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ビュー・オブ・デンティスト7

あれから特に何もなく二週間が経った。かりんもだいぶん職場に慣れてきた。

ものの場所などはまだあいまいだがそこそこ動けるようにはなった。


「外は今日も雪か。最近寒いぜ……。」


小烏丸さんはバキュームやミラーなどの基本セットをトレーに並べながら憂鬱な顔で窓を眺める。ここ最近雪ばかりで小烏丸さんも飽きてきたらしい。


「路面が凍結してて最近は歩くのも大変ですよ。」

かりんは小烏丸さんとの会話を盛り上げようと口を開く。


「だよなあ。今日は患者さん少ないな?」

「そうですね。けっこう手が空きますね。」


かりんは小烏丸さんの横で器具を洗い、オートクレーブという機械に器具を入れている。


滅菌をするためだ。


そしてオートクレーブのスタートボタンを押し満足げにうなずいた。


「藤林君!」

「うえ?は、はい!」


いきなり後ろから声がかかりかりんは飛び上がった。恐る恐る後ろを向くと院長がニコニコしながら立っていた。


「そんなに驚くことないのに。」

「ごめんなさい。」


「いやいや、あやまる必要はないよ。今、ちょっと暇だから手伝ってもらいたいことがあって……。」

「あ、私でよければ。」


かりんは院長に微笑みを返した。


「じゃあ医局に来て。」

「はい。」


院長はかりんを連れて医局に入った。

医局では朝にはなかったものがどっさり机に乗っていた。


「え?これは?」

「うーん。もうすぐ年末でしょ?いらないものを破棄しようかなと。」


院長は驚いているかりんに壊れた顎模型を差し出す。


「ほら、こんなのとかいらないでしょ?」

「たしかに……使えませんね。」


「古いカルテファイルとかもう捨てちゃおうかなとか。」


今度は机に積み重なっている古そうなカルテを指差す院長。

カルテファイルは黄ばんでいてこの医院がけっこう古くからある事がわかった。


月夜先生は患者さんがいるらしく医局にはいない。

レーヴァンテインさんは月夜先生のアシスタントに入っているようだ。


干将さんは今、予防ルームで患者さんの歯のクリーニングをしている。

アヤさんは受付でカルテの整理をしていた。


医局はかりんと院長だけだ。


「ゴミの分別をしようかなって思っててね。


いらない石膏模型とかいっぱいあるから。藤林君には分別を手伝ってほしいんだ。ああ、棚の上にある段ボールとかはいいよ。


あれは重いから俺が降ろすね。」


「は、はい。」


かりんはゴミの分別に入った。


いらないカルテはいらないカルテでまとめて、石膏模型は医療廃棄物としてまとめて個人情報があるものはシュレッターにかけた。


「藤林君。ここは慣れた?」

「はい。慣れてきました。」


院長が手を休めずにかりんに話しかける。かりんも手を休めずに答える。


「藤林君は真面目で頑張っているのがよくわかるからいいね。」

「そ、そうですか?」

「うん。」


「あ、でも最近、自分が集中している時に食いしばっているんじゃないかと思うんです。」


「食いしばりか……顎は?顎は痛いの?」

院長が手を止め、かりんを見つめる。


「ええ。食いしばりとは関係ないかもしれませんが顎関節症なのかもしれません。」


かりんが笑いながら言っていると院長が近づいてきた。


「顎関節症?ちょっと見せてごらん。」

院長はそっとかりんの頬を触る。

しなやかな指が頬に触れた時、かりんがピクンと動いた。


「あん……っ。」

そしてなぜかすごくいろっぽい声を出してしまった。

なんだかものすごく恥ずかしかった。


「そんなかわいらしい声出されたら触れないよ。」

院長は苦笑いをしながらかりんから手を離した。


「ごめんなさい。大丈夫です。」

「別に変な事をするわけじゃないからね。」


院長からすれば普通に患者さんを見る時の対応なんだろうがかりんはただの患者さんにはなれなかった。


気になっている男性に頬を触られるというのは何とも言えない喜びがあった。

すごく優しく触るので無駄にドキドキするのかもしれない。


院長は仕切り直してかりんの頬を触る。


……あたたかくて優しい手……しなやかできれいな指が私の……


かりんは顔を赤くしながら目を伏せた。


「藤林君大丈夫?」

「え?はい!」

「口、開けてみて。」


院長は先ほどから口を開けてと言っていたらしい。かりんは慌てて口を開けた。


コリッと骨が鳴る音と院長の顔が曇るのが同じタイミングでおこった。


「顎関節症だね。

間違いなく。左の関節が噛んだ時に元の位置を探せず迷子になっている。」


「そ、そうですか?」

「うん。てか、なんで顔赤くしてんの?」


院長が笑いながらかりんから手を離す。


「なんかいやらしいですけどこういうの慣れていなくて……男の人から頬を触られたりとか……その……色々初めてで……。院長ってすごく手がきれいですね。」


「けっこうウブなんだね。」

「……。」


かりんはさらに頬を赤くしてうつむく。


「ああ、ごめん。ごめん。悪い意味じゃないんだ。ただ、ちょっとかわいいなと思って。……俺が言うのもあれだけど藤林君は肌がきれいだと思うよ。」


「……!」

院長はにこりと笑いながら先程の作業に戻る。


……昨日肌の手入れちゃんとしとけばよかった……


かりんは少しがっかりしながら作業に戻った。

しばらくして小烏丸さんが医局へと入ってきた。


「あーあー、ずいぶんちらかったなあ。」

小烏丸さんは呆れたため息をついた。


「片付けていたはずだったんですが……。」

「大丈夫。大丈夫。片付いてるよ。」


院長は楽観的に笑う。確かに先程よりは片付いている。

だが量が多すぎて片付けている気にならなかった。


「ちょっとカラス!あんたなんでさぼってんの!患者さん来ているわ。」

小烏丸さんが入ってきてすぐ干将さんが医局に顔を出した。


「おおっと!いけね!今行く!」

干将さんと入れ替わり小烏丸さんは走って医局を出て行った。


「あ、掃除しているのね?私も手伝うわよ。」

走り去った小烏丸さんを見ていた干将さんは前に向き直った。


「そう?じゃあ、よろしく。

そろそろ患者さん来るからここの掃除干将君に任せようかな。


あ、やれるところだけでいいからね。それと藤林君は俺のアシストね。」


「はい。」


院長はにこやかにほほ笑むと医局から出て行った。かりんも後を追い出て行く。

その時、干将さんがつぶやいた言葉が耳に入った。


「……私にまかせても大丈夫という事ね。」

「大丈夫なんじゃないでしょうか?やれるところだけって……」


「!」


かりんはつぶやいた干将さんに丁寧に答えた。

普通に答えただけなのだが干将さんはこちらをハッとした表情で見た。


「今の聞こえたの?」

「え?はい。」

「……。」


干将さんはしばらく止まった後、笑い出した。


「耳いいのね!あれはひとりごと!」

「あの、一人で大丈夫ですか?」


「え?大丈夫よ。さっさとこういうのは終わらせるの。」

「そう……ですか。」


かりんは別段気にするそぶりも見せず医局を出て行った。


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