ビュー・オブ・デンティスト10
「……仕事は大丈夫?」
「え?はい。楽しくお仕事させていただいてます。皆さんいいお方で……」
院長はお水を飲みながらかりんの話を聞いている。
「そんなにかしこまってしゃべることないのに。面接じゃないんだよ。」
「……ごめんなさい。」
かりんが固くなっている事に気がついた院長はため息を漏らした。
「俺はね、君に期待しているんだ。いつも頑張っていてすごいなあと思っている。今日も残って練習していたんだろ?そういう姿勢が大事だと思うんだ。」
「……はい。」
「ああ、なんか固いなあ。もうプライベートだよ?もっとリラックスしなよ。」
「そうですね。」
「前の病院でなんか嫌な事でもされたの?」
「え?」
院長はかりんをじっと見つめながら口を開いた。
「君は人との付き合いに距離をおきすぎているように見えるんだよ。」
「……裏切られたんです。」
かりんはいきなりそんな言葉を口にした。
「んん?」
「同い年の一緒に職場に入った女の子に裏切られたんです。すごく仲が良くて友達みたいに話していました。」
「……。」
院長はもう先がわかっていたが何も言わずに聞いていた。
「あれは私も悪かったんです。
……たまたま長く働いているスタッフから院長の悪口みたいなのを聞いてしまってあまりにも衝撃的だったのでそれを彼女にしゃべっちゃったんです。
そしたら……」
かりんの瞳から涙がこぼれる。あまり思い出したくない記憶らしい。
院長はここで話をきろうかとも思ったが話した方が楽になる事もあると思い黙っていた。
「そしたら彼女がそれを院長に言っちゃって院長が怒ってそのままミーティングになったんです。」
「……感情的になると当然だな。」
「院長は自分に不満があるなら今すぐ辞めてもらってかまわないって言ってて誰も何も言わなくて……
年長のスタッフは身の保身のためかそんな事まで言っていないと言い、院長に報告した彼女は……私は藤林さんから聞きましたと言う……私は立場がなくなりました。
彼女は黙っててくれるものだと思っていたんです。
それを院長に言ったらダメな事くらいわかると思うんです。それなのに……。
まあ、私も年長のスタッフの言葉をネタとして彼女に話したのもわるいんですが……。
ほんと情けないですよね。もう大人なのに学生の気分でいるなんて。」
「いや……そんな事を言う院長も院長だな。だいたい耳に入っていても怒ってそんな事をしてはだめだ。ミーティングなんてやっても皆いい顔になるわけがない。」
院長はしくしくと嗚咽を漏らしているかりんの背中をそっと撫でた。
……まだ大人になりたてな感じだな。小さい事でよく悩む……。
けっこうオドオドしているように見えるが……実はしっかりしているそんな所か。
「はあ。なんか話したらすっきりしました。」
「辛かっただろうね。まあ、医院で何かあったら俺が藤林君を守ってあげるよ。院長直々に。」
そう冗談っぽく言って院長は笑った。その時、タイミングよくうどんが来た。
「わあ。おいしそうですね。」
感動しているかりんを見ながら院長は思った。
……少し緊張がほぐれてきたね……仮面をかぶってない君の素顔がみたい……。
「はあ、今度は……。」
アヤはうどん屋さんの前にいた。
時計で時間を確認。時間は九時をまわっている。
「YO☆」
「いきなり現れるのはやめなさいよね……。」
アヤは突然目の前に現れた少女を呆れた目で見つめる。
「あれ?驚かなかったYO☆」
少女は赤色ベースの袴を着ており、カラフルなニット帽をかぶっている。
髪は袴よりも暗めの赤色でニット帽に入りきらなかった髪が棘のように外に出ていた。そして奇妙な事に二等辺三角形をしているサングラスで目を隠していた。
顔つき、体つきは幼女だ。
人々は少女が見えていないらしく何事もなかったかのように通り過ぎる。
「高天原東を統括する思兼神、通称東のワイズ。そしてラップ好きは変わっていないと……。」
「なんだYO☆改まって……HEY!YO☆!」
アヤは呆れた目でYOYO言っているワイズを見るとため息をついた。
「……なんでもないわ。」
「態度がなってないYO!ご立腹だYO!……くちゅん!」
勝手に怒りはじめた思兼神、ワイズはタイミングよくくしゃみをした。
「寒いわね。」
「うう……雪が今夜も降るYO……。」
「で?要件は何よ?」
ワイズの機嫌がよくなったところでアヤは本題に入った。
「うーん。なんか西の剣王がうざいんだYO……。今回の件はこっちで処理するって言ってるのに邪魔してくるんだYO……。
めんどくさいんだYO……。ぶつぶつ。」
「で?」
「アヤは何をしているんだYO?剣王と一緒に動いているわけじゃないよNE?」
「剣王とは動いてないけど私は剣王の部下に色々頼まれててねぇ。」
「うう……色々先を越されているYO……。
いやね、今日いきなり鶴がきてNE……。」
ワイズが落ち込みながら言った言葉にアヤは反応した。
「鶴?なんか聞き覚えがあるような……。」
「あれ?アヤは鶴を知らないのかNA?鶴は神様の使いなんだYO!」
「神の使い……あ、あの男!」
「会った事あるのかNA?」
「一回うちの医院に来た男……あいつからは神とも人とも言えないそういう気配があった。あれは鶴……。」
「ふむ。まあよくわからないけど今回鶴は我らの味方になってくれるようだYO!油断はできないけどNE。
と、いうことでアヤもちょくちょくこっちを手伝ってくれるとうれしいNA☆。
この件は私が処理するんだYO!」
ワイズは楽しそうに指を前に出す。
「まあ、できるだけね。私にできる事ならば。
でもね、私はこの件からできれば離れたいの。
私は今回何にも関係ないのに高天原の方に動かされているだけだから。」
アヤの発言でワイズの顔が引き締まる。
「いやになる気持ちはわかるYO。目を背けたい気持ちもわかるYO。
じゃあ、アヤ、西の剣王の部下の動きだけ私に報告してくれればいいYO。」
「わかったわ。私が西に恨まれる事はないのよね?」
「アヤがどっちつかずで剣王の言われた事だけをやっていれば剣王は恨まないと思うYO。
もうお互い長く生きているからそういう……真ん中の子の気持ちはよくわかるから安心するんだYO。」
「そう。」
アヤが目を伏せた時にはもうワイズはそこにはいなかった。
「……良い事だったらいいのよ。高天原の東でも西でもどっちにも手を喜んで貸すわ……。だけど今回は……。」
アヤの声は風に乗り消えた。




