ビュー・オブ・デンティスト最終話
「藤林君……。落ち着いたかい?」
ここは近くの公園。深夜なため誰もいない。吐く息は白い。
「……少し。」
「ありがとう。俺は本当に君を不幸にするところだった。」
「私は不幸なんかじゃなかったのに……院長が……そうやって……」
「うん……ごめんね。」
院長は先ほどから泣いているかりんを優しく抱きしめる。
「歯科医院……ついていきますからね……。」
かりんは院長の黒いダウンコートに顔をうずめる。
……私……なに子供みたいにすねているのかしら……
そう思っているのだが身体は違う事をする。
「もう……私を置いてかないでくださいね……。」
「藤林君……痛いんだけど。」
かりんは院長の頬を思い切りつねっていた。
なんだかわからないがすごくつねりたくなった。
「守ってくれるって言ったから信じてたのに……。」
「痛い……ごめん。ごめん。もう君から離れないから……。」
「本当に?」
かりんがそっと院長の顔を仰ぎ見た。院長はつねっているかりんの手をパッととるとかりんの手を握り真剣な顔で言った。
「本当だ。俺はもう決めたんだ。」
その真剣な顔にかりんは彼の決意を見た。
「じゃあ……一緒に連れて行ってください。」
「うん。ありがとう。藤林君……。」
「あの……。」
かりんは恥ずかしそうに下を向く。これを言うのは心臓が張り裂けそうだった。
「なんだい?」
「……名前で……かりんって言ってください……。」
「え?」
院長はドキッとしていた。女の子の名前を下で呼ぶなんて……。
院長はそう思ったが二人のキズナを深めるため、照れながらはっきりと言った。
「かりん。」
「ダメ……やっぱり恥ずかしい……です。」
かりんは再び院長のダウンに顔をうずめる。
「かりんはかわいいね。」
「や、やっぱやめてください……。」
「そうはいかない。」
院長は意地悪そうに笑う。
「意地悪ですね……。」
「顔を上げて。」
院長の言葉にかりんは素直に顔を上げた。かりんは驚いた。
いきなり院長の唇がかりんの唇と重なった。やわらかい唇がかりんを上気させる。
「ん……。」
院長はそっと唇を離した。
「な!な!」
かりんは動揺で頭が真っ白だった。
顔が急激にほてるのを感じながら微笑んでいる院長を見つめた。
「ほら、キスくらいしないとさ。」
「なんか院長……肉食系ですね……。」
かりんは動揺で何を言っているのかよくわかっていない。
「あ、それから院長って呼ぶのは仕事だけにしよう。」
「え?」
「俺に名前がないんだ。かりんがつけて。」
艶っぽい声で院長はかりんの耳元でささやく。
「私が……そんな……。」
「いいから。」
「え……えっと……星でなんかかっこいい男の名前……」
かりんは上空でキラキラ輝く星を眺めながら考える。
「そんなんじゃなくてもいいよ。かりんが呼びたいように呼んで。今はかりんだけの神様だからさ。」
「ご……ご利益……さん。」
かりんの言葉に院長は爆笑した。
「ご利益さん……あははは。」
「そんな……笑わないでください……。そしてごめんなさい。」
「いいよ。それで。」
「りっくんでいいですか?」
「ニックネーム?いいよ。」
二人はお互い笑いあい、今度はお互い準備したうえで深く唇を重ねた。
あの事件からしばらくたった。二月後半。
だんだん日が長くなっていくのを感じながらアヤは田舎町に来ていた。
まだそこそこ寒い。電車が一時間に一本という所で山々に囲まれた静かな町だ。
その中にひときわ静かに佇む歯科医院。パールナイトデンタルクリニック。
今はお昼で患者様はいないだろう。
アヤは長閑な景色を眺めながら医院の前に立つ。
玄関では狸が寝ている。アヤは狸をうまく跨ぎ、近くにあったツバメの巣をかがんでかわすと中に入った。
都会では考えられない長閑さだ。
「お!アヤか!いらっしゃい!」
はじめに出迎えたのは小烏丸だった。
この医院は自宅と医院が併設しているらしい。
おそらく院長の自宅だと思われるそこはスタッフルームになっており恐怖DVDやらおもちゃやらが散乱している。
「あら、アヤじゃない。今、心霊スペシャルやってるのよ。一緒に見る?」
「いや、いいわ。」
テレビの前に座っている干将をさらりと受け流し部屋を見回した。
