第一話 異世界に訪れる
「……どこだ? ここは?」
と、俺は呟いた。上を見る。紫色の太陽がある。
右を見る。オレンジ色の葉っぱや蔦に蔓延った森。
左を見る。やっぱりけばけばしい色彩の森。
前も後ろも同じだ。地面だけは茶色だ。
……本当にここはどこだ? と、頭を抱える。
いや、まずは深呼吸だ。
と、俺は深呼吸をしてまずは自分が何者なのかを考える。
望月桃也。高校二年生。
両親は離婚しており、どちらも再婚相手が居る事から引き取り拒否。
結果として、父方の祖父の家に引き取られる。
その後、中学卒業間際になり祖父は死亡。
それからは、祖父の遺産である家に住んでいる状態である。
二年生の始まりである始業式が、おわり家に帰ろうとしていた。
そして、一年間ほど通学した通学路を通り帰って居た……はずだった。
……さて、ここはどう考えても日本ではない。
と、言うか地球とすら思えないのが本音だ。
環境破壊、地球温暖化、核汚染……多種多様な、問題を人間社会は生みだしているが……。それでも、オレンジ色の植物なんて聞いた事が無い。
ついでに、太陽が紫色に見えると言う時点で普通ではない。
「……何処だろう」
本当に何処なんだ? と、困惑している中でざわめく音が聞こえた。
そちらを見ると、
「……わお」
思わず声を上げた。
現れたのは、おそらく狼だろう。たぶん。だった。
おそらくとつくのが、あいにくと生きた狼なんぞ見たことはない。ニホンオオカミはすでに絶滅した種族である。俺の中でオオカミと言えば、絵本などに出てくる赤ずきんちゃんや七匹の子ヤギに出てくる狼ぐらいだ。
たぶんそれも西洋狼なんだろうな。と、思う。
だろう。おそらく。と、言うのがつくのは……まず、頭から角が生えていること。目が左右に二つずつ……合計、四つもあると言う事。
そして、口から青い炎を出していると言う事だ。
その狼は、俺をにらみ付ける。
その様子は……絶対に友好的ではない。むしろ……狐を見つけた猟犬と言うべきであろう。つまり、獲物を見つけた肉食動物の目だ。
そして、この場合の獲物とはなにか?
答え、俺である。
「どうわぁぁっぁぁ」
俺はくるりと回れ右をして全速力で走り出した。
これでも、足は速いほうだ。僕は瞬時に距離を取る……が、あいにくと僕は超人でもなければスポーツ選手ですらない。
僕はとっさに走りながら周囲を見渡す。狼……なのか、どうかはさておきとりあえずは四つ足の獣と言うのは間違いが無い。つまり、木に登ればどうにかなるだろう。
そう思いながら、木へと飛び移ろうとしたときだった。
「見つけた」
と、言う声と共に上空からそれは飛び降りてきた。
その瞬間に、狼? の、首が吹っ飛んだ。
「うお!」
と、俺は後ろへと下がり木の根っこに躓き転ぶ。
普通に現代日本で暮らしていれば、すくなくとも生き物の首が吹っ飛ぶ瞬間なんぞ見る事はない。見たとしたら、それは中々にハードな人生を送っていると言える。
……まあ、俺も大概にハードな人生を送っているほうだと思うけれど……。
俺は、声がした方を見る。
年の頃は……大体は、俺と同い年ぐらいだろう。
女性だ。と、言うのは間違いが無い。
なぜなら、露出過剰……と言うよりもほとんど毛皮を隠すべく秘所を覆った。そんなターザンのような格好をして居たからだ。
だが、出る所は出て居ている。
日に焼けたそれは、さながら美少女ターザンとでも言うべきだろう。
危うく毛皮がはためき、見えてはいけない所が見えそうになってしまった。
……いや、残念だな。とは、思っていないんだからね。
その手には、巨大な鋭いとがった岩。
どうやら、岩を持ってそのまま落下して狼の頭を力ずくで切り落とした……いや、引きちぎるような形でやったらしい。
……乱暴なやつだ。
だが、美少女だ。と、言う事は間違いが無い。
顔立ちは整っており、野性的と言うか活動的な美少女だ。
さながら、スポーツ選手のような……けれど、造形美は美しい。
あれだな。戦いの女神……アテナとかそう言うのに近い美しさだ。
あいにくと、アテナにしてはいささか野蛮な印象を感じるのは否めないけれど……。
「今日のご飯! 大量」
