第三話 異世界のリザードマン達
俺とライラはリザードマンの村……と、言うか集落に案内された。
ライラはリザードマンの言葉が分からない様子だし、ライラの言葉はリザードマン達にも解らない様子だった。
では、なぜ俺は言葉が解るのか?
可能性としては、転移特典というやつだ。
異世界転移小説や異世界転生小説。
こう言う場合は、異世界に来たら特別な力を手に入れた。と、言うのがよく聞く。
たとえば、強力無比な魔法や珍しい魔法が使える。
もしくは高い身体能力を有している。はたまた、珍しい能力を持っている。と、いうやつだ。そう言った能力や別世界の知識を使って、チートでものすごく成り上がる。と、言うのがよく聞く話だ。
俗に言う、俺TUEEEEEEと言う奴だろう。
とは言え、俺は身体能力も普通で魔法なんて、どうやって使うの? と、言う状況だったが……。なるほど、言語を理解する能力に長けている様子だ。
とは言え、それでどうしろと言うんだ? と、言うのが本音だ。
いや、平和の一歩は話し合いだけれどさ。
そう思いながら、リザードマンの集落を見る。住んでいる場所は沼地だった。どろりと濁ってはいるが水があり、魚も泳いでいるのだろう。数名のリザードマンが魚を蔦を使って作ったと思われる網を使い魚を捕っている。
有る者は、魚を干物にしておりあるものは子供たちに勉強を教えている。
見たところ、あまり人数は多くない様子だ。
「あの、失礼ですけれど……。この集落にはあなた方のお仲間は何名、居るんですか?」
「全員で、十五名だ。
遠くに狩りへと向かっている者が五名。魚を捕っているものが二名。子供に知識を教えているものが一名。そして子供が三名だ」
そして、今、俺たちを案内したのが三名。……となると、
「それ、あと二人足りませんよね」
簡単な計算なのでそのぐらいは解る。
「……長老がいる。だが、病に倒れておりその長老を見ている医者がいる」
「なるほど」
その言葉に納得していると、
「これは、ユキノ様」
と、子供たちに知識を教えていたと思われるリザードマンが近づいて来る。
あいにくと、蜥蜴の性別やら年齢に詳しいわけではない。が、ユキノと呼ばれたリーダー格に比べるとなんとなく鱗がくすんでおり、年を取っている。と、言う印象を与える。対して、そのそばにいる三人のリザードマンたちは俺の腰ぐらいしかない。
心なしか鱗が柔らかそうな印象を感じさせる。
「……美味しそう」
「……ライラ。黙っていてくれ」
ライラの言葉に俺はそう呟いた。いくら、言葉が通じないからと言ってその言葉はいろいろと摩擦が生まれそうだぞ。
俺の言葉に怪訝な顔をするユキノ達。
俺の言葉しか解らない様子だ。俺は言葉を使い分けている自覚もないのだが……。
ある意味、不便かも知れない。と、思っていると、
「なんと、この方は……もしや」
と、年配のリザードマンが声を上げる。
「ああ。予見者。
お前が言っていた長……父を助ける術を見つけ出す事が出来る可能性を持つ者だ」
「は?」
長老、父……助ける。
いろいろと、聞き逃せない言葉があった。
なんだか、俺は随分と期待されているらしい。
「なあ。話が見えないんだけれど」
と、俺が言えば、
「話。見る? 言葉、見えないよ」
と、ライラが言う。
「ライラ。後で、説明してやるから少しの間、黙っていてくれ」
と、俺は疲れたように言う。
悪気は無いのだろうが……。気が脱ける発言をしないで欲しい。
「ああ。説明する。ついて来てくれ」
「アキノ、シキノ、ハナノ。三人は、漁の手伝いをしておきなさい」
と、予見者と呼ばれた人物が子供たちにそう言うと、子供たちは頷き漁をしている面々の方へと向かった。
