覚えたわたしは弓の勇者に注目したが、言葉を失っていた。
彼女は波の形状をした独特な刃の長剣を装備していたからだ。
あの剣は……っっ!?
フランベルジュ!!
ふふん♪と刃を舐める蛇のような女に、わたしは身の毛もよだつような恐怖感が走る。
このサイコ女は……。
間違いなく今ここで倒さないと不味いッッ!
わたしはすぐさま魔法を詠唱し、後に続いてネネちゃんも攻撃を放つ。
「――――ヘルボール――――!」
「――――ゴッドウインド――――!」
命中すれば、致命傷は避けられない強烈な攻撃。
しかし、弓の勇者は難なく躱していた。
「当たらないねぇ」
「ぐっ……!!」
あまりの怒りにわたしは床を渾身の力でブン殴っていた。
ピシッと面白いくらい簡単に床は砕けるが、今壊したいのはアイツだ。
わたしは遠くの方から後輩ちゃんの様子を伺うが、誰がどう見ても彼女は劣勢だった。
「魔」より「弓」の勇者の方が剣術が長けているのは素人のわたしが見ても明らかだが……。
実力差が圧倒的過ぎるっっ!
「くっっ……! 『無刀流』が効かないっ……!?」
「キャハハッ! オマエの攻撃なんざ『千里眼(神)』で全部お見通しなんだよッッ!」
幾度となく剣戟を交わす二人だが、じれったい気持ちから次第に絶望へと塗り替わっていく。
チッ……!
アイツ。
また斬られたか……。
「――――ハイヒール――――!」
わたしは何度目か分からない回復魔法を後輩ちゃんに使用する。
が、根本的解決には至らなかった。
太刀筋を読まれ、異常に長い刃から上手く間合いにも入れない後輩ちゃん。
彼女は弓の勇者から一旦後退し、わたしとネネちゃんの元まで帰ってきたが、どう見ても疲労困憊だった。
かすり傷が付いているのかもどうか怪しい弓の勇者は余裕そうに笑い声を上げる。
「キャッハハハッ! ねぇ教えてよっ! 誰がこのアタシを倒すのかっ!」
ダメだ。
このままだとわたしとネネちゃんの魔力が底を尽きるだけだし、状況は絶望的だ。
先ず、後輩ちゃんだが、彼女はまだアルスから経験値を十分に付与されておらず、最後のユニークスキルすらアンロックされていない。これはメリッサ討伐の作戦会議で勇者がアルスにお願いして決まったが、この状況では大きく裏目に出ている。
それだけじゃない。
ステータスの素早さがネネちゃんより高いわたしだが、「ヘルボール」が弓の勇者に全く命中しないのだ。
ネネちゃんの魔力はわたしより高いが、攻撃が当たらない以上、彼女とは相性が悪すぎるとしか思えない。
パーティの大黒柱とも言えるアルスとアイツがいないこの状況。
確かにこのメンバーで勇者を倒すのは困難かもしれない。
だけど……。
コイツは意地でも殺すッッ!
遂に我慢の限界を感じたわたしは後輩ちゃんに吐き捨てる。
「アンタは下がってなさい」
「いや、は?」
「お前は何を言っているんだ?」と言った顔でわたしの顔を覗き込む彼女。
そして、わたしの説明を理解できなかったのは彼女だけではなかった。
「メイよっ! 言っている意味が良く分からんぞっ!?」
「大丈夫! わたしがアイツを倒すから!」
わたしはもう一人のわたし(本体)が「神獣の里」で購入した銀の籠手を装備するが、二人は大きく混乱し始める。
「いやいやいやいや。無茶です!」
「考え直すのじゃ! メイ!」
「言っとくけど【聖女】に二言は無いから」
わたしはファイティングポーズをとり始めると、弓の勇者は途端に腹を抱えて笑い始める。
「ぷぷっ! 聖女が籠手を装備してる! オイテメェッ! 何の冗談だよっ!」
「冗談じゃないわ。これからはインファイターでいかせてもらうからっ!」
弓の勇者向かって一気にダッシュするわたし。
が……。
いとも簡単に彼女のフランベルジュで腕を斬られていた。
「えくすかりばあぁぁっっ! なんちゃって♡」
「ぐううううぅぅっっ!」
……ッ!