「あ、アヤこんにちは☆」
レーヴァンテインは口にチョコをつけたままアヤに挨拶をしてきた。
「久しいわね。藤林さんはどこ?私呼ばれたんだけど。」
「藤林さんと院長なら横の部屋☆」
レーヴァンテインが大げさに指を動かして横をアピール。
「そう。」
「あ!あのな、今、藤林さんのお腹に子供がいてだな……。」
「はあ?」
アヤは小烏丸の言葉に驚いた。
「ほんと。ほんと!いつやったのかしら。あの二人。」
「そういう生々しい発言やめなさい。」
干将が興奮気味に話すのでアヤは干将の口を塞いだ。
「と、とりあえず、院長に会いに来たの。」
「だから横!」
ビシッとレーヴァンテインが指を差す。
アヤは横のドアを開ける。
「はいはーい。聞こえますか?俺お父さんですよー。」
「もうりっくんたら。」
始めに聞こえてきたのはこんな会話だった。
……どこのバカップルの会話だ……これ。
「あ、アヤちゃん。いらっしゃい。」
「アヤさん……。」
院長とかりんが仲良くこちらを向いた。
「実は!なんと俺達に子供ができたんだよ!」
「今、お腹にいるんですよ!」
二人は鼻息荒くアヤに迫る。
「わかったわ。わかった。おめでとう。よかったわね。」
アヤはにこやかに笑った。
……それにしても子供って……早すぎるんじゃないかしら……
まあでも、一目惚れ同士、くっついたんだからこうなるのも無理はない?かしら。
「結婚とかはしたの?」
「結婚はまだですよ。これからです。」
……なんだかわからないがとても幸せそうだ。それはそうだろう。厄除けの神が藤林かりんを守っているのだから。
二人の関係には何にも問題がないだろう。じゃあ、なんでアヤが呼ばれたのか。
なんだか嫌な予感がした。
「私ってなんで呼ばれたの?」
「うん、実はね。かりんが今こうだから代わりにアヤちゃんに入ってほしいんだ。」
……そんな事だろうと思った。
「だって人数足りるでしょ?衛生士が三人もいるのよ。」
「それがね☆」
後ろにレーヴァンテインが立っていた。
「ここ、実はものすごく忙しいんだ。運よく患者さんが大量に来てくれていつも繁盛。素敵な受付がいてくれると仕事も速いって事で。」
小烏丸がアヤの肩に手を置いた。
「評判がアホみたいにいいのよ。遠方からもわざわざ来たりね。」
干将もやれやれと頭を振る。
「という事で。」
「明日からよろしくお願いしますね。アヤさん。」
最後のトドメとして院長とかりんが締めくくった。
「……。」
アヤは言葉が出なかった。
……厄を除けすぎじゃないかしら……私には厄がけっこう降りかかっているような気がするけど。
アヤはそう思ったがこういうのも悪くないと思った。
「わかったわ。明日からよろしくね。」
気がついたらこう言っていた。
武神達、かりん、そして院長の笑顔がアヤに向いていた。
アヤは頭を抱えながら微笑んだ。
月夜紅はどうなったかわからない。
だが厄除けの神と人間かりんはこれから手をとり合い共に生活していく事だろう。
厄除けの神はかりんを一生幸せにしながら人間達の厄を除け、罪を償っていくことに決めた。
罪の考えは人によって違う。
心に罪を背負い、生きて行く事こそが罪を償うことなのか、誰かに罰せられて初めて罪を償った事になるのか。それは人それぞれだ。
アヤは医院の帰り道、そんな事を思った。
私の先は長い。これからゆっくり考えていこう。
アヤは遠くで手を振っている女の子に手を振りかえした。
「アヤ、遅いのじゃ!今日は遊んでくれるお話じゃったろ?」
「ごめん。ヒメ、明日からまた忙しくなるの。」
そこにいた女の子は美しい着物を着ているがまだまだ幼い。
幼い女の子は顔を曇らせた。
「がーん……。流史記姫神はショックをうけたぞよ……。」
「ごめんってば。とりあえず今日はいいけど明日からはまたちょっと剣王とでも遊んでなさい。」
「嫌じゃ!剣王は鬼ごっことか本気でやってくれぬ!」
……そりゃあ……そうよね……
アヤはそう思ったが口には出さず、女の子の手をとって歩き出した。
長閑な風景に梅の花が映る。もう春が近づいている。
「ねえ……何して遊ぶの?」
アヤは女の子に向かい笑いかけた。
ありがとうございました!
