ビュー・オブ・デンティスト16
年末に入り医院が休みになった。短いが冬休みをもらったのだ。
最初の二、三日は何事もなく過ぎた。
今日は三十一日だ。
地元は今日だけは騒がしい。
夜の十時過ぎても外では楽しそうなおしゃべりが聞こえてくる。
かりんは除夜の鐘を聞くべく寒い中外に出た。
今日は晴れで空にはきれいな星が輝いている。
友達と一緒に遊ぶ事も考えたが友達は皆一人暮らしで今は遠い実家に帰って行ってしまっていたので連絡はついても遊ぶことはできなかった。
……まあ、たまには一人で夜出歩くのもいいかも……
ここしばらくいろんな事があった。
あの医院での出来事を友達に話しても誰も信じてくれないだろう。
かりんは夜遅いというのに明るい街を歩く。
今日は道を歩く人が多い。
ニュータウンの舗装された道をひたすら歩いた。
まわりを見渡すとどこもあかりが灯っている。
今日は皆夜更かしをするつもりなんだろう。
雪はまだかすかに残っている。
ここ数日晴れだったためか雪はもうほとんど溶けてしまっていた。
かりんは寺へ続く細い裏道に入った。
ここからは少し坂道になっている。
気温があがらなかったのかここはけっこう雪が残っている。
「うう……さっぶ……。」
かりんの吐く息は白い。今夜また雪が降るかもしれない。
寺の前は人がけっこういた。かりんは人をうまく避けながら寺への階段を登り始める。
その途中でかりんは急に足を止めた。
ふと階段下をみると院長らしき男が寺とは別方向にある神社をじっと見つめていた。
院長らしき人は相変わらず全身真っ黒だった。
「院長?」
かりんは階段を登るのをやめ、院長らしき人の元まで慌てて降りて行った。
「あれ?藤林君?」
かりんが声をかけるより早く院長の方から声をかけてきた。
「やっぱり院長でした!なんでこんなところにいるんですか?」
「いやあ、散歩なんだけどね。」
軽快に院長は笑った。
「そうなんですか?」
「うん。まあね。」
「一緒にいてもいいですか?」
「それは嬉しい。」
院長は優しくかりんの手を握る。
かりんは頬を染めつつにこりと笑った。
「どこに行くんですか?」
「そこの神社さ。」
「お寺じゃなくてですか?」
「……うん。」
院長はかりんを連れて向かいにある神社の階段を登って行った。
こちらは誰も足を踏み入れていない。
皆お寺の方に足を運んでいるみたいだ。
階段を登り終えるとまず鳥居が見え、社が真黒な境内に不気味に映った。
かりんが恐る恐る足を踏み入れた時、声がかかった。
その声はかりんもよく聞いた事のある声だった。暗い中に三人の女の子が立っている。
「小烏丸さんと……干将さんとレーヴァンテインさん?」
三人はかりんに驚いていた。
「あれ?なんで藤林さんがいるんだ?」
小烏丸さんが残りの二人をキョロキョロと見回す。
「知らないわよ。」
「まずなんで彼といるのさー☆」
三人は院長とかりんの元へと歩いてきた。三人とも寒くないのか着物を着ている。
小烏丸さんは赤色の鮮やかな着物、干将さんはピンク色のかわいらしい着物、レーヴァンテインさんは水色のさわやかな着物を着ている。
「それからなんで正装して来ないんだよ……。神の中じゃあ着物は正装だろ?」
小烏丸さんがキッと院長を睨む。
「俺は別に正装する必要ないと思ったんだ。」
「どこまでも反抗的な態度ね。」
干将さんが楽しそうに笑う。
「開き直った系なの☆?」
「それで君達はなんで休暇中の俺を呼び出したんだ?」
院長はすべてをさらりと流し質問を返した。
「強行突破ってとこさ。」
「ふむ……。」
かりんの頭にはハテナが浮かんでいる。
だがなんだか嫌な予感がした。
三人は明らかに闘志むき出しだった。
