ビュー・オブ・デンティスト15
仕事はいつも通りの時間で終わった。終礼をしてタイムカードをきる。
かりんはスタッフが帰るのを待っていた。
院長とスムーズに二人きりで会話ができるようにとかりんなりに考えた策だ。院長はだいたいスタッフが帰っても何か仕事をしている。
最初に月夜先生が医院を出て行った。
続いて小烏丸さん、干将さん、レーヴァンテインさんが足早に去って行く。
「藤林さん、帰らないの?」
アヤさんは厳しい目つきでいまだ診療室をうろついているかりんに話しかけた。
「え?あ、練習しようと思って……。」
「あらそう。」
射抜くようにかりんを見ていたアヤさんは深くは追及せずに帰って行った。
周りをよく確認して外に人がいないかも確認したかりんは医局でパソコンとにらめっこしている院長に近づいて行った。
「藤林君、まだいたのかい?」
「はい。」
院長は不安を感じさせない笑顔でかりんをむかえた。
「どうしたんだい?」
「ちょっとお話があります……。」
かりんは月夜先生に言われたことやいままでにあった事などを話した。徐々に院長の顔が険しくなっていくのを感じた。
「そうか……。月夜は俺に間接的にあきらめろと言っているのか。」
「……?」
「藤林君……ここで働くのは嫌になったのかい?」
「え?いいえ。そんな事は……。」
「無理しなくていいんだよ。」
院長はひどくせつなげにそして優しげにかりんを見つめた。
「神様の……話は本当なんですか……?」
「本当さ。俺はね、君を採用したくて採用したんじゃないんだ。
月夜は人間に触れようと思って人間を入れたと考えているみたいだけど。
高天原……神様の世界での捜査をかく乱させるため人間を入れようと思っただけなんだ。
武神や時神が入りこんで俺の捜査をはじめてから窮屈でしかたなかった。
彼女達の採用を断ろうとも思ったが断わったら拒んでるようで逆に怪しまれるかと思ってね。」
「なんの話だか……わかんないんですけど……。」
「月夜があんなに大胆に動くなんて思わなかった。しっぽはむこうに捕まれた。
人間を雇う意味なんてもうなくなった……。藤林君……こんなイカれた歯医者嫌だろう?」
院長はハハッと笑った。
「……院長は何かから逃げているんですか?」
「逃げてるよ。俺は犯罪者だからな。神様での世界の第一級の罪に問われている。もちろん、月夜紅も。」
院長の瞳も赤く光り出した。かりんは思わず二、三歩退いてしまった。
そこにいるのがどうしても人間であるとは思えなかった。
かりんは恐る恐る質問した。
「い、院長は……何を……。」
どうしてだかわからないが汗が身体中から噴き出している。
……私は完全に彼に怯えている……
手も震えだし、そう思うしかなかった。
「俺は人を沢山不幸にした。
魂のバランスを考えず人をどんどん絶望の淵へと追いやった。生きる力を失った人間の魂を月夜紅が刈っていた……。」
「……。」
かりんは拳を握りしめた。
「俺は大禍津日神の係累だ。わかるかい?俺は厄神なんだ。
月夜は死神だ。彼女は俺と同じく通常の業務では物足りなかった。
だから俺と月夜はグルで神の目を盗んで人間を消していた。あの時はすごく楽しかった。」
院長は目を光らせたまま不気味に笑った。
かりんは怖くなり今すぐこの場から逃げ出したくなった。それと同時に夢の事を思いだした。
……あの時女の子が消えるはずのない人の歴史が消えていくのが怖いと言っていた……。
「あ、あの……。」
「君が夢で見たのは俺達が狂わした歴史の神だろうな。歴史の神は人々の歴史を守る神。
流史記姫神と言う。
彼女はまだ幼女で荷が重すぎる業務を負っていた。
彼女が恐ろしさのあまり業務を放棄すると言った事が起こり、神々が俺達を探すようになった。」
「……悪い方なのですか……?」
かりんの恐る恐る発した質問に院長はそっと立ち上がった。かりんは後ろに退く。
院長は不敵な笑みを浮かべながらかりんを追うように歩く。
「や……やだ……!」
かりんは怯えながら後ろに下がっているうちに壁に背中がついてしまった。
院長はかりんの顔のすぐ横に手をつくとじっとかりんを見下ろした。
「逃げてもいいんだよ。俺はいつ君に不幸をまき散らすかわからない。」
「……。」
かりんは怯えた瞳で院長を見つめる。汗が頬をつたう。
