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その少女、普通につき……

「オジサンはえいゆうさんだよね?」


 この言葉に激震が走る。

 なんでこんな年端もいかない女の子がナカケンさんの正体知ってるの? もしかしてさっきの見られてた!? ……いや、でもそれだけじゃナカケンさんが英雄だなんてことはわからないはずだ。

 疑問が溢れて止まらない。


「ねぇ、なんで──」


 私が問いかけようとした時、拓磨が私と女の子の間に入って彼女を睨みつける。


「幸奈、ガキだからと言って甘く見るな」


 拓磨はそう言うと拳銃を取り出し、銃口を向けた。


「コラコラ、それがダメだって言ってるだろう? 敵意の先には敵意しかないよ」


 ナカケンさんが拓磨の前におどり出ると拳銃を押さえた。


「だがな──」


「日本はいつの間に銃社会になったんだい?」


 そう笑いながら言って拓磨に銃を収めさせる。


「そうだよ。僕が英雄さんだよ」


 ナカケンさんは屈んで女の子と同じ目線の高さになったらあっさりとそう言った。

 私と拓磨はその行動にまたも驚く。驚かざるを得なかった。


「何あっさりとバラしているんですか!?」


「だって人に質問されたら返答しなければ失礼だろ?」


「だからって……」


 真面目すぎるでしょ……。ナカケンさんはどこまでも優しくて、誠実で、差別ない人だ。まぁ欠点も多いけれど。

 ナカケンさんの言葉を聞いたその女の子はみるみるうちに目をキラキラと輝かせて好奇とも憧憬とも取れる眼差しでナカケンさんを見つめた。そして一気にナカケンさんの足に抱きついた。


「ぎゅー!」


「なっ!」


 私は予想外のその行動に思わず声を漏らしてしまった。

 彼女はナカケンさんの足に顔を埋めていた。だが、しばらくすると顔を持ち上げ、ナカケンさんに上目遣いでこう言った。


「あたしね。えいゆうさんがだーいすきなの!」


 ……この子、男の扱いを、その容姿の扱い方を本能で理解している!

 女は魔性だとはよく言うけれどあれ本当なんだね。この年でも女の子ってものを熟知している! ……まぁ、私も女子だけどね。

 そして私はチラと横を見る。

 そこには口角は上がり、眉は垂れ下がった今世紀最大のデレ顔と言っても過言ではないほどのナカケンさんがいた。

 彼は相変わらずのデレデレ顔のままその女の子を持ち上げ、彼女の顔に頬を擦り付ける。


「うー、そんなこと言ってくれたのおチビちゃんが初めてだよぉ~! お嬢ちゃんはなんか微妙な顔をするし、兄ちゃんに至っては睨みつけるんだもの!」


 え? もしかしてナカケンさんは英雄ってことに対してこんな反応求めてたの? じゃあなんで普段隠してるの?

