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コンビニ前の妄想狂い


 夏のある日。少女は降りしきる雨の中、一人水を跳ねさせ駆けていた。

 黒々とした空は収まる気配すら感じさせず、なおも雨足を強くしていくばかり。

 だが傘を忘れた上、家族による迎えも期待できぬ少女は、そんな中を濡れつつ帰るという選択しかできなかった。


 とはいえ懸命に走るも、大粒の雨が強くコンクリートを叩き、跳ねる滴はスカートの裾を盛大に汚す。

 仕方なしに家路の途中へ在るコンビニへ立ち寄った少女は、店舗の庇へと身体を滑り込ませ、水を吸い重くなった服に溜息をつく。



「もう、急に雨が強くなるんだから。お母さんも迎えに来れないって言うし」



 コンビニの庇の下へ立ち、少女は濡れたスカートの裾を摘まむ。

 その重みにゲンナリとしながら、握って軽く絞ると、嫌になるほどの水がしたたり落ちていく。


 帰宅する頃の降水確率が100%であるというのに、傘を忘れた不覚は自業自得。

 母親へ要請した迎えは不発に終わり、少女は雨だからと車を使い出勤した父へ、小さく呪いめいた悪態を口にしていた。

 ただ意気消沈するのはそれだけが原因ではなく、夏場であるが故の薄着も理由の一つ。



「おまけに濡れて下着が……」



 冷房も無い教室。そこで行われる高湿度下の授業。

 それによって脱ぐのを余儀なくされた肌着は無くなり、今度は雨に濡れたことで下着が一部服の上からも露わとなってしまう。

 少女は公衆の面前でそのような格好となったことに頬を染め、誰も見ていないであろうかと周囲を見回す。


 ただ不運にと言っていいのか、同じような境遇にある者は他にも居たようだ。

 すぐ隣へ同じく雨から逃げてきた男子生徒が立ち、目を見開いて少女を凝視していた。



「君も雨宿り?」


「は、はい。その……、傘を忘れちゃって」


「実はオレも。朝から雨が降るって言ってたのにさ」



 同じ学校の制服。タイの色からして、男子生徒は先輩。

 なので偶然居合わせたのに加え、この大雨を傘も差さず走っていたことの気まずさから、声をかけて来たのかもしれない。



「あとちょっとで家なんだけどね。我慢できなくてさ」


「そ、そうなんです……、か」


「ほんとほんと。あと少し、すぐに着く距離なんだけど……」



 一見してただの世間話。話しかけるも内容に窮した少年が、咄嗟に頭へ浮かんだ内容を口にしただけ。

 相応に大人の女性から見れば、つい話しかけてしまった不覚に焦りを覚えつつ、少年が無理やり言葉を捻り出している様子に気付けたのかもしれない。

 しかし少女は素直にそうと受け取ることができなかったようだ。

 持ち前の人より豊かに過ぎる想像力が働き、少々と言わず根拠のない妄想が頭をよぎる。



「(この先輩、なんで私にそんな話を? ……まさか、雨宿りを口実に家に引っ張り込む気なんじゃ!?)」



 学友たちからも、"妄想過剰"とのお墨付きを頂戴している少女だ。

 自身の晒している格好と、男子生徒のたどたどしい言葉。その二つを無理やりに噛み合わせた結果辿り着いたのは、少年が自身を狙っているというものであった。

 無論人を説得できるほどの根拠ではない。



「(ありえる、ありえるわ。彼氏持ちは言ってるじゃない、男はすぐに"ヤリ"たがるって。雨に濡れたか弱い女が居れば、連れ込んで不埒な行為に及ぼうとするに違いない!)」



 男子生徒そのものは純朴そうに見えるのだが、今この時に至っては外見を考慮に入れる余裕が少女にはなかった。

 こうなると男子生徒の動きや仕草、その全てが少女にとってイヤラシイ物へと見えてしまう。



「(あの目……、私の身体を品定めしているのね。それに頬を掻いてる指の動きは、きっと私を責め立てる暗示。しかも鞄を身体の前で持ってる、きっと"アソコ"が目立つのを隠しているのよ!)」



