ビュー・オブ・デンティスト21
午後からは月夜先生のアシスタントだった。
月夜先生はかりんに話しかける事もなくただ単純に指示だけ飛ばしていた。
「藤林さん、次の患者様スケーリングよろしく。」
「はい。」
「もう一人患者様がいるがこちらはわたしだけでやる。」
「……はい。」
かりんは月夜先生の指示通り頑張って動いた。
「だいぶん良くなった。」
治療が終わってから月夜先生はかりんを褒めてくれた。
「あ……ありがとうございます。」
「この医院は嫌いじゃないか?」
月夜先生は腕を組んでかりんの返答を待っている。
「嫌どころか大好きです!皆さん優しいですし、神様ですし!」
かりんが休みの間に考えた事、それは開き直る事だ。
神様はいるんだ。
神様が歯科医院を営んで何が悪いと……そう思う事にした。
あまりに突拍子もない事が起こるので人間の自己防衛かわからないがそういう感情になってきたのだ。
月夜先生は顔を曇らせたまま壁に寄り掛かった。
「わたし達がどういう存在かわかっているのか?」
「わかってますよ。全部。」
「その上でいるという事か。それが藤林さんの答え。」
「そうです。」
「君は本当に変わっている。」
「よく言われます。」
かりんはきっぱりと言い張った。
「……そこまで彼が魅力的なのか?」
「え……?」
月夜先生の質問にかりんは詰まった。
「なんで共にいようと思う?彼は……犯罪者だ。そしてわたしも。」
月夜先生がかりんをキッと睨む。
「それは……。犯罪者でも……院長は償おうと一生懸命に動いています。
逃げないで立ち向かっています。私は……それは立派な事だと思います。」
かりんの言葉に月夜先生の瞳がさらに厳しいものに変わる。
「あれで償えると思っているのか。甘すぎるな。
……わたしはこんな事をしていてもなんの解決にもなっていないと思っている。
わたしにはヘラヘラ笑っているあいつが許せない。
あいつはなんの罪も被らずにこうやってのこのこと生きていくつもりなのか。」
「……え?」
はじめて月夜先生が怒りの感情を表に出した。
かりんはそんな月夜先生に戸惑い、先の言葉が思いつかなかった。
「すまない。君にこんな話をしてもしょうがなかった。」
月夜先生はかりんに笑いかけると医局へと姿を消した。
「月夜……先生……。」
かりんはしばらくその場に佇んでいた。
あの時はトップのワイズの元にいるのが退屈だった。
彼女に仕えるというのは平穏を手にする事はできるが自由がなかった。
月夜紅も自分もそれがいやでしかたなかった。別に彼女の側が嫌だったわけではない。
ただ、他の神々に埋もれていく自分が嫌だっただけだ。
はじめの動機はただワイズから離れたかった。
だが彼女は自分達を離してはくれなかった。
そこではじめてワイズが窮屈に感じないように計算しながら仲間を縛り付けている事に気がついた。
このままだと自分達はワイズの駒になってしまう。
今となっては何馬鹿な事をと思うがあの時は駒にされる事に対しひどく怯えていた。
今となっては駒だろうが目立たなかろうが平穏に過ごせればそれでいい。
こうやって罪に苛まれた時、なんであの頃はこんなくだらない事に不満があったのだろうと考えてしまう。
……本当にバカバカしい。こういう時に静かに暮らせればいいとか考えるのだ。
滑稽な話だな。
「院長……?」
その時すぐ横で声がした。俺はまだ大人になりきれていない彼女に目を向けた。
彼女はひどく不安な顔をしていた。またなんかあったに違いない。
彼女をこんなに不安にさせるなら人間なんて雇わなければよかったと思ってしまう。
だが心の奥底では彼女を手放したくないと思っている。
……彼女の顔を見るとつい抱きしめてしまいたくなる。触れていたいと思う。
俺はもうきっと、彼女から抜け出せなくなっているんだろう。
本当に滑稽だ。
「終礼……お願いします。」
かりんはボーッと座っていた院長に声をかけた。
「え?うん。今行くよ。」
院長はかりんに笑いかけると医局の椅子から立ち上がった。
その時、なにか焦げくさい臭いが鼻をよぎった。
「藤林君……。」
「はい?」
「なんか焦げ臭い感じしないか?」
「え?」
かりんはきょとんとしていた。
嫌な予感がした。
院長は雑談が聞こえる診療室へと飛び出した。
「うおっ!どうした?院長!そんながっつり走って来なくても……。」
小烏丸さんは院長の顔を見てただならぬ事が起きたと判断した。
「どうしたんですか?」
アヤさんは院長の顔をじっと見つめた。
「焦げくさい臭いを感じないか?」
「え?」
一同は不思議そうにお互いの顔を見合う。
「感じないわ。」
干将さんがきっぱりと言い放った。
この臭いは院長しか感じていなかった。
「月夜は?月夜先生はどこにいる!」
院長の言葉にアヤさん達は首を傾げた。
そういえば先程から姿が見えない。
「一体どうしたの☆?」
レーヴァンテインさんが言葉を発した瞬間、医院全体に火柱が立った。
「うわっ!」
火柱は医院を囲むように円を描き、色々なものを巻き込みながら勢いよく上がっている。
炎はみるみる大きくなりあっという間に周りは火の海になった。
熱い火の粉とケムリがかりん達を襲う。
「え……なに?何!」
干将さんはパニックになって叫び出した。
かりんは状況についていけずただ茫然と炎を眺めていた。そのうちだんだん息苦しくなってきてかりんの頭に死がよぎった。
かりんはただ震えていた。
何も言葉を話せなかった。
「とにかく逃げようぜ!ここにいたら死んじまう!煙を吸うな!マスクをしろ!」
小烏丸さんがかりん達を見て叫ぶ。かりん達は先ほどまで使っていたマスクを耳にかけた。
「あっちが出口よ。今は火で覆われているけどつっきるしかないわ!」
干将さんが患者さんがいつも出る出口を指差した。
「アヤ!炎の時間を止めてくれ!この炎は人間の時間には関係ないだろうから止められるはずだ!」
小烏丸さんがアヤさんに向かい叫ぶ。
「無理よ。できないわ。」
「なんで!」
「この炎、人間界の炎じゃない!神格の高い神の術かなんかだわ!」
アヤさんの焦り声に一同は唖然とした。
「じゃあこのままつっきらないと死んじゃうの?」
レーヴァンテインさんが今にも泣きそうな顔でアヤさんを見つめる。
「そういう事よ。迷っている時間はないわ。藤林さん。」
「え!は、はい!えええと……!」
かりんは動揺していた。
もう先の事を何も考えられなかった。
「落ち着きなさい。あなたが先に逃げなさい!」
「え……そんな……私……。」
かりんはあまりの恐怖心からか泣き出した。
「いいから!はやく!走りなさい!」
アヤさんはいつになく鋭い声をかりんにぶつける。
かりんは恐る恐る院長を見上げた。
ケムリでもう顔も見えなかった。熱さと息苦しさがかりんを苦しめている。
「藤林君……とにかく今はいの一番に逃げてくれ。君を巻き込んでしまった事……本当に申し訳ない。」
院長の悲痛の声がかりんの耳に届く。
かりんが院長に声をかけようとした時、アヤさんがかりんを突き飛ばした。
「はやく!」
突き飛ばされたかりんはなんだかわからないままとりあえず前に走った。
かりんが走り去った後にはもう燃え盛る火が道を塞いでいた。