と、少女はそう言って笑みを浮かべる。
そして、俺を見て……。
「飯……やらないぞ」
と、警戒をした。
「いや、あのね。それは良い……のかは、さておき……。
ここがどこか聞いて良い?」
と、僕は日本語を話す少女にそう尋ねた。
と、言うか日本語を話している。
てっきり、外国と思ったが日本なのだろうか? それとも、彼女は日本人なのだろうか? と、改めて彼女を見る。
日に焼けた小麦色の肌。オレンジ色に近い赤毛は伸びていて、ワイルドと言う印象だ。瞳は綺麗なエメラルド色であり、小麦色の肌とオレンジの髪の毛に映えている。
結論、日本人じゃない。
だが、あいにくと語学に俺は長けていない。
自慢じゃないが、英語なんぞ中学の時から中間、期末と十点を超えれば御の字の点数しか取ったこと無いぞ。もちろん、百点満点でだ。
「……お前、ライラ、言う事、解る?」
と、俺の言葉にその少女は目を見開いて言う。
ライラと言うのは、この少女のことだろうか?
「えっと、君の言葉なら解るけれど」
そう言った瞬間だった。一気に、俺に近づくと首元などの匂いを嗅ぐ。
「え、えっと……」
近い。近い。近い。
女の子がこうも体を近づいて来て感じるのは……。血なまぐさい。
いや、狼の首がちぎれて未だに死体からは大量の血が流れているのだ。
当然ながら周囲には血の臭いがする。
女の子の匂い。花のような匂いとか甘いミルクのような匂い。
そんな幻想が木っ端みじんに打ち砕かれるような匂いだ。
いや、この子の匂いじゃなくて狼の匂いなんだろうけれどね。
初めで間近で嗅ぐ女子の匂いが、血の臭い。
うん。何か悲しくなるから考えないでおこう。
「悪い人間の匂いしない」
と、ライラはそう言うと笑みを浮かべた。
そして、
「ライラ、話、する。お前も、話する。
ついてこい」
と、それだけ言うと、ライラは片腕に狼を担ぐ。そして、もう片方の肩で俺を担ぐ。
「はっ?」
と、俺は呆気にとられる。
俺はそりゃ、長身とかデブとか筋肉の塊とかを名乗るつもりは無い。まあ、有り体に言えば平均的な高校生ぐらいの体重だ。
だが、女子に簡単にそれも俵のように担がれるほど軽くはない……はずだ。
だが、
「うぎょわぁぁぁぁぁ」
ライラは片腕に俺、片腕に首が無くなった狼の死体。
それを背負って、そのまま飛び上がると牛若丸もびっくりの身のこなし(会ったことはないけれどな)で、木の上へと移動してそのまま、ジャンプしながらものすごい勢いでどこかへと向かって言ったのであった。あまりのスピードと上下への移動に、俺はそのまま気を失ってしまったのであった。
「ぎう゛ぉちわる」
と、俺は胸に手を当てて吐き気を堪えていた。
ジェットコースターなどで酔ったことはないが、あれはなんというか酷い。そもそも、遊園地の絶叫系アトラクションというのは、長くても五分ぐらいだ。
俺はたっぷり三十分間。安全性とか安全保障もなく、覚悟もなく猛スピードで上下に振られながら走ったのだ。
普通は酔うはずだ。
「お前、弱い」
「失敬な……」
弱いと断言されて顔をしかめる。
これでも、平均的な高校生男子としてはそれなりの実力を持っているつもりだ。
そんな中、ライラは原始人のようなやり方……つまり、木をこすり始めて炎を生み出すとたき火を始める。そのまま、少女は巨大な鋭い石で狼の解体を始める。
流れる血、向かれる毛皮。
うーん。食欲が失せる光景だ。
「で、ここは何処なんだ?」
「ここ、異世界……そう言われ居る」
「……はい……?」
まるでゲームで勇者が話しかけたら、ここは○○の町です。と、答えるような軽い感じで答えるライラ。
「お前、異世界、召喚された。
けど、召喚、失敗した。
ここ、召喚、失敗したもの。
それが来る、いろんな世界、混じり合っている」
「えっと……」
口べたと言うよりも言葉が足りないライラから察するに、どうやらここは異世界らしい。だが、ライラが産まれ育った世界と言う分けでもない様子だ。
どうやら、俺は異世界から召喚されたらしい。どう言う理由で召喚されたのかはわからない。救世主やら勇者を欲したのか、あるいはただの研究のためなのか?