 実際には品定めなどではなく、ただ視線のやり場に困っているだけ。

 頬を掻いているのも、雨に濡れたことで痒みをもよおしただけで、鞄を持つ位置などはただの偶然。

 しかし少女にはそのようにしか考えられず、目に見えてわかるほどの警戒感を露わとしていた。


 そんな様子に男子生徒が困惑していると、コンビニへ傘を持った一人の少女が近づいてくる。

 彼女は濡れた男子生徒に声を掛けると、自身が濡れるのも厭わず腕を組み、一つの傘へ入り去ってしまったのだ。

 おそらくは交際相手。



「な……、なによ。彼女が居るのに私を狙ったの!?」



 腕を組み去っていく少年へと、悪態を吐く少女。

 何の根拠もない推測ではあるが、それは少女にとって憤慨に足る理由であり、腕を組み怒りを露わとしていた。



 とはいえ冷えた身体によってか、その怒りと妄想はすぐさま収まっていく。

 再び降りしきる雨を眺め、帰路に着く手段を模索していると、次いでコンビニの庇へ飛び込んできたのは中年の男であった。


 着るスーツを激しく濡らし、跳ねた泥に顔を顰める男。

 彼は付いた泥を軽く手で払って深く溜息つくと、汗とも雨ともつかぬ水滴をハンカチで拭い、すっかり薄さの目立つ頭を少女へ向けた。



「ど、どうも……」


「ごめんねお嬢ちゃん、少しの間だけお邪魔するよ」



 油によってかテカる頭の下にある、柔和そうな笑み。

 それと共に発せられる人懐っこい挨拶の言葉に、少女は自身の父親ほどの年齢であろう男に、ほんの少しだけ警戒感を緩める。

 しかし直後、少女は男が持つハンカチが妙であることに気付く。



「(あのハンカチ、どう見ても男物じゃないのよね。私くらいの女の子が使うようなデザイン……、まさか!)」



 またもや突拍子もない思考へと至り、密かに愕然とする。

 可愛らしくも少しだけ背伸びした大人の気配漂うハンカチを、小太りで毛の薄い中年男性が所持している。

 ミスマッチにも見えるそこから導き出される答えに、少女は再び警戒感を滲ませていった。



「(まさか私くらいの子が使ってる物を奪った!? 十分に考えられるわ、大人の男があんなのを好き好んで持つはずがないもの。きっとそうよ)」



 なにやら無礼な想像が思考を駆け巡り、少女は鞄を盾代わりとし構える。

 一方で男の方は態度を硬化させた少女に対し、訝しげに首を傾げていた。



「(きっとどこかに黒いハイ○ースが停まっていて、気を許した隙に引っ張り込まれるのよ! そして恐怖で抵抗の出来なくなった私へ、あの脂ぎった手を伸ばし思うがままに蹂躙するのね。……つまりそう、きっとこの人は巷で噂の種付けおじさん!)」



