ビュー・オブ・デンティスト
「お願いだ。一緒に探してくれ。」
「え?」
「アヤがいれば心強い。」
「……。」
歯科衛生士と言う職業を知っているだろうか。
歯科医院で働く予防のプロフェッショナル達の事だ。
時には歯科医を助け、時には医院をクリアな環境に持っていく。
衛生士の専門学校を出て国家資格を見事取った藤林かりんはさっそく働く場所を決めた。
しかし、その歯科医院が自分に合わず、一年とたたない内にその歯科医院をやめてしまった。
このままではいけないという事でかりんは新たな歯科医院をタウンワークで探しだした。
名前はパールナイトデンタルクリニック。
名前のセンスはよくわからないが整形外科など色々な医療関係が集まるビルの中にある歯科医院だ。
かりんは今年で二十一歳になった。
身長は普通の女性と変わらないのだが顔が童顔なため、よく高校生に間違えられる。
ウエーブのかかった茶髪はつやつやで特に化粧はしていない。
上は毛糸で編まれているピンクのポンチョ、下は茶色の短パン、黒のレギンスを履いている。
十二月に入ったばっかりなので自分なりに暖かい恰好を模索してきた。
「ここだ。」
かりんは一つのビルの前で立ち止まった。
松竹梅ヶ丘の駅からほぼ一分といった駅近ビルで札には沢山の医療機関の名前が書いてある。
その中に書いてあった『2Fパールナイトデンタルクリニック』に目を向ける。
「二階か。」
かりんはビルの中に入り、病院の臭いがする廊下から階段を登り始めた。
……そういえば私、ここ来た事ないんだよね……。
電話だけで面接通るなんてなんかおかしいかも……。
かりんは面接のためにこのビルを訪れていない。
電話で院長らしき男の人が
「じゃ、月曜日からねー。」
と何も話していないのに勝手に決めたのだ。
……院長……どんな人なんだろう……。変な人かもしれない……。
その前に、職場に馴染めるかだよね……。うーん。
ぼうっと考えながらしばらくのんびり階段を登った。
階段を登りきり、ふうとため息をついた後、かりんはちらっと腕時計を見た。
「うわっ!時間やばい!」
思った以上に時間をかけて登っていたらしい。
かりんは慌てて階段登ってすぐのパールナイトデンタルクリニックのドアをこじ開けて中に入って行った。
「うおわっ!」
待合室で掃除機をかけていたスタッフの方が驚いた顔をこちらに向けた。
「あ、あの!私、藤林です!今日からお世話になります!」
かりんは息を弾ませながら自己紹介をした。
掃除機をかけていた黒髪短髪の童顔低身長の女の子が目をパチクリさせてかりんを見ていた。
「あ、あのさあ……。まだドア開いてないのにこじあけて入ってきたのか?」
「そ、そうですが……。」
「あのねぇ……スタッフ専用のドアが……向こうに……」
「え……。」
黒髪の女の子がやれやれとあきれた目を向けながら遠くにあるドアを指差す。
「ま、いいや。あっちがスタッフルームだからあっちで着替えて。」
黒髪の女の子は次に受付の横のカーテンのかかっている部分を指差した。
「あ、ありがとうございます。」
かりんは黒髪の女の子が指差した方目指して走り出した。
「ああ、それからうちは小烏丸っていうんだ。
今日からよろしく!衛生士やってるぜ。」
「あ、よろしくお願いします!」
かりんは変な苗字だと思ったがそれには触れずにぺこりと頭を下げた。
そのままカーテンを開けてスタッフルームの中に入る。
「な……なに……これ……。」
かりんは入った瞬間に言葉を失った。
長机と椅子とロッカーは普通だ。
だが、机や床にオモチャやお菓子が散乱している。
完全に自分の私物でスタッフルームはごっちゃごちゃだ。
テレビの横に積まれている恐怖DVDは誰の物なのか……。
「あら、おはよう。新しく入られた方?」
かりんが絶句していた時、隣からきれいな女の人の声がした。
かりんは咄嗟に声のした方を向く。
「あ、おはようございます。これからここで働きます、藤林です。」
かりんは丁寧にお辞儀をした後、話しかけてきた白衣の女性を観察する。
……きれいな人……
かりんが最初に思った感想はこれだった。
その女性は長身で大人びた体型をしている。
つまり、かりんとは違い、出ている所は出ているという事だ。
