ソイップ村
村の名前はソイップ村というらしい。本当に小さな村でみずぼらしい。しかもほとんど来客に来るものがいないようで宿屋も一つしかない。
俺がこの村に着くと、それはもう久しぶりの外の人間だって言って手厚く歓迎を受けた。もうお祭り騒ぎと言ってもいいくらいだ。
そしてこの村に来て何より驚いたことは、子供たちが封印の首輪をしていなかったことだ。気になって村人に一人に聞いてみると、どうやらこの村の人たちは誰一人魔力を持っていないらしい。そして魔力がない者同士で子供を産めば、子供も突然変異でもない限り、魔力を持って生まれてこない。故に封印の首輪をしていないんだとか。
俺はしばらく村の人たちと話をして、どうやら俺の噂が流れているんではないかという懸念は杞憂に終わったようだと確信した。少なくとも今はまだ、だけどな。
とりあえず宿に行くよりも最初にしなければならないこと。それは換金だ。
今持っている動物の毛皮やらを売ったとして、どれくらいの金になるか分からないが、これを売らなければ俺には金が無い。一文無しだ。これでは宿で休むことも、上手い飯を食うこともできない。
と、いうわけでやって来ました。村長の家に!
どうして、と言われれば単純なことだ。それは動物の毛皮などを買ってくれる店が存在しなかったからだ。この村の住人に、じゃあどこに売ればいいと聞いたところ、村長の家にでも行けと言われたのだ。
この村では比較的広い方な家のドアをノックする。数度のノックでドアは開いた。
「……いったい何だね……っと、あんたかい」
中から現れたのは、白髪が目立つ好々爺然とした60歳を過ぎているだろう男性だった。この村にやってきた時に挨拶は済ませている。
「すまない村長。少しいいか?」
「ああ、構わないとも。……立ち話もなんだし、うちに入りな。茶でも出すよ」
「なら、お邪魔しよう」
この村の村長、であるはずだが、家の中は華美なものはなかった。だがこの村を見ていただけに驚きはしなかったが。
俺の偏見だが、THE老人宅にあるような四角い正方形の木製の机を囲んだこれまた木製の椅子に座った。奥ではキッチンでおそらく同年代の奥さんであろう優しそうな女性がお茶を爺さんに頼まれて作っていた。
「……古臭い家だろう?」
「まあ歴史を感じる家ではあるな」
「ほっほっほ。確かにこの村で一番最初にできた家であるからな。歴史はあるの」
「この村はいつからあるんだ?」
「……だいたい二百年くらい前かの」
「へぇ……」
二百年……。随分と昔からあるんだな。しかし……、そんな歴史ある村がどうしてこうもみずぼらしいんだ? もう少しくらい活気があってもいいだろう。
「……何もないんだよ、この村には……」
俺の表情を見て俺が何を思ったのか理解したのだろう。俺が口にせずとも教えてくれた。
「……何もない?」
「……そう。特産品が無ければ話題になるようなものもない。だから人も来ない。……たぶんこの村を知っているのはほんの数人だろうて」
「……だから、あんたが村にやってきた時は村人みんなが嬉しかったのさ……ほらお茶だ、お飲み。あんまりおいしくないけどね」
ハハッと笑っておばあさんは俺と爺さんの前にお茶を置いた。俺は「ありがとう」と礼を言うと一口飲んでみる。
たしかにおいしくはないが、苦みがあってこれはこれで俺は好きだな。
「……で、どうしてうちに来たんだい?」
「おお、そうじゃった……。なにか用があったのだろう?」
「ああそれなんだが──」
俺は二人の前に、ここへ来る前に狩ってきた動物の皮──ウサギ、鳥、鹿を置いた。
「この皮を買ってくれないか?」
「……ほう、狩猟が出来るのかね?」
「まあな……で?」
「ふむ……。獣の皮は衣服になるからの……。特に鹿は珍しい……」
獣の皮の相場なんて知らない。まあこれくらいなら、マルト銀貨5枚ってところではなかろうか。
それぞれ国によって使う貨幣は違っていて、マルトラス王国では基本、マルト銅貨、マルト銀貨、マルト金貨が使用されていて、マルト銅貨10枚でマルト銀貨1枚、マルト銀貨10枚でマルト金貨1枚だ。相場で言えば、パン一つ買うにはマルト銅貨一枚が必要だ。
爺さんは俺の前に、マルト金貨3枚を置いた。
ふむ。3枚か。ふーん……って、はあぁ!?