痛ったぁっっ!!
ちょっとっ!
ちょっとっ!
ちょっとっ!
人生で一番痛いんだけどっっ!!
私は後輩ちゃんはおろか、ネネちゃんより防御力や体力面に優れていない。
何とか皮一枚で繋がってるが、コイツの攻撃は一発でも受けたら本当に斬り落とされそうだ。
「――――ハイヒール――――!」
わたしは回復魔法を発動するが、魔法発動と同時に剣が振り落とされ、悲鳴を上げそうになる。
「ううううぅっ……!!!」
「キャハハ! 一度聖女と殺ってみたかったの! 傷は治せても痛みは消せないんでしょ!」
「アンタは絶対にわたしがけじめをつけるっ!」
「あ、それ」
「ちぃぃぃ……ッッ!!」
痛すぎてもう逆に痛くないっ……!
つーかこの女ッッ……!
目の前で戦って改めて気づいたが、間合いがとんでもない。
それに加えて槍みたいに伸びるこのフランベルジュの突きが本当にヤバイのだ。
あれで体の肉を一気にえぐられれば即詰みだろう。
しかし……。
わたしは首をゴキッと鳴らし、弓の勇者に言い捨てる。
「ふん。そろそろ体が温まってきたし、目も慣れてきたわ」
「それじゃあぁっ、穴あきチーズつーくろっっ♡」
凄まじいスピードで突き攻撃を放つ彼女。
アイツはわたしがやせ我慢で挑発したと勘違いしているが、体と目が慣れたのは本当だ。
後輩ちゃんとネネちゃんの援護があってもわたしはまだ一発もアイツに攻撃が当たっていないが、今度こそ決める!
わたしはギンと目を開き、彼女の剣をジッと凝視する。
相手の誘いにのらず……。
ここっ!!
相手の攻撃を誘導する動きも意識したわたしは弓の勇者のフランベルジュを自身の左脇で挟むことに成功していた。
そして、これから起こる出来事に恐怖を感じたのか、彼女はようやく焦り顔を浮かべる。
「ぐっ……放せっ! つーか何だこの馬鹿力は!!?? オイ、テメェッ本当に聖女かッ!?」
わたしの怪力に驚く弓の勇者だが、それもそのはず。
わたしは彼女の左手も掴み、両腕を拘束することに成功していたからだ。
そして……。
「喰らえや、クソッたれっっ!!」
私はその場で一回転し、彼女の顎にキレのある鋭い蹴りをお見舞いしていた。
「~~~~っっ!!!???」
弓の勇者は口から一気に血を吹き出し、昏倒したようにくらっと倒れそうになる。
「す、すごいぞっ! メイの攻撃がアリシアより効いておるっ!」
「いや……そんなことあります?」
呆れる二人だが、まだわたしの攻撃は終わっていない。
「ネンネしろやっ!!」
わたしは渾身の拳撃を弓の勇者の腹目掛けて叩き込む。
「――――聖女パンチ(今名付けた)――――!」
「ガハッッ……!!!!????」
仰向けに倒れる弓の勇者にわたしは言い捨てる。
「無様ね……。虚を突かれたって顔してる」
勝利を確信し、彼女を見下ろすわたし。
しかし、突然ニッと笑みを浮かべた弓の勇者に違和感を覚える。
「?」
「――――韋駄天――――」
「なっ…………!!??」
ドクンと胸から全身にかけて激痛が走るわたし。
今、矢が放たれたのっ!?
だけど、装填した様子が殆ど肉眼で見えなかったっ……!
まさかコイツ……。
弓の弱点を完全に克服しているッッ!?
ゼロ距離から放たれた矢に、わたしはその場でドサリと両ひざをついていた。