 いったいどこで得た知識なのか、普通少女の口からは発されないであろう単語。

 それが確定的なものであると思えてならず、少女は咄嗟に半歩後ずさる。


 しかし実際のところ中年の男には娘が居り、この日はたまたま間違えてハンカチを持って来ただけ。

 後で娘にバレて癇癪を起されるとはいえ、少女がするような無礼千万な想像はまるで見当はずれであった。

 なので少女のする反応は、全国に居る同世代のお父さんたちに対し酷く失礼なだけの態度。


 そんな少女の様子に困惑するおじさんであったが、彼もまたすぐさま解放される。

 コンビニの駐車場へ入ってきた車から出てきた、清楚さ漂う女性が迎えに来たからだ。



「あ、あんなに綺麗な奥さんが居るってのに……。余程楽しいのね、種付け稼業」



 車へ乗り去っていくおじさんを見送る少女は、奥さんの見た目に警戒感を霧散させつつも、最後に無礼な言葉を送る。



 車の姿が見えなくなったところで、自身の身体が酷く冷えてしまったのに気付いた少女は、小さくクシャミをする。

 そこで意を決しコンビニの中へ。

 少ない小遣いには痛手だが、このまま風邪をひいてしまうよりはマシと、傘を買う事にしたためだ。


 ただ残念ながら傘は売り切れで、仕方なしにフェイスタオル一枚と、温かなコーヒーを買い再び外へ。

 夏場であるため店内は冷房が効いており、今の少女には少々寒すぎたが故だった。

 しかし外へと出た少女は、そこへ先ほどまでは居なかった客の姿を視界に捉える。



「あー、カワイイ。チワワだー」



 そこへ居たのは車止めのポールに繋がれ、雨に濡れぬよう庇の下で座る小型犬。

 おそらく飼い主は店内で買い物中であろう、大人しく待つその犬は小さく舌を出し、ヘッヘッヘと少女へ愛想を振り撒いていた。



「よしよし、カワイイやつめ。でもゴメンね、今はあげられそうな物を持ってないのよ」



 流石にコーヒーを与える訳にはいかず、少女は代わりとばかりに身体を撫でてやる。

 すると犬は嬉しそうに身体をよじり転がると、もっと撫でて欲しいとばかりに腹を上へ向けた。



「あら、お前男の子なんだ。こんな格好をしちゃって恥ずかしく……、ハッ!」



 腹を向けた小型犬がオスであると知り、少女はクスクスと笑みを溢す。

 だが犬の下腹部へついたそれを見るなり、再び少女の脳内には無駄な想像が巡るのであった。



「(こんなに小さな犬でも、本当は獲物を捕食する本能に満ち満ちているに違いないわ。そして獲物はたぶん私、だってオスだもの。バターとか使っちゃう動画も見たことあるし!)」