案内されたのは小屋と言うか、廃屋と言うか……前に教科書で見た縄文時代の家みたいな建物の中で、比較的豪華な印象を与える建物だった。
「長老」
と、ユキノが入れば、
「これは、これはお嬢様」
と、別のリザードマンが近づいて来た。
「……お嬢様?」
「そうだ。ユキノ嬢は長老の一人娘なのだ」
「女だったのか」
ユキノの取り巻きと思われる一人が断言したので、俺は思わずそう叫んでしまった。
「何が?」
と、言葉が通じないライラが聞き返す。
「後で説明するから、とりあえず黙っていてくれ」
と、ライラに言えば何とも言えない視線が刺さる。
「すみません。その……種族がだいぶ違うので一目見て性別が解らなかったんです。
そのユキノさんは……勇ましい印象でしたので」
と、俺は素直に謝罪する。
いや、名前は確かに女のようだったけれどさ。
「いや。かまわん。
父にもお前には女らしさが足りない。と、よく言われて居たからな。
そもそも、私から言わせれば父が勝手に跡継ぎだ。息子だ。と、興奮して男の名前を用意していたんだ。
半分は父の責任だ」
あ、その名前は男の名前なんだ。と、思ったがその言葉は飲み込んでおく。
「それで、その父で……長だ」
そう言ったユキノさんの視線の先には、一人のリザードマンがいた。
……今にも死にそう。と、本気で思った。
「……死にそう」
と、堂々と言ったライラの言葉が通じなくて良かった。と、俺はわりと本気で思ったほどだ。とは言え、それでも無理は無い。と、思ったほどだ。
鱗は乾燥しており、かさかさであり白っぽい。トカゲの生体にも詳しくないし獣医の勉強もしたことないし、人間相手の医術だなんて家庭医学の上澄み程度のようなものだ。つまり、お腹が痛いならトイレに行ってお腹を温かくして寝なさい。風邪を引いたなら、温かくして栄養がある消化に良い品を食べて寝なさい。……そう言った程度だ。
目の前のリザードマンはやせ細っており、呼吸も荒く弱っている。
「……病気? ですか?」
「ああ」
と、ユキノが頷いた。
「病名も解って居る。我々が年を取るとごくまれに掛かると言う病だ。
元居た世界でならば、治療薬さえ見つければ治す事が出来る病気だった。
……だが、この世界ではその治療薬を手に入れる手段が無い」
「あー」
確かに、異世界では自分たちの世界にある品が思うように手に入るわけはない。たとえば、俺としても腹痛となったところで俺の知って居る下痢止めが手に入る保証は無い。
あるのは未知の薬草やら未知の存在。
「我らには知識も知恵もない。
だが、このまま……長を……父を死なせたくない」
「そうですね」
当たり前だ。
死んでしまえと肉親に対して思うのは、よっぽどの非道か……俺のような例外的な人生を送っているやつだけで十分だ。
「そんな中で、唯一の可能性がある場所がある。
助ける手段を見つける事が出来る可能性がある場所だ」
「?」
その言葉に俺は怪訝な顔をする。
助ける手段を見つける事が出来る可能性がある場所?
その言葉にライラを見るが……ライラは言葉が解らずにきょとんとしていた。
「どう言うことですか? 詳しい説明をしてくれなければ、助けられるかどうかも解らないし、助ける方法が解っても何も出来ない。
そして、情報を出し惜しみするようでは話をしようと言う気には……非道かも知れないが、なれない」
言葉が通じる。文化がある。助けて恩を売るのに利点はあるが……。
それは、相手に誠実さがあれば……だ。
不誠実であり、恩を仇で返すような相手ならば丁重にお断りしたい。
「はい。もちろんそのつもりです」
と、ユキノは語り始めた。
元々、ユキノ達は異世界の湿原地帯に暮らしていた。湿原地帯である異種族の魔法使いたちが、怪しげな術式を行った。その余波か……はたまた、何かの災害なのか?
