ビュー・オブ・デンティスト6
「間違いない……。」
アヤは唸った。
だけど証拠がない。証拠がなければ何もできない。
おまけに人間まで雇い、さらにこちらが動きにくくなった。
もし今ある人間の世界を壊してしまうようなことがあれば、藤林かりんは精神を侵されてしまうかもしれない。
平穏、いつもどおりを人は望む。少なくとも仕事上では。
アヤは昼間レーヴァンテイン達が行ったといううどん屋の前にいた。
……だからこういうまどろっこしい言い方になるのよね。
ただの待ち合わせなのに。
アヤはそんな事を思いながらふと上を見上げる。
相変わらず雪が降っている。アヤは寒かったので首にマフラーをまいた。
駅前にあるうどん屋には人がひっきりなしに入って行く。
そんなにおいしいのだろうか。
ぼうっとうどん屋の壁によりかかっていると遠くの方でだるそうに歩く男が映った。
……きたわね。
男は邪馬台国の男性みたいな髪型をしており、水干袴を着ている。
無精ひげが生えており、あまり若くは見えない。
だるそうな目をしているがその瞳の奥にはなにか油断ならないものがある。
「いやー、寒いねぇ。アヤちゃん。」
「寒いわね。」
「あれ?なんか怒ってる?」
「怒ってないわ。高天原西を統括する通称西の剣王、武甕槌神が現れるというから緊張しているだけよ。」
「そのわりには敬語を使わないよねぇ。」
武甕槌神、剣王はやれやれと首をふる。
「どうせ私はあなたに勝てないんだからこれくらいいいじゃない。」
「別にそれがしは怒らないけどねぇ。」
剣王は笑いながらアヤを眺める。
「で、本題に入るけど、私は彼らの時間をさかのぼる事はできないわ。彼らは私よりも遥かに神格が上だもの。それに何一つ証拠がないの。」
「そうだねぇ……。」
剣王は歩き去って行く人々を眺めながら答える。
残念ながら剣王と目が合う人はいない。
奇妙な恰好という理由で目を合わせないという事ではなくてただ単純に見えていないのだ。
「神様って色々大変よね……。」
「神のひよっこが何言ってんだい。」
アヤの言葉に剣王は笑った。
「とにかく、いくら時神と言っても私は人間の時間を管理するのが職。神の時間まで管理できないわ。」
「大丈夫。大丈夫。それがしの配下の彼女達が頑張ってくれるさ。
アヤちゃんは隙ができた時に斬り込んでくれればいい。
後、彼女達はけっこう怠け癖がある。怠けてたらチョップでもしといてくれね。」
「軽いわね……。いまんところレーヴァンテインも干将も小烏丸も真面目よ。」
「それならよかった。
とりあえず高天原東を統括する通称東のワイズ、思兼神よりは先に決着をつけたいねぇ。」
剣王は落ちてくる雪を見つめる。
「あなたの配下、歴史の神、流史記姫神が職務を半分放棄した事に対しての責任をとりたいのかしら。」
「……そんなところだねぇ……。」
「で、あの歯科医院にいる月夜紅と院長は東のワイズの配下。複雑よね。東のワイズの方もこの件をはやく処理したいみたいだし。」
「ほんと、今高天原はぐっちゃぐちゃだ。人間の子がいるんだろ?あの医院には。」
「そうね……。院長が雇ったみたいだわ。」
「だったらすべての人間の縁を守る神、高天原北を統括する通称北の冷林、縁神も余計な事をしてくるかもしれないねぇ。
人間が絡むとあいつ本気になるから。」
剣王がため息をつく。
「まったく……高天原ってめんどくさいところだわ。」
「まあ、今回はしょうがないんだねぇ。これが。」
アヤが頭を抱え始めたので剣王は締めに入った。
「とりあえず、何かあったら教えてよぉ。重い腰をあげるからさあ……。」
「ええ。わかったわ。もう寒いから帰るわよ。」
アヤがそう言った時には剣王はすでにいなかった。
……剣王は人間には見えないからずっと私が独り言を言ってたみたいよね。
アヤは白い息を吐くと駅前から走り去って行った。