 そう言ってナカケンさんは喜んでいるもののそれに反比例するように女の子の顔はどんどん曇っていった。


「……えいゆうさん」


「ん?」


「おひげいたい」


「あぁ、ごめんよ」


 そうしてようやくナカケンさんは彼女を降ろした。


「ああ、言い忘れていたけど、僕は人知れず世界を守る英雄だからね。みんなに知られちゃいけないんだ。だから僕のことを英雄と呼ぶのはやめてくれたまえ」


 すると女の子は大きく頷いた。


「うん! わかったオジサン!」


 ナカケンさんは彼女の頭に大きな手を乗せるとワシャワシャと力強く撫でた。


「ヨシヨシ。それでおチビちゃん、お名前は?」


「いがらしこのは!」


「五十嵐……」


 ナカケンさんは何か引っかかったのか無精髭が生えた顎に手を当て撫でた。


「知っているんですか?」


「いや、知り合いにこれくらいの子供がいてもおかしくない夫婦がいてな。その二人の苗字が五十嵐なんだよ。何年前に出産の連絡来たっけなぁ?」


 そう言ってナカケンさんは再び考え込む。だが、この人の記憶力なんて当てにならない。


「ねぇ、このはちゃんは何歳?」


「じゅっさい!」


 彼女は元気にそう答える。

 するとうーんと唸っていたナカケンさんが手を打って駆け寄ってくる。


「そうそう! 十年前だ十年前!」


「じゃあもう決まりですね」


「まぁそうだろうね。でも、あの人が十歳の子供をひとりで私のところに寄越すかなぁ? それに僕、十年前は何かと忙しかったからこのはちゃんに会ったことすら無かったし」


 十年前。

 そう言われて思いつくのは一つしかない。

 人類抹殺戦争の終結である。人類防衛軍(HDF)から発表された東京宣言により、人類はAIを討ち滅ぼし、自らの平和を守ったとした。

 そして一人の英雄が戦局を大きくひっくり返したと共に発表する。というか発表しなければならなかった。多くの人間がその英雄に助けられ、彼の存在は明らかだったからだ。しかし、HDFは決して彼の正体を明かそうとはしなかった。

 そうして、名も無き英雄の伝説は生まれたのだ。


「まぁ明かさなくて良かったよね」


 みんなこれ見たら幻滅する。実際、この私が経験したんだから。


「ん? なんか言ったかい?」


「いえ、なんでも……。それよりこの子どうしましょう?」


「うーん……。まぁとりあえず子供の出来ることなんて一つだろう」


「なんです?」


 子供に理解出来てこの状況で唯一にして最適解がナカケンさんに思い浮かんだのだろうか? でも確かにこの中じゃ一番最高齢で少し前まで子供だった私たちよりも分かっているだろう。

 するとナカケンさんは声高らかに言った。


「遊ぶ!」


 ……ナカケンさんに最適解とか求めてしまった私が悪かった。所詮ナカケンさん。そんなものだよね……。


「はぁ……。その前にご飯です」


 

       ×  ×  ×



 私達は四人が座れるほどのベンチを探してサイクリングロードを歩いた。


「お嬢ちゃん。あそこでいいんじゃないか?」


「そうですね。あそこで食べましょう」


 そう返答した途端、ナカケンさんは突然走り出し、早々にベンチの中央に座った。


「いっちばーん!」


 ……ガキか。

 続いてこのはちゃんがその横、ベンチの左端に座った。


「このは、オジサンの横!」


「おー、おいでおいで~」


 なにデレデレしちゃってんだか。このロリコンが。

 なんだか無性にイライラするがそこは心で飲み込んでナカケンさんの右隣に座った。


「それじゃあ拓磨はここ──」


 私は話しかけて振り向いたが、その先には何やら眉をひそめていつも以上に真剣な表情をした拓磨がいた。恐らく通話中なのだろう。

 人類は脳内にマイクロチップを埋めてからかつてファンタジー小説などでよく出てくる念話のように意識だけで会話が可能になった。数十年前は思ったこと全てを言ってしまう嘘発見器みたいなとても不便なものであったが、現在では会話の一文として発しようとした言葉しか送らないようになり、かなり高性能化が進んだ。

 すると、拓磨は通話が終わったのかふぅと一息ついてこちらに歩み寄ってきた。


「すまない」


「このはちゃんのこと?」


「ああ、一応顔写真と仮名文字だが名前を送って身元を調べてもらっている。例えアイツの知り合いだとしてもあの年で知っているというのは気にかかる」


 拓磨はそう言って私の横に座った。


「まぁ確かに気にはなるけどね」


 私と拓磨が会話していると逆隣から腕をツンツン突かれる。


「お嬢ちゃん……」


 私が振り向くとナカケンさんとこのはちゃんが物欲しそうな顔をして指をくわえていた。


「ご飯……」


「あっ、ごめんなさい!」


 私は必死に落下から守った昼ご飯を膝の上に広げる。

 が、ここで一つ問題が発生していたことに気づいた。


「おにぎりが6個しかない……だと!?」


 そう、おにぎりがどうやっても割りきれないのだ。元々この昼ご飯は私がナカケンさん、拓磨、私の3人で食べるために買ってきたものである。そこに突然、このはちゃんという追加メンバーが入ってきたことにより、用意していた分より多く必要となってしまった。