院長はかりんの肩にそっと手を置くと微笑んだ。
「ちょっと横にそれてた方がいいかも。」
院長の言葉にかりんは恐る恐る後ろに下がった。
小烏丸さんがキュレットスケーラーを何本も手の指に挟んでいる。
「私達は工夫して戦う!」
干将さんの言葉で小烏丸さんがスケーラーを多数飛ばしてきた。
スケーラーは鋭い刃物に変わり院長を襲う。
飛んできた刃物を院長は軽々とかわした。
そこへレーヴァンテインさんがコンポジットレジン(CR)が入ったケースを巨大化させ銃のようにする。
CRとは小さな虫歯をうめるのに使うプラスチックのようなものだ。
レーヴァンテインさんがフロータイプを粘液のように飛ばす。院長はそれを飛んでかわした。
その後、干将さんがレーザー銃のようなもので無残に落ちたCRにレーザーを当てる。
CRは光で固まる。かちこちになるため食らったら動けなくなる可能性がある。
「なるほどね。」
院長は空中にいながら笑った。
続いてレーヴァンテインさんが空中にいるため動けない院長にドリルみたいになった巨大リーマーを投げつける。
リーマーは本来虫歯が進行してしまい、神経をとらないといけなくなってしまった歯に使う道具だ。
ねじのようなもので中の神経をかきだしてとる。
それが今、巨大なドリルのようなものになっている。
「白黄色赤青緑黒―!」
レーヴァンテインさんがそんなふうに叫びながらリーマーを投げる。
リーマーには取っ手に色がついている。
これは太さを表している。
白が一番細く、黒が一番太い。
歯科治療ではまず細い白からいき、徐々に黒へと移行していく。
これには順番があり白の十五が細く、五ずつ番号が上がって行く。
つまり次の黄色は二十番という事だ。
黒まで一周するとまた色は白に戻る。
二周目の白は四十五である。
そうやって太さを繰り返していき、六十まで達すると今度は十ずつ番号が上がって行く。
「ちゃんと十五番から投げつけるなんて俺は神経じゃないんだが……。」
あちらこちらに当たったら怪我では済みそうにないドリルが地面をえぐっている。
院長はなぜかそんな危ないリーマーをすべて折り曲げていた。
「さすが厄神!
リーマーにとっての不幸、それは使えなくなる事……曲がったり折れたりしたら使えないもんなあ!
厄をリーマーにぶつけるなんてすげーぜ。」
小烏丸さんは次に超音波で動くスケーラーを電動ノコギリみたいにすると院長に襲いかかった。
レーヴァンテインさんがデンタルフロス……糸ようじを鞭みたいに太くしならせ、院長の身体に巻きつける。
干将さんはエッチング剤をなんでも溶けそうな毒々しいものに変え投げつける。
「厄ってのはどういうのかわかるかい?」
院長はふとそんな事を口にした。
院長は鞭のように太くなったデンタルフロスに絡まれたままだ。
その毒々しいエッチング剤が院長にかかる前に小烏丸さんが超音波スケーラーを構えて飛び込んできた。
院長がにやりと笑った。干将さんはそれにすぐ気がつき小烏丸さんを呼び止めた。
「カラス!下がるのよ!」
小烏丸さんは咄嗟に後ろに下がった。
エッチング剤は院長に当たることなく小烏丸さんの足元に落ちた。
「あっぶねぇ……。干将が言わなきゃ当たってたわ。」
「よく気がついたね……。干将君。」
「厄を相手に振りまくことができるのよね……。」
干将さんの言葉に院長は含み笑いを返した。
レーヴァンテインさんはオドオドと干将さんと小烏丸さんを交互に見ていた。
「さて……。」
院長の身体に巻きついていたデンタルフロスはあっけなく切れた。
糸ようじの不幸とはぶちぶちとすぐに切れてしまう事だ。
勝ち目がないと悟ったのか三人はじりじりと後ろに下がる。院長はそんな三人を見ながら両手を広げた。