これは本編の外伝でしたがわかるように書きました。そして雰囲気を変えてみました。いやあ、恋愛って難しい。
他の短編や長編でも院長などは出ていることがあります。
短編視界の月夜、短編小さな世界の小さな神話、長編など。
よろしければ他もどうぞ!
キャラクター紹介
死神、月夜紅
ビュー・オブ・デンティストに出ている。
高天原東、ワイズ軍の女神。生き物の魂を刈る役目。
天寿を全うしようとしている人、自殺しようとしている人以外のところに現れる。
悪い神ではなく人の魂を肉体から解き放ってやる神。
彼女は一部頑固なところがあるが自分の意思をしっかり持っている。
人は人。自分は自分という考え方の神である。
武剣戦女神、武神
ビュー・オブ・デンティスト、他、かわたれ時に一部出ている。
歯科衛生士である。人の目に映る神で普通に歯科医院で働いている。
高天原西、西の剣王軍に所属している神。
元は一神だったが罪を犯し、剣王に魂を三つに分割されてしまった。
今は剣王と仲良くやっている様子。
三神に名前がなくわかりにくいので三神でそれぞれ名前を作った。
ポニーテールの少女は干将。性格は奥様な感じで昼ドラとホラー映画を愛している。
やや子供っぽい残り二神に手を焼くお母さん風味。
黒髪短髪の少女は子烏丸。性格は少年でよくロボットアニメや特撮ものに目を輝かせている。
話し方も男の子のようだが実際は少し姉御肌。
金髪の髪の少女はレーヴァンティン。性格はメルヘン乙女。ぬいぐるみやかわいいものが好きで一番子供のよう。
いつも楽しそうにしている少女。
神々の使い、ツル
ビュー・オブ・デンティストの他、かわたれ時、ゆめみ時などでも地味に出てくる。
神々の使いである鶴の内の一羽。
ゆるく、かなり楽観的な男。
命令はされた順にさくさくこなす。
それでいてバレないようにこっそりと神々をバカにするような言動をする時がある。
特に媚びることもなく自由。
秘密にしろと神に言われれば何をされようが話さないなどの命令には忠実なところがある。
「~よよい!」は口癖。
厄神、院長
ビュー・オブ・デンティストの他、かわたれ時にも一部出ている。
実際には元厄神。人の目に映るので今は歯科医院の院長を務めている。
落ち着いた雰囲気の男で少しロマンチストなところがある。
ファッションは基本黒づくめだが仕事中はなぜかカラフルなサンダルを履く。
天御柱神(みー君)の配下で高天原東、ワイズ軍。
人間(藤林かりん)と恋におち、結婚。
嫁さんを大事にしている。嫁さんの件に関してみー君にからかわれているところがたまに目撃される。