院長は乱暴にかりんの白衣のチャックを下に降ろし白衣を脱がせた。
「やっ……。」
院長はかりんの細い両手首を片手で掴むと頭の上まで上げ、露わになっているブラジャーのホックをはずし、白衣も下に降ろした。
「ほんとうに……きれいな魂をしているんだね……。」
かりんはかろうじて肩にかかっているブラジャーとショーツという格好のまま動けずに震えている。
「そうか……。君はまだ経験がないんだな……。」
「!」
院長の言葉にかりんは真っ赤になって下を向いた。
「この場で君を不幸にすることができそうだ。
こういう事のはじめては好きな人とやりたいっていうのが女の子の言い分だろう?」
院長は残った片方の手でかりんの頬をなでる。
かりんの瞳から涙が流れた。
「わ……私は……」
かりんの言葉に院長は耳を傾けていた。
「あなたが好きだったんです……。ほんとに……はじめて好きになった人で……」
かりんの嗚咽が静かな医院に響く。院長の顔が曇った。
「あなたとならいいと思っていましたけど……これは違います……。」
「……。」
「いまのあなたは……すごくかなしい……。」
かりんがそこまで言った時、院長はかりんのブラジャーのホックをつけ、白衣を上にあげさせ、手を離した。
「……ごめんね……。」
院長は小さい声であやまるとかりんを優しく抱きしめた。
「……。」
「やっぱり俺には君を辞めさせることなんてできない……。君を入れておいてあれなんだが。」
彼は恐怖心でかりんが仕事場を辞めてくれると思ったらしい。
「私は辞めません。院長がたとえ犯罪者でも私はあなたの事が好きなんです。何と言っても一目惚れですから。」
「そうか。君は変わっているね。」
院長はそう言って笑った。
「中の様子は?」
「わからんねぇ。」
アヤは隣にいる鶴に話しかける。ここは歯科医院の入っているビルの屋上。
今日は晴れだったので屋上は星が美しい。
オリオン座が輝きを放っている中、二人は寒さを防ぐべく腕を組む。
「今日はインディゴの夜ね……。」
「まあ、よくわからんけど彼結界張ってるわぁ。」
「中に藤林さんがいるのよ。帰りに会った時の顔は彼女がトラブルに巻き込まれた可能性が高い。」
「そんなん言っても彼らの会話は聞こえないちゅー話。」
鶴はお手上げのポーズをとる。
「西の剣王はあれから何か動いているの?」
「どうにかして捕まえたいみたいだけどあの武神ちゃん達だと荷が重いんなあ。今は東のワイズの動きを見てる感じ?」
「東のワイズは何をしているの?」
「あぶり出し作戦の準備とかこないだ言っとったよ?」
鶴の言葉にアヤはため息をついた。
「何かすごく嫌な予感がするわね……。」
「お?出てきたよい?」
鶴が従業員用の出入り口を指差して叫んだ。
「あら……。」
アヤの目線の先では院長と藤林かりんが楽しそうに話しながら歩いていた。
「ふぃー……。」
鶴の謎のため息を聞きながらアヤは唸った。
「藤林さんの方も……彼も……お互いが好きあっているのね……。めんどくさいわ。」
「ええじゃない。恋する事は悪くないんね!アヤちゃんも好きになった男はおるんだろ?」
鶴はニハニハと下品な笑みを浮かべアヤに詰め寄った。
「いないわ。」
アヤはきっぱりと言い放った。
「そんないじりがいない言い方で言われてもなあ……。」
鶴はしゅんとした顔つきになった。
「あの彼が外で親密な話をするとは思えない。今回の収穫はゼロね。ワイズに言いなさい。」
「アヤちゃん、やる気あるん?」
「ないわよ。」
「藤林かりんの気持ちを組んでいるのか彼の気持ちを組んでやってるのかどっち?」
「……どちらでもいいじゃない。」
アヤがそう言った瞬間、鶴の瞳がギラッと光った。
「アヤちゃん、これは重大な問いなんよ?罪に問われる可能性だってある。」
「彼の気持ちを組んでの事と答えたら共犯になるわけ?」
「なる可能性はあるんだよい。」
「私はワイズの仲間でも剣王の仲間でもない。
追加で言うと奴らの仲間でもない。
だけど藤林かりんは放っておけない。歳の近い女の子として……。」
「そうかい。まあやつがれには関係ない話だよい。」
鶴の背中に突然羽が出現しそのまま鶴は飛び去って行った。
アヤは暗闇に消えて行く鶴の背中をなんの感情もなく見つめた。




