ビュー・オブ・デンティスト3
半日は何がなんだかよくわからないまま終了した。
ものの場所と診療のペースにはなれなければならない。
午前の診療が終わり持参したお弁当を食べようと医局の椅子に座った時、遠くでアヤさんと小烏丸さんの声がきれぎれに聞こえてきた。
聞いてはいけないとは思ったが自分の事を話しているのかとも思い気になったのでそっと声の聞こえるところまで歩いて行った。
「どうだ?アヤ、怪しいか?」
「そんなの私がわかるわけないじゃない。」
アヤさんは小烏丸さんの言葉に不機嫌に答えた。
「時間巻き戻して記憶とか覗けないか?」
「無理よ。神格が違いすぎるもの。あれは相当上の神よ。」
「そうかあ。」
なんの話をしているのかよくわからなかった。
ゲームの話とかそういうのなんだろうか?
ここの歯科医院の人はゲームが好きな人がいるんだなとその時かりんは思っただけだった。
「今な、干将とレーヴァンが報告に行ってる。」
「そう。でも不思議よね。人間を……生身の人間を雇ったのよ?」
「ああ、藤林さんのこと?」
半ば聞き流していたかりんはドキッとしてまた耳を傾ける。
「うん。」
「まあ、その話はやめよう。藤林さん近くにいるからさ。」
小烏丸さん達は口をつぐむとかりんの方に歩いてきた。
かりんは何も理解できないまま慌てて医局の椅子に座ってお弁当を食べるふりをした。
「藤林さん、おつかれさん。」
しばらくして小烏丸さんがにこりと笑いながら医局に入ってきた。
「ええ。大変なんですね。ここ。患者さん多くて……。」
「でもけっこうできてたぜ?さすが一年経験ありだ。」
「ありがとうございます。」
本当にそう思っているのかかりんは小烏丸さんの目をじっと見つめた。
「そんなに見つめんなよ。」
小烏丸さんはにひひと笑うとどこかで買ってきたのか市販のお弁当を広げてむしゃむしゃと食べ始めた。
「あら、ドクターはいないのねぇ。」
続いてアヤさんが医局に入ってきた。
かりんと小烏丸さんを見つけたアヤさんは空いている椅子に腰かけると自作だと思われるサンドウィッチと切った果物を並べて食べ始める。
「ああ、月夜センセと院長はどっか飯を食べに行ったみたいだな。」
「そうなのね。」
小烏丸さんとアヤさんの話を聞いていたかりんの頭の中では二人は付き合っているのか?という疑問が駆け巡っていた。
……月夜先生と院長……たった二人しかいないドクターでお二人とも若い。お似合いといえばお似合いね……。
そう思うとなんだか苦しかった。
……初日なのになんでこんなに院長が気になるのかしら……私。
会ってまだ数時間しか経っていないのにかりんは院長に惹かれていた。
「ん?藤林さん?どうしたんだ?」
「え?ああ……ええと。」
職場に馴染まなければならないと考えたかりんは思った事を会話のネタにすることに決めた。
「月夜先生と院長って付き合っているんですか?」
「はあ?」
かりんの質問に小烏丸さんは半分笑っている不思議な顔でかりんを見つめた。
「え?いえ……別にどうってことはないんですけど。」
「アヤ、どうなんだ?」
「私に振らないでちょうだい。どうなのかしらねぇ。
ドクター同士で何か話したいことでもあるでしょうからからしょっちゅういるだけで付き合っていないんじゃない?」
アヤさんはサンドウィッチを口に運びながらあまり興味なさそうにつぶやいた。
「そうなんですかね……。」
かりんはごはんをもぐもぐ咀嚼しながらそれとない返答を返した。
「なによ?あなた、院長に一目惚れでもしたの?」
「いえ、そういうわけではなくただ気になったというか……。」
「ふーん。」
アヤさんはかりんを楽しそうに見つめる。
その視線に耐えられずかりんは下を向いた。
「あ、あの……アヤさんはずいぶん大人っぽいですけど学生さんなんですか?」
かりんは素早く話題変換を行う。
「え?私?んー……そうねえ。まあ、学生よ。」
あまり踏み込んでほしくないのかアヤさんは言葉を濁した。
そんな会話をしていると干将さんとレーヴァンテインさんが帰ってきた。
「うーさぶっ……。」
干将さんが何やらすっぱそうな顔つきで医局へ入ってきた。
「なんかね、お外雪が降っているの!」
「雪?どうりで寒いわけね。」
楽しそうなレーヴァンテインさんを横目にアヤがため息をついた。
ここはクリニックフロアなので近くに窓はなく、あったとしてもブラインドが閉まっているため外の状態はわからない。
「お!雪か!雪合戦でもやるか?帰りに。」
「やめなさい。風邪ひいたらどうすんの。」
小烏丸さんの言葉には干将さんが怖い顔をして答えた。
二人来ただけなのに医局は急に華やかになった。
「チョコ買ってきたー☆」
レーヴァンテインさんは小粒のチョコレートを取り出し皆に配りはじめた。
「お!気が利くな!」
「ありがと。」
「まったく歯を守る私達がチョコを食べるなんてねぇ。」
喜んでいる小烏丸さんとアヤさんに干将さんは冷ややかな目を向けたが自分もうまそうに口に入れていた。
「んで、はい。藤林ちゃんにもあっげるー☆」
「あ、ありがとうございます。」
レーヴァンテインさんはきょとんとしているかりんの手に数個小型のチョコを乗っけた。
「じゃあ、私はちょっと。」
しばらくして干将さんがいそいそとテレビの前に移動しはじめた。
テレビではドロドロな昼ドラがやっている。
「またあれか。昼ドラと恐怖DVDに目がない女め……。ところであんたらは飯食ってきたのかよ。」
「食べてきたよ☆」
レーヴァンテインさんがクマのぬいぐるみをギューギューと抱きしめながら答える。
「補足でいうと近くにあるうどん屋さんに行ってきたの。なんかあったかいもの食べたくなっちゃってねぇ。」
干将さんがテレビから目を離さずにつぶやく。
「ああ、あの近くにあるうどん屋さんね。おいしそうよね。」
アヤは歯磨きをしながら会話に参加する。
……皆仲がいいんだなあ……。
それを見てかりんはほほえましく思った。