母上の為(ハハウェイ)
劉備軍の軍師として活躍する徐庶の元に、母からの手紙が届いた。
”帝に尽くしなさい”
恐らくは偽書であろう、帝を擁する曹操の陣営の策略であろう。そう思いつつも徐庶は従った。
なぜならば従わなければ次は、母が囚われの身となるかもしれないからだ。
劉備軍の面々に涙ながらに別れを告げ、帝都に身をよせる。故郷の母の身を案じての、まさに不本意な転身であった。
都で暮らすしばらくの後、徐庶の苦渋の決断が美談として、周囲でささやかれ始めた。
徐庶は思った。我が母がこの噂を聞けば、きっと自死を選ぶ。うまく言えないが、そういう母なのだ。
早馬で懐かしの故郷へ、母の元へと急ごうか……いや、間に合うまい。到着した俺が目にするのは恐らく母のむくろだろう。
徐庶は一計を案じ、繁華街で騒ぎ立てる。
「おっぱいおっぱい、程昱よ、おっぱいはまだか? 程昱よ、俺は魏に来たぞ。約束のおっぱいはまだか?」
群衆は困惑した。
ここに来たのは母の為ではないのか? まったく見下げ果てた奴だ。
群衆が騒ぎ立てる。
「ハハでなく、チチはチチでもチチの為。とんだ孝行息子だ」
風の噂と言うように、噂が風の速さでも、悪い噂は別格だ。
当然、母の耳に届いたのは醜聞が先。おかげで母は死なずに済んだ。
その恥ずかしさのあまり死にたくなったか、息子を殺したくなったかは、また別の話……。
その後の徐庶は曹陣営では活躍しなかった。別れた友のためである。
一説では外交下手を演じ、後に武帝と呼ばれる曹操をもってして「戦争なんて言葉は使いたくない」と言わしめたとか、しないとか。