どうして、俺が選ばれたのか? 等々の疑問があるが、それが答えられる日が来る事は無いだろう。
どうやら、召喚魔法に失敗したらしい。
そう言えば、ゲームでも召喚魔法に失敗しました。とかは、あったな。
で、俺は失敗してその召喚しようとした世界に行けなかった。けれど、俺は元居た世界からは飛び出てしまった。
つまり、世界から落ちてしまった。
そんな存在が集まるのがこの世界。と、言う事らしい。と、足りない言葉などを推測しつつ、質問を重ねてどうにか解ったのがそれだった。
この世界も、いろんな世界の要素が混じっているらしい。
たとえば、ここは森だが少し離れた所には空に水が球体で浮いているような場所。あるいは、砂漠にオーロラが見える場所。万年氷結だが、その氷からはいろんなものが産まれてくる場所。また、人はいないが町もあるらしい。
町も西洋建築風から、科学的な未来的なものと多種多様らしい。
と、単語のぶつ切りと言ういろいろと足りない言葉から推測できた。
ここは、比較的に過ごしやすい場所らしい。
俺は、暮らしやすい。と、言う言葉を聞いて狼もどきをジッと見つめた。
俺は、いきなりこいつのせいで死にかけたのだが……。
「ここ、獲物、沢山。
ご飯、沢山、食べれる」
「あー。そう」
どうやら、ここは生き物……この場合は、知能が低い動物だろう。それらが、沢山、いるらしい。問題としては、弱肉強食と言う事だろうか?
「お前、一人で暮らしているのか?
他に別の世界から来たやつとかは居ないのか?」
と、俺は肉をただ焼いただけにかぶりついているライラに尋ねる。
ライラが住んでいるとされる場所は、木の上にあった。だが、ツリーハウスとは言えないのが現状だ。大きな木の枝が組み合わさった場所に、小枝を組み合わせて作った。ツリーハウスと言うよりも、鳥の巣のようだ。周囲には、干しただけの肉やはぎ取った毛皮があるだけであり、おおよそ文明的な暮らしとは言えない。
「いるよ。向こう、たくさん、同じ世界、来た奴ら。
一緒、暮らしている」
「なんで、一緒に暮らさないんだ?」
おそらく同じ世界から一緒に飛ばされた連中がいるのだろう。同じ世界の出身のやつらが、この世界に来たのならばそれなりに努力などをして、最低限の村のような場所を暮らしているだろうし、協力しあっているだろう。
すくなくとも、ライラが一人で暮らしているよりも楽な生活が出来るはずだ。
そう思って尋ねると、
「あいつら、言葉、通じない。
ライラ、違う、世界、来た」
「言葉が通じない?」
その言葉に俺は考えるが、考えて見れば当たり前と言えば当たり前だ。
同じ世界ですら、言語が違う事がある。同じ国ですら方言として、言葉が微妙に違う事があるし、国が違うと言語がまったく違う。
だから、異世界ならば言葉が違うのは当然だ。
……なら、どうして俺はライラと言葉が通じるのだろうか?
可能性としては、偶然にも俺とライラの言語が同じだった?
そんな偶然があり得るのだろうか? まあ、考えてもしょうがないし、伝わるんだからそれで良いか。と、俺は考えるのを止めた。