つやのある黒い長髪と切れ長の瞳が気品の良さを出している。
「わたしは、月夜紅。歯科医師をやっている。」
……すごい名前……きれいだけどなんだか漫画に出てきそう……歯科医師って言ってるけど院長じゃなさそうね……。
月夜先生はごちゃごちゃなスタッフルームの椅子に腰かけると優雅な手つきでティーセットを用意し、紅茶を飲み始めた。
「あ、あの……私のロッカーは……。」
「そこ。」
月夜先生はしなやかな指で一つのロッカーを指差す。
かりんは指定されたロッカーを開けた。
なんだかよくわからないキャラクターのシールがいっぱい張られている中、かかっていた白衣をハンガーからはずす。
かりんは白衣に袖を通した。
……なんか緊張してきた。再就職だけどやっていけるかなあ……
白衣を着ると気持ちも引き締まる。
ドキドキと不安を抱えながらとりあえず近くにあった椅子に座った。
月夜先生は紅茶を飲み終わったようで今は歯を磨いている。
「おはよう!」
「おっはよー☆」
また違う女の人の声がした。今回は二人だ。
「あら、おはよう。レーヴァンテインさんと干将さん。」
月夜先生は丁寧にあいさつをした。
二人の女性は先ほど会った黒髪短髪の小烏丸さんとたいして身長は変わらず、顔も童顔だ。
一人は金色の短髪で毛先が少しはねている。
もう一人は茶髪の長い髪をポニーテールにしていた。
どうやら金髪の方がレーヴァンテインさんでもう一人の茶髪の人が干将さんらしい。ふたりとも凄い苗字だ。
レーヴァンテインさんは外国の方なのだろうか……。
「あの、レーヴァンテインさんは海外の方ですか?」
かりんは恐る恐る金髪の女の子に話を振った。
「え?違うよー☆あたし達は三人でひっとりー☆」
「……?」
「ああ、そうねぇ。姉妹みたいなものでいいわ。」
隣にいた茶髪の女の子、干将さんがあからさまに困った顔をした。
かりんは三人と聞いて月夜先生に目を向ける。
「違う。わたしは無関係。現在待合室で掃除機をかけている小烏丸さんの事。」
「小烏丸さん、レーヴァンテインさん、干将さんが姉妹という事ですか?」
「えー?姉妹?」
「姉妹でいいの。ええ、そうよ。」
レーヴァンテインさんはむくれているが干将さんははっきりと言い切った。
……なんかありそうだけどあんまり介入しない方がいいかな?
「ま、いいや☆あたしは衛生士やってるよー☆」
「私も衛生士よ。よろしくね。」
「……は、はい。」
レーヴァンテインさんと干将さんはかりんの手をとると微笑んだ。
「ああ、そうだわ。診療始まる前に恐怖の館レボリューション観ないと……。」
干将さんはハードディスクに子供には見せられないパッケージのDVDを入れると熱心に見始めた。
テレビではナタを持った血みどろの男性と口が裂けた女がケラケラと笑っている。
かりんは思わず目を伏せた。
……朝から気分悪くなった……
先程からレーヴァンテインさんはクマのぬいぐるみで遊んでいる。
なんか……保育園みたいな環境になった。
月夜先生だけがその雰囲気を丸無視して一人優雅に読書をしている。
かりんの居場所は早くもなくなりそうだった。
しばらくオロオロと椅子に座っていたかりんにまたも声がかかった。
「あら、あなた、新人?」
「え?は、はい。」
かりんは声の聞こえた方を向いた。
ミルクチョコレートのような髪をショートカットにしている高校生くらいの女の子がカーテンから顔を出していた。
「そう、私はアヤ。バイトで歯科助手やってるの。よろしくね。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
アヤと名乗った女の子はピンクのセーターに赤いカーディガンを羽織り、下はジーパンだった。
プライベートの時と仕事の時の服はまるっきり違うに違いない。
彼女はもっとおしゃれだ。
……たぶん。
アヤさんは名前だけ名乗るとさっさと自分のロッカーから白衣を取り出し、着込みだした。
……やっぱり学生っぽいなあ……。
今日平日だけど学校大丈夫なのかな?冬休みってまだ早いし……。
気にはなったが何も聞けなかった。
話そうとしても何を話したらいいかわからなかったのでかりんは黙って座っていた。