ビュー・オブ・デンティスト13
「次の患者様はスケーリングだ。藤林さんお願いできるか。」
「はい。やります。」
かりんは横目で月夜先生を見ながらカルテを持ち待合室へと向かった。
スケーリングは練習の甲斐もありきれいにできた。
だが時間がかかり次の患者さんがカルテラックに入ってしまっていた。
……けっこう時間がかかっちゃったけど月夜先生怒ってないかな……
かりんは患者さんに少し待ってもらうように言ってからカルテを持ち、医局のドアの前まで走って行った。
そこで話声を聞いた。
……また私抜きで話をしている……
「鶴にあたし達は頼らないよ☆。あれは今や東の持ち物みたいになってて……」
「そうだ。うちらも知らなかったんだ。
まだあんたらのしっぽは掴んでいないが間違いなくあんたらが高天原第一級罪を犯しているとうちらは思っている。もちろん、剣王も。」
レーヴァンテインさんの声と小烏丸さんの声だ。
「一級罪か。もしわたし達が一級罪神だったならば剣王はわたし達を殺しにくるのか?」
そして月夜先生の声も聞こえてきた。
「なんで歯科医になっているのかわからんが今すぐ投降すれば罪は軽くて済む。と剣王は言っているぞ?」
「投降か……。フフ。わたし達は武器を持っておらぬというに……。」
月夜先生の含み笑いが聞こえる。
「早く自白すればワイズの元へ行かずに剣王が裁いてくれる。」
「自白しろと?彼にわたしはまかせている。まだ証拠もない。」
「そう言って首絞めているのは月夜先生だよ☆」
レーヴァンテインさんはいつものトーンでしゃべる。
「……。」
「夢……夢を藤林さんに見せた。あれはセンセが鶴に頼んだ最初で最後の頼み。なんで藤林さんにあんな夢を見させたのか。」
そこで小烏丸さんは言葉をきり、その続きをレーヴァンテインさんが話す。
「鶴がこの事をワイズに話すのは当然だよね☆
それくらい月夜先生もわかるよね☆
これって月夜先生が自白している事を気づいてほしいとこちらに言ってるみたい☆」
「夢の話か。アヤから聞いたのか?」
「まあね。」
「あたっている。その通りだと言っておく。
わたしはもうとっくに自白している。だが彼が……。
彼が藤林かりんという人間に触れているのを見るとわたしはもう構わないが彼は世界を壊されたくないと願っているように思える。
だからわたしだけ自白しているという風に見せようと思ったんだ。」
「……。」
月夜先生の言葉に二人は黙り込んだ。
「だが残念な事に証拠がない。夢を鶴に見させただけだ。
結果、わたし達がやった事とは結びつかない。
こんな状態で高天原に連れていけるんだったらわたしだけ連れて行け。」
「無理……だな。」
「この話、さっきから藤林さんが聞いているが。」
月夜先生の言葉にかりんは肩をビクつかせた。
「知ってるよ☆」
「この歯科医院がおかしい事を知ってもらい、早々に退職してもらおうとうちらは考えていてね。」
……た、退職って……
小烏丸さんの言葉にかりんは黙って立っている事はできなかった。ドアを思い切り開けて叫んだ。
「どういうことですか!」
「どうもこうもないんだけど。ほら、ここおかしいと思わない?」
小烏丸さんの問いにかりんは黙り込んだ。
おかしい事はわかっているが院長の為、黙っていた。
「あのね☆藤林さんが全然できないからクビとかいう話じゃないんだよ☆」
レーヴァンテインさんが絶望的な顔になっているかりんに慌てて言った。
「退職やクビを決めるのは院長だ。君達ではない。藤林さん、スケーリング終わった?」
「……はい。」
かりんは月夜先生の言葉にうつむいて答えた。
「どうだった?」
「前歯舌側面に歯石が多かったのでとってポリッシングしました。それから歯ブラシの仕方を少々……。」
「ありがとう。」
月夜先生はかりんの説明にニコリと微笑むと患者さんの元へと歩いて行ってしまった。
かりんは残されたままうなだれていた。
「でも……」
小烏丸さんが付け足すように言った。
「本当にこの医院にいるのは危険だ。藤林さんならもっと大きなところで働けるよ。この医院はいずれ陥落する。」
「なんで……なんでそんなこと言うんですか?私が嫌なんですか?それとも院長に不満があるんですか?」
かりんは感情的になると言ってはいけない段階の事まで言ってしまう癖があった。
「そういう話じゃないんだ。」
「じゃあどういう事なんですか?説明してください!全部!」
「説明はできないな。人間に話せない事なんだ。」
「小烏丸……ダメだって……」
小烏丸さんをレーヴァンテインさんが止める。
「人間には関係ない?じゃああなた達はなんだって言うんですか?この世界にいるのは人間だけなんですよ!宇宙人とでも言う気ですか?」
かりんは声を荒げた。
「ずっと誤解されたままだとつらいから言っちゃうけど……
うちらは人間じゃない。」
「小烏丸……ダメだってばぁ!」
「いいんだ。もうバレてる。ここから先、隠す方が不自然だ。」
止めようとしたレーヴァンテインさんを小烏丸さんは遮った。
「何……?何を言っているんですか……?」
かりんは動揺と嘲笑が混ざったような顔をしている。
「うちらは三人合せて一人の神だ。
小烏丸、レーヴァンテイン、干将。うちらに本来名前はない。
これは勝手につけた名だ。ちなみに武神だ。
もともと一人の神だったのだが戦乱の世が終わり、戦う事に飽きた。
そして自分を三人にわけて人間界に溶け込んだ。
一人の時の名は武剣戦女神と名乗っていたよ。
このスケーラーを持てるようになるまで何十年もかかった。」
小烏丸さんはかりんの目の前にスケーラーを突き出した。
「自分を三人にするまではこいつを持っただけで殺傷能力抜群の武器になったもんだ。何と言ってもスケーラーは刃物だ。今はこんなもんで済んでいる。」
小烏丸さんが持っているスケーラーは小型のナイフに変化を遂げていた。
「……。」
かりんは言葉を失ったままただ立っているだけだった。
「この仕事は本当に楽しいと思っているぜ。
人を傷つけるのではなく喜ばせる仕事。
歯がきれいになると患者さんはとても喜んでくれる。
人と話す一番大事なところは口だ。歯だ。
歯がきれいだと生活習慣がしっかりしている人だと思うし口も清潔で口臭もない。
それにあこがれている患者さんが衛生士を頼って来てくれるんだ。助けを求めに来るんだ。ちっさい事かもしれないけどさ、嬉しいよな……。」
小烏丸さんの顔はどこかせつない。
レーヴァンテインさんも遠くを見るような目をしていた。
「……。」
「とまあ、話はそれたが……うちらは三人で一人の神様という事さ。」
「な、なんて反応をしたらいいか……。」
「信じてもらえなくてもいいぜ。このままここに居続けたらそのうちわかるし。」
小烏丸さんはそう言うと逃げるように診療室へと去って行った。
「うん……えっとまあ、そういう事……。」
レーヴァンテインさんも苦笑を浮かべながら医局から出て行った。