「マルト金貨三枚って……爺さん、頭……」
「誰もボケとらんわっ!」
「いやそれにしたって、マルト金貨三枚は……」
「……おまえさん、毛皮がどれくらいで売れるか知らんじゃろう……」
「まあ、知らないが……」
「毛皮っちゅうのは結構高く売れるんじゃ。例えば、このウサギの毛皮、品質も良いようだしこれだけでマルト銀貨5枚は硬いの」
「ま、マジ!?」
「……お、おう。マジじゃ」
爺さんの言葉に思わず、驚いたように聞き返してしまった。
そういえば、地球でも動物の毛皮とかって高く売れていたような気がしないでもないな。それにしたって、ウサギだけでマルト銀貨5枚か。高いな。
「それから、この鳥。これもマルト銀貨5枚くらいじゃな。……だが、この鹿。これでマルト金貨二枚の価値はある」
「……マジかよ」
「……あと、宿と飯も無料でつけよう」
爺さんの言葉に唖然とする。
金貨三枚に宿と飯がサービス。最高かよ!
ひゃっほーい、と内心で盛大に喜ぶが、しかし表には出さないでおく。
「……といっても飯は婆さんが作る飯だがの」
「……いや、全然かまわない。感謝する」
「ほっほっ。まあ礼も込めてな」
「……礼?」
「……言ったじゃろ? 人が来ないって。あんたが久しぶりの来訪者じゃ。まあ一応商人も来るんだが、その商人もこの村出身だからのぉ」
まあさすがに、商人も来ないんじゃあ困るよな。生活に必要なものも自分たちでどこかの街に買いに行かなくてはならないし。だが商人が来てくれて、しかもこの村出身なのなら欲しいものなどを気軽に言える。で、次来るときに持って来てもらえばいい。
だが、それだけだと、
「……生活、苦しくないか? 金だってあんまりないだろう」
「……まあのぉ。現にこの村から出て生活している者も少なくない。儂の息子もそうだしな」
「いいのか……? マルト金貨三枚も」
「あぁ、それは構わんよ。実際それくらいの価値があるんだしの。この毛皮は次来る商人に高く売りつけるさ。この村には衣服を作成できるものもおらんしの」
「……そうか」
なら遠慮なくもらっておこう。たぶんこの村の住人はそうやって生きてきたのだろう。狩猟したり、薬草を採取してきたりして、いらないところ、例えば毛皮などを商人に売りつける。そのようにしてきたんだ。それがこの村にとっての当たり前。で、嫌気がさしたものは出ていく。
なんとも奇妙な村だ。下手したら死者だって出ても可笑しくない。
それなのに、今目の前にいる爺さんと料理を作っている婆さん、この二人は一切悲しそうな表情は見せず、むしろ楽しそうにすら見える。
本当に不思議な村だ。
たぶん、俺がこうして国から追われる身とならなければ彼らのような人とは関わり合いにならなかっただろう。魔力が俺にもしあったら、国から追われる身にもならなかった。そしたら俺はセントラル家の領地で、このような村があるなどと露ほども思わず過ごしていたであろう。
何とも皮肉なものだ。このような身になって初めてこんな村があることを知るとは。俺もまだまだ世間知らずということだったのかね。
俺は婆さんが料理を作っている後ろ姿を見ながら、爺さんと他愛もない会話を楽しんだ。