 ネットの海は広大なり。情報が無数に氾濫しているのも考え物か。

 そんなだだっ広い大海から吊り上げた動画の中には、少女の年齢で見ることが到底推奨されぬような、とても特殊と言える性癖に属す物が含まれていた。

 愛犬と……、つまりそうこうするような内容の動画を間違えて開いてしまった少女は、数日の間を悪夢にうなされる破目となったのであった。



「(つぶらな瞳、すごくカワイイ。でもその奥に宿る獣性を私は見逃さない、これは敵を欺くための高度な罠。どーする私、どーするア○フル)」



 腹を向けたまま、黒く潤んだ瞳で見上げてくるチワワ。

 それに対し少女は、同じくネットの大海で犬動画を漁っている時に見つけた、古いCMのワンフレーズを用い自問した。

 きっと理由はチワワであるためだ。


 とはいえ相手は小さな犬、取るに足らぬ相手と侮っていた少女であったが、戦い(かわいがり)の時間は終わりを迎える。

 単純に買い物を終えた飼い主が、コンビニから出てきたためだ。

 会釈をした飼い主はそのチワワを抱き抱えると、傘を差し帰路に着いてしまった。



「フッ。私は獣に身を委ねるほど、お安い女じゃないのよ。……また会いましょう」



 もう少しだけ撫でまわしたい欲求を感じつつ、大人しく見送る少女。

 せめて抱っこだけして体温を感じたかったなどとは思うも、今となってはそれも叶わず、惜しいことをしたと悔やむ。



 ただそうしていると、またもや違う相手が庇の下へ飛び込んできた。

 次に来たのは一人の少女。自身と同じ制服、同じタイの色をしたその相手に、少女は見覚えがあった。



「あなたも雨宿り?」


「う、うん。傘を忘れちゃって、走ってみたんだけど雨が酷くなっちゃったから」



 自身とまったく同じ理由を口にするその相手に、少女は安堵の息を漏らす。

 次にこの場へ逃げ込んできたのは、少女のクラスメイトであった。普段は特別話したりはしないものの、時折係の用事などでやり取りをする相手。

 しかし決して嫌いではなく、少女にとってノンビリとした空気を纏うこの娘は、むしろ好ましいと思うほどであった。


 しかしやはりというか何というか、ただ偶然級友に出くわしたと捉える程、少女の思考は常人並の回路を構築してはいなかったのだ。



「(彼女、確か私よりも先に帰ってたはずよね。どうして後から……?)」



 ここまでに学校の先輩、見知らぬおじさん、そして犬と対峙してきただけに、相応の時間は経過している。

 なのに一足先に帰ったはずな少女が、後から遅れてくることに疑問を覚えてしまう。この娘が部活をしていないという事実も、疑念に拍車をかけたのだろう。


 もっとも実際には、娘が学校を出る直前に教師から用事を頼まれただけなのだが、少女にはそのようなことへ想像が及ぶはずもない。

 なにせ脳内を駆け巡る妄想力は勢いを増しつつあり、あらぬ方向へと切った舵は固定されてしまったのだから。



「(まさかこの子、私に好意を? それもクラスメイトに対するそれじゃない、もっとガチなやつ!)」



 そういった内容の漫画を密かに愛読する少女には、これこそ自然な思考であった。

 女子校の中で偶然出会ったお姉さまと御機嫌よう。タイが曲がっていてよ、身嗜みはしっかりなさい。そんな光景に彩られた百合畑の世界だ。

 一瞬そんな淡い空想に浸る少女であったが、すぐさま好きなのはあくまでも創作上の百合であり、自身は至ってノーマルであることを思い出す。


 そして自身がした想像を必死に振り払おうとするのだが、向かい合う娘が頬を染め発した一言は、想像を確信へ変える一助となってしまうのであった。



「服、かなり濡れてるけど大丈夫?」


「ああ、これくらいなら。ちょっとだけ恥ずかしいけど」


「そうなんだ。……ならいいんだけど」



 恥ずかしそうに発せられるその言葉に、妙な感覚を覚える。

 そしてチラリ、チラリと向けられる視線は、先ほどまでの男たちが向けるそれより高い頻度。

 加えて相手の少女が、自身のカーディガンを貸そうかと言ってきたところで、妄想はなおもねじ曲がってしまうのだった。



「(なるほどなるほど、貴女の狙いはわかったわ。これを切欠に仲良くなっておいて、いずれ放課後の教室で美味しくいただいちゃおうって魂胆ね! もしくは保健室か体育倉庫で)」



 雨の中で女の子同士の濃密な接触。それも悪くはないかもと密かに想いつつ、少女は警戒感を表へ出す。

 当然これは少女の妄想が極限に極まった結果であり、相手にそういった趣味は一切存在しないが、そういう冷静な発想が介在する余地などない。

 ただ少女の発する警戒感を察したのか、服を貸そうとするも諦めた娘がした態度も、また妄想を助長させていく。



「(案外アッサリ引いたわね……。もしかしてお楽しみは後日に取っておこうということ? となると想像以上の手練れに違いないわ。この様子だと過去にも毒牙にかかった子が居るはず、きっと手練手管を駆使し百合の園へ導いたのね。大人しそうなのに、人は見かけによらない。なんて恐ろしい子!)」