それによって彼らは、この異世界へと飛ばされてしまった。
彼らは元の世界へと戻る方法を探し続けた。
食料の調達と彼らが生きていく中で、ある遺跡を見つけた。
「遺跡?」
「いせき?」
俺が聞き返せばライラも反応した。
「いせきってなに?」
「古い建物の事だ。まあ、見れば解る」
と、ライラに俺は答えておく。
「それで、その遺跡とは?」
「飛ばされた中に予見者がいたのが幸いだった」
「よけんしゃ?」
「古きものの役割を見定める時に未来を視る事が出来る神に祝福され神に仕える者だ」
要するに占い師と巫女や神官を足して二で割ったようなものらしい。
ただし、未来を視るのはごくまれだ。まあ、当たり前と言えば当たり前だ。いつでも未来を知る事ができるのならば、異世界でサバイバル生活を送る羽目に最初っからなっていないだろう。と、俺は思う。
そんな中で、古きものを知る力で彼らが知ったのはその建物には数々の叡智が溢れている。と、言う事であった。だが、
「そこには守り人がいた。
我らでは会話が不可能な上に書物の文字は意味も理解出来なかった。
これでは、どれほどの叡智が溢れていようと意味は無い」
「なるほど」
理屈は解る。
たとえば、太古の昔……古代文明の文字。その文字にたとえば、世界七大不思議のピラミッドの作り方が書かれた説明書があったとしても、読み方が解らなければ意味が無い。
言葉が解らなければ、どうしようもないと言う事か……。
「だが、お前ならばその守り人と会話が出来て、書物も読めるはずだ」
「いや、あの」
あいにくと俺はそれほど外国語も現代文の成績も良くはない。
だから否定しようとしたが、
「異世界より来たりし者は高確率で加護やら祝福を受ける。
お前は伝達の祝福を受けているそうだ」
「伝達の祝福?」
「その耳はあらゆる知的な文明の言葉を理解する。その言の葉は、あらゆる知的な文明の言の葉を語る事が出来る」
俺はライラを見る。
知的と言う言葉とは対極の野性的と言う言葉が似合うライラ。
もちろん、自然的とか北国の山で育ったハイジのようだ。と、言う良い見方も出来るが、どちらかと言うと女ターザンである。
まあ、知的と言うか一定以上の知能を持つと言う意味だろう。と、俺は思う。
ライラは個人で生きて居たんだから、文化とか文明に触れる事も出来なかったんだから、むしろよく生きて居た方なんだし……。と、自分に言い聞かせる。
「そして、その眼はあらゆる文化と文明の言語を読み解くことが出来る」
「なるほど」
と、俺は理解した。
つまり、あれか。ソロモンの指輪みたいなものだ。
ソロモンの指輪。ソロモンと言う魔法王が悪魔と契約したのだが、その持ち物の一つにあらゆる動物と話が出来ると言う指輪があったらしい。
いや、詳しくは知らないのだが……。
それと似たような物であり、つまりあらゆる国の言語の読み書きに喋る事が出来る。と、言う事なんだろう。……元の世界であれば、英語のテストで追試を受ける事は無かったに違いない。それどころか、外交系の仕事で便利そうだ。
と、思ったが今の状況ではなんの意味もないと言う事は確かだったりする。
だが、彼らが何を頼みたいのかは解った。
「つまり、その図書館で長を治すための薬草などを調べて欲しい。
そう言う事ですね」
「はい。可能性は低いですが、異界にも似たような病があるかもしれません。
異界の治療法を見つけ出す事も可能かと」
「……解りました。ただし、条件があります」
と、俺は言う。
「まず、俺とライラをこの集落で暮らさせてください。もちろん、それなりに仕事はします。働きもします。これは、たとえ長の病を治す方法が見つからなくてもです。
ライラが断れば別ですが……こちらとしても、生活を安定させたいんです。
そちらとしても、人手が増えるんですから悪い取引じゃないはずです」
と、俺は言う。
ライラも肉ばかりであまり健康的ではない。何より、もしもライラが病気に鳴ったらライラも危ない。俺としても、ライラとの二人の生活に心配がないわけではない。
その言葉にユキノはしばらく考えて居る様子だった。