「どうするんだ?」


 まぁ仕方あるまい。苦渋の決断ではあるがこれがベストだろう。

 私は勝手に振り分ける。


「では、いただき──」


「……ちょっと待ったぁー!」


「今度はなんですかナカケンさん」


「なんですかじゃないよ! なんで僕と兄ちゃんが一個でおチビちゃんとお嬢ちゃんが二個なんだい!?」


「レディーファースト」


「それとこれとは──」


「レディーファースト。男性が女性を敬い、先を譲るのは当たり前ですよ? その女性が二個と言ったら二個なんですよ」


 と、私は独裁的レディーファースト主義思想を淡々と話すとナカケンさんは悔しそうに言った。


「横暴だ……」


 そうだろう。そうだろう。悔しかろう? これはさっきの着地分の恨みも込められているんだからな!


「それでは今度こそ、いただきま──」


 私がフィルムを剥がし、口へ運ぼうとしたその時、今まで聞いたことのない心底冷たい声でボソリと彼は言った。


「太るよ?」


 ナカケンさんはあっけらかんと女性には絶対言ってはいけないことを言った。

 

「……拓磨。あげる」


「だが幸奈、食いたかったんじゃないのか?」


「いいからあげる!」


 拓磨は戸惑いながらも私が押し付けたおにぎりを受け取った。


「オジサン。このはもあげる!」


「おおっ、おチビちゃんありがとうよ!」


 そんなわけで結局、私とこのはちゃんが一個で拓磨とナカケンさんが二個となってしまった。


 ベンチの左側はやたらと盛り上がり、右側は黙々と食べていた。

 私は気になることばかりで考え込んでいたのだ。おそらく拓磨もそうなのだと思う。

 すると私の体が反射的に跳ねた。


「何、小難しそうに考えているんだい?」


 ナカケンさんはいつの間にやらこちらを向き、私の頭の上に何度もポンポンと手を乗せる。


「子供扱いしないでください!」


「ははは、そうとられたか。こんなのオッサンの癖みたいなもんだよ。こんなの気にしてたら社会で生きていけないぞ」



「ナカケンさんみたいな上司の下につかないので問題ないです」


「そりゃ会社選びも大変だ」


 そしてナカケンさんは「それで」と言葉を続けて尋ねてきた。


「僕に何か聞きたいことでもあるのかい?」


 この人は鈍感だと思っていると突然こう核心をつくこと言ってくるからこの人は分からない。

 だが、ここまで察せられてしまったらもう言わないわけにはいかないだろう。


「あの──その、このはちゃんの親御さんとナカケンさんはどんな関係なんですか?」


「まぁ、それは気になるよね」


 ナカケンさんは空を眺め、懐かしむように話し出した。


「五十嵐君と僕はいわゆる戦友って奴だよ。彼はHDF日本支部の……兵士だったんだよ。当時は俺もHDFに出入りしていたからその時、出会ったんだ。彼は高い戦闘技術を有している上に頭もキレる優秀な兵士だったんだがちょっと色々あってね軍を追放されたんだけど、それ以降もHDFとは関係ない僕とは交流があったってわけさ」


「なるほど……」


 また私の知らない話だ。

 無論、私はこのはちゃんの親が軍関係者だってことではなく、ナカケンさんに関することだ。ナカケンさんがHDFに出入りしていたこと。そして、軍に関係があったこと。

 ナカケンさんにはまだまだ謎が多そうである。


「他にも聞きたいことはあるかい?」


 ナカケンさんはそう尋ねてくる。

 しかし、私は首を横に振った。

 正直言えば疑問は数多とある。だが、これ以上尋ねることを私は野暮だと思ったのだ。

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