 などという、仮に声に出してしまえば周囲をドン引きさせるのが確実な想像を膨らましていく。

 ただそんなどこかノリノリでされる妄想は、またもや乱入者によって阻害される。

 他校の制服を着た男子生徒が、傘を持って相手の娘を迎えに来たからだ。

 その男子と共に傘を差し帰っていく背を、ボンヤリと眺めつつ少女は脱力し呟いた。



「か、彼氏持ちだったなんて……。男も女も弄ぶ、これが魔性の女ってやつなのね」



 彼氏という存在が現れても、なお勘違いを崩さぬ少女。

 ここまでくると一種の才能にも思えるが、今のところ活用方法は無さそうであった。



 さて。

 先輩におじさん、犬とクラスメイトが去ったことによって、周囲からは人の気配が失せてしまう。

 それとなくガラス越しにコンビニを覗いてみても、他に客はおらず店員が商品のチェックをしているだけ。

 流石にこの状況では少女の妄想も迸ること叶わず、冷めきったコーヒーを一口飲む少女は、どうしたものかと雨の降り続く空を見上げていた。


 しかしそんな姿が、人によっては物憂げに見えてしまうらしい。

 コンビニの扉が開いたかと思うと、一人の青年が声をかけてくる。



「あの、よろしければ中で雨宿りをしませんか」


「でも濡れてしまったせいで、お店の中は私には少し寒くて……」


「控室でしたらそこまでではありませんよ。それに買ってくれた小さなタオルでは足りませんよね」



 柔和な笑みを浮かべ出てきたのはコンビニの店員。

 さきほど少女がフェイスタオルとコーヒーを買った時、レジの向こうへと立っていた相手だ。


 温厚そうな青年の姿に少女は僅かに安堵し、折角のご厚意に甘えようかと考える。

 だが懲りることなき少女の妄想癖は、何処であろうと誰であろうと、発動の場を選ぶことはなかったのだ。



「(待って、いくら他にお客が居ないからって、こんなお金も持って無さそうな学生にここまで親切にする? さてはなにか魂胆があるんじゃ)」



 コンビニにとって、学生はお客ではあるが時に厄介な存在でもあると聞く。

 店の軒先で集まって騒ぐのに、払っていく額は微々たるもの。故に迷惑な学生へ辟易している者も多いとは、つい先日親戚のお姉さんから聞いた話であった。

 なのに控室にまで招き入れ、雨が止むまで居てもいいという誘いは、少女にとって疑うに足る言葉。



「(まさか、まさかこれは罠!? 店に入ったが最後、あらぬ万引きの疑いをかけられたり)」



 動悸を早め、ガラス越しで僅かに見えるバックヤードに視線をやる。

 あの場所へと連れ込まれたが最後、引き返すことなど出来ないという想像が、少女の興奮を高めていった。



「(しかも学校や警察に黙っていて欲しければ、言うことを聞けなんて強要を……。きっとそうよ、私は客の居ない静まりかえった店の奥で、口元を押さえられ助けも呼べぬまま蹂躙されてしまうのね。こないだそういう漫画を読んだから間違いないわ!)」



 やはり普段目にする情報を、少々選び直した方が良いのではないか。

 そのように思えてならない空想が巡り、少女の息は徐々に荒らんでいき、目の前へ立つ青年を酷く心配させる。



「あの、風邪を引いてしまったんじゃ……。これ以上身体が冷えない内に、早く中へ入ってください」


「そんな、お気になさらず(なんて白々しくて強引な(おとこ)なの! ここまでして私の身体を求めるだなんて、とんでもない獣性だわ。獣臭さが浸み付いてむせそう)」


「でも熱があるのか凄く顔が赤いですよ。ご家族に連絡は……」


「本当に、本当に大丈夫ですから(家族の連絡先まで知りたがるなんて、ママの貞操がピンチよ! 最初くらいは一対一がいいわ、初回から親子丼はちょっと……)」


「せめて病院へ行きましょう。すぐに車を出してきますから」


「く、車!?(車に連れ込むだなんて。まさか、まさかハイ○ースされちゃうの?)」



 実際に冷え切った身体のせいで、少女は次第に風邪を引きつつあった。

 そんな少女の思考の中においては、メーカーの人に平謝りした方がいいレベルでハイ○ースは動詞化しており、焦燥を掻き立てる。


 だがここに至っては、自身についてよりも遂に家族のことが勝った。

 小さく俯き、風邪からくる熱によってか震える少女は、遂に声を大にするのであった。



「――せる」


「え?」


「ママは私が護ってみせるうううぅぅぅぅ!!」



 そう言って青年を振り払い、いまだ降りしきる雨の中へ駆け出す。

 悲鳴とも罵倒ともつかぬ声を上げ走る少女の姿を、コンビニ店員の青年は唖然とし見送るばかり。


 実のところ、彼は決して邪な気持ちなど抱えてはおらず、ただ少女を心配していただけ。

 時折立ち寄っては無言で文房具を買い帰っていく少女に対し、内へ淡い想いを抱えており、この日遂に勇気を振り絞って声を掛けたに過ぎなかったのだ。



「マ、……ママ?」



 そんな青年とはいえ少女の心中など測り知れようはずもなく、聞こえた言葉を反芻し首を傾げる。

 哀れ妄想と誤解の餌食となった青年は、再びここで少女と出会う機会を失ったのであった。


 そして雨の中辿り着いた少女は、案の定強烈に風邪を引き、数日もの時間をうなされ過ごす破目となったのだ。



衝動に駆られて書いた。

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