第56話 【SIDEレオン】アルスとの再会
目を覚ますと、見覚えのある宿の天井が視界に入る。
「久しぶりだね。レオン」
馴染みのある声の方に顔を向けると、そこにはある人物がいた。
「アルス……か……」
孤児院で二体の魔族を何とか仕留めた俺だが、全てを出し尽くし、力尽きてしまったらしい。
自身の状況を瞬時に理解した俺だが、大きな疑問が残る。
「何故、俺を助けた?」
「聞いたよ、おばさんから。孤児院を守ったんでしょ。レオンがいなければあそこは最悪な事態になっていた」
「……」
コイツは俺が一番会いたくないヤツだった。
しかし、アルスのその言葉を聞いた瞬間、俺は真逆の感情の存在に気づく。
やっと……。
遂に……。
という感情だ。
そして……。
俺は心の何処かでようやく重荷をおろすことができた気がしていた。
そんなことを考えながら、俺はその場でしばらく黙っていると、アルスは再度口を開ける。
口数の少ない俺に対し、コイツは良く喋る。
「ねえ、それよりレオンの怪我がどれだけ治療しても治らないんだ。俺のポイント・エージェンタの能力どころか、回復アイテムでも……」
どうやらコイツはあろうことか、俺の怪我の治療を試みたらしい。
「ああ……。詳しい説明は省略するが、今の俺はユニークスキルを全て使用できる代わりにレベルが全く上がらない。そもそもレベルという概念が存在しないんだ。おまけに回復魔法も全て受け付けない」
「そんな……」
そう言って、悲しそうな顔を浮かべるアルス。
それが……。
俺には全く理解できなかった。
「何故だ?」
「?」
「何故、オマエは俺にそう優しくする。俺はオマエを追放したうえに取り返しのつかないことをやったハズだ」
「何でって……。俺達は幼馴染じゃないか」
「そうか……」
アルスから「幼馴染」という単語が発せられた瞬間、俺はコイツから目を逸らす。
どうやら理屈ではないらしい。
だが……。
コイツには一つだけ言っておかなければいけないことがあった。
「俺の怪我なんか今はクソどうでもいいんだ。
それよりアルス。いくらオマエでも、俺を庇えば同罪になる。
オマエのその善意が身を滅ぼす可能性もあることを頭に入れておくんだな」
俺は体を起こし、すぐさま部屋から出ていこうとする。
しかし、俺はアルスに呼び止められていた。
「俺はレオンが何を考えているのか分からないよっ!」
「……」
「孤児院のおばさんからお願いされたんだ! レオンの話を一度聞いてあげて欲しいって!」
……ッ!
あの、クソババア!
勝手なコトしやがって……!
俺は出来る限り平静を装い、アルスに顔を向ける。
「ばあさんにはあそこでの話は忘れるよう伝えろ。俺はサッサとこの街の兵に捕まる」
「ねえ、レオン。俺は君がここで意識を失っている間、レオンの件で一度国王と会ったんだ」
アルスがそう話した瞬間、俺は怪訝な表情を浮かべる。
「オマエ……そんなにバカだったか? 今更どうにもならない。もう俺が投獄されることは確定している」
「ああ、勿論それは決まっているよ。だけど……詳しいことは言えないけど、もしかしたら遅らせることが出来るかもしれないんだ」
「……正気か?」
ワケが分からねェ……。
アルスの常軌を逸した行動に、国王の判断。
俺はコイツらの頭がイカレているとしか思えなかった。
「だから、レオン……。教えて欲しいんだ。今、君が何を考えているのかを」
無茶苦茶だ。
コイツに今更何を話せと言うんだ?
そして……。
孤児院でおばさんにした話をアルスにして何になる?
俺はドアノブに手をかけ、そのまま部屋から出ていこうとするも、不意に孤児院での彼女の発言を思い出す。
――レオン。もうすでに貴方は分かっているはずよ、今自分が何をすべきか。
その言葉を思い出した瞬間、俺は舌打ちをする。
違うな……。
本当は自分の望みを否定されるのが怖いんだ。
不安と恐怖から楽になりたいから自分を偽り、見てみないフリをし、逃げようとしていた。
それこそクズのやることだ。
部屋から退室しようとしていた俺だが、身をひるがえし、アルスに向かって一つ、頼みをする。
今はコイツが与えてくれた可能性を頼りたい。
「アルス……。オマエら全員に話がある」
俺はアルスのパーティメンバー全員に再会し、あるお願いをするため決意と覚悟を決めていた。
☆
俺はアルスと共に宿の別部屋に入ると、既にアリシア、メイ、ネネが椅子に座っていた。
メイとネネは俺の登場に表情を変えないが、アリシアはキッと俺を睨み、その場から立ち上がる。
「アルス様ッッ! 話が違いませんかっ! 意識を取り戻し次第、すぐにコイツには消えてもらうとっ!」
「アリシア。レオンから皆に話があるんだ。今は聞いてあげよう」
アリシアはアルスの説明にまだ何処か不満がある様子だったが、一応は納得したのか不承不承といった感じで腰を下ろす。
「……」
アルスとアリシアが座ったのを確認すると、俺はゆっくりと口を開ける。
「先ずは……。今まで散々迷惑をかけて本当にすまなかった。いや、もう謝って済むことではないことも分かっている」
そう告げた瞬間、今まで黙っていたメイが真剣な表情で俺の顔を見る。
「自分が悪いことをしたと認めるのね。それで、アンタがわたし達に謝りたいことって何?」
「ああ……。
アルスを嫉妬し、憎んで追放したこと。
アルス村を危機的状況に晒したこと。
ネネの故郷である『神獣の里』を滅茶苦茶にしたこと。
そして……。
お前を……泣かせたことだ」
「レオン……」
俺がそう説明すると、アルスは俺の名前を呟いた。
もしかしたら、コイツは今まで何故自分が追放されたのか知らなかったのかもしれない。
「ま、少しは大人になったようね。それでアンタはこれまでの過ちを踏まえて、どう責任を取るのかしら?」
「俺を……アルスのパーティに入れて欲しい……」
「……ッ!!」
そう告げた瞬間、アリシアが再びガタリと立ち上がろうとし、俺に強烈な殺気を放つ。
「アリシア!」
アルスが彼女の名前を叫ぶと、アリシアは再び椅子に座る。
が、室内には沈黙が舞い降り、誰も口を開けない。
しばらくの間、この場にいた全員が黙っていたが、やはりそれを破ったのはメイだった。
「……どうしてアンタはアルスのパーティに入りたいの?」
答えは一つしかない。
俺はこの部屋に入る前に何度も反芻した答えを打ち明ける。
「生まれ育ったあの孤児院を守りたいからだ。魔王メリッサには借りがあるが、俺一人でアイツを討つことは不可能だろう。虫のいい話だってのは百も承知だ。だが、頼む。俺に力を貸してほしい」
俺は頭を下げ、全員にお願いをする。
言うべきこと……そして、俺が望むことは全て話したつもりだ。
俺はゆっくり頭を上げると、アルスは笑顔を見せていた。
「うん。俺はレオンに賛成するよ」
正直言って、俺は言いたいことが正確に伝わったのか不安と緊張があった。
しかし、アルスの発言に俺は右拳を強く握っていた。
コイツの助けが……。
その一言が力になる。
アルスがそう話すと、大きく息を吐きだすメイ。
そして彼女はゆっくりとネネに顔を向ける。
「ネネちゃんは?」
「にゃぁ……。ネネもあるすに同意見にゃ」
ネネがそう言うや否や、メイはすぐさまその場から立ち上がる。
「そう……。なら、ネネちゃん。わたし達は行きましょ」
「にゃぁ……」
ネネと同時に立ち上がり、その場から出ていこうとする彼女ら。
しかし、俺はまだメイの意図が理解できないでいた。
「オイ、メイ……。オマエはどうなんだ?」
しばらく質問を無視し、俺から背を向けて部屋から出ていこうとする彼女。
しかし、部屋を去る際、メイはようやく俺に目を合わせる。
「今回だけは許してあげる」
アリシアと違い、静かなプレッシャーを放ちながらそう言い放つメイ。
メイは黙って俯いているアリシアを一瞥すると、ネネと共に部屋から退出していた。
「……」
「……」
「……」
姿を消した彼女らに対し、この場には俺とアルス、アリシアだけが残っていた。
俺とアルスはアリシアの意見を待つが、彼女は一向に口を開けない。
どれくらい時間が経過しただろうか?
ずっと黙っていたアリシアだったが、身体を震わせ、遂に感情を吐露する。
「いくら……いくらアルス様でも……。これには納得できませんっっ……!!」
それが、彼女の主張だった。




