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ナカケンさん、ガチギレする

そろそろストックが尽きてきたので少し更新速度遅れてくるかもしれません

 月守拓磨つきもりたくま

 彼は私が九歳の児童養護施設に入れられた時、始めに仲良くなった言わば幼馴染というやつである。彼は無口で無関心で人見知りだった私に同い歳ながらなぜか懐いていて、いつも後ろをついてくる弟のような存在だった。だが、私が高校進学を機に自立するとめっきり会うことは無くなった。

 しかし今、そんな彼が私の前に立っている。かつてとは一変した凛々しい姿で。

 彼は弱気だったあの頃を嘘のように思わせた。誰もが恐れるロボットの強靭なアームを片手で押し退け、鋭い冷淡な視線をロボットに送っている。

 その容姿も随分と変わっている。非力の代表例のような体つきだったのに、今では胸筋、背筋、足や腕、その体の全てが闘うために作られたような素晴らしい肉体美であった。

 そして、その身体は美しい曲線で形づくられた白銀のパワードスーツを纏っていた。


「拓磨?」


 私は思わず呟いていた。

 すると拓磨はこちらを一瞥すると一言だけ言う。


「久しぶり」


 すると拓磨は起き上がり、飛び上がってくるロボットを迎え撃つ。

 のしかかるように落ちてくるロボットを空中で受け止めるとパワードスーツが少し開き、空気を噴き出し、空中で後ろを取ると重力に従い、ロボットは重々しい音を響かせて再び地面に落ちた。

 拓磨はロボットに続くように落ちていく。

 するとロボットは球体の胴体が割れ、中に搭載されていたマシンガンが顔を覗かせた。


 ガガガッ!!!


 少し前までの聞いたことすら無いような音が火花と共に散った。

 だが、拓磨は自分に向かって連発される弾丸を器用に回転しながら躱し、一気に距離を詰めると大きく拳を引いて腰に構える。

 そして、一気に腕を伸ばしロボットに向かって拳を放った。

 拳はその間に放たれた弾丸を跳ね除け、マシンガンのあるロボットの胴の中心を貫く。

 周囲に鉄片が飛び散り、硝煙の香りが包む。思わず私は目を閉じ、腕で顔を隠した。


 やがて騒々しい音が止み、目を開くとそこには倒したロボットの上に立つヒーローの姿があった。だが、そのヒーローは何人も寄せ付けぬ孤高にして孤独のヒーローだった。

 その時、私は思うのだった。

 なんか闇堕ちしそう。

 何の根拠もなく直感でそう思ったのだ。

 すると突然、倒したはずのロボットのアームが突然動き出し、拓磨の両手両足を掴んだ。そして、大きな鉤爪をジリジリとその身体に食い込ませる。

 するとこれまた突然、飲み物を買いに行っていたナカケンさんがロボットの前に飛び出し、人の目には捉えられないスピードで四本のアームに向けて横蹴りをいれた。

 アームはまるで糸のように一瞬で四本いっぺんに切れ、拓磨は解放された。

 そして最後にナカケンさんはロボットの胴の上部を踏みつけると、今度こそ完全に破壊されたのか動作が完全に停止した。

 それを見届けるとナカケンさんは振り向き、拓磨に言った。


あんちゃん、強いけど油断大敵だよ?」


 そう言われると拓磨は訝しむような不思議な表情を見せる。感謝するでもなく、悔しがるでもなく、敵意の表情。

 だが、ナカケンさんにそんな表情や空気を読むなんて行為できるはずも無く、また新しく見るものに興奮していた。


「それにしても兄ちゃんのそのインフィニット・ストラトスみたいなやつはなんだい!? いや、装甲が少なめだからISっていうよりシンフォギアって感じだな。でもどちらにせよ欲を言えば女の子であってほし……待て、これはあれだ! アクセルワールドのシルバー・クロウだ! キタコレ! シルバー・クロウそのまんまじゃん! もしかして空飛べる? 羽生える?」


 何でも例えたがるのはオタクの悪い癖だ。

 と、私が心でツッコミを入れている僅かな間に突然ナカケンさんの持っていたコーラが弾け、彼の全身がコーラまみれになっていた。


「なんだい兄ちゃん! なんとか服に穴は開かなかったけど服にコーラがかかったじゃないか! このジオンTシャツはもうどこにも売ってないシロモノなんだぞ! もしかして言いかけたのを気にしてるのかい? それともシルバー・クロウは顔まで武装してるから違うと言いたいのかい!?」


 ナカケンさんは眉根を寄せて頬を膨らませて怒った。なんか全く怒っているようには見えない。けれどそんな大切なものを汚されたのだ怒らないはずはないだろうから結構怒っているのだろう。でも、そんなに大切なものならそもそも着なければいいのにね!

 

「あとこれはおかえしだ!」


 シャツを気にしながらナカケンさんは何かを親指で弾く。それは弧を描いて飛んでいき、拓磨の手のひらに乗った。


「弾丸……」


 ここ最近よく実物を見ることがあるが今回は意味が違う。ナカケンさんの口ぶりから拓磨がナカケンさんに向かって放った弾丸がナカケンさんの持っていたコーラに当たり弾けた。こういう事だろう。つまり人が人に向かって放った。言わば完全に人を、同族を殺す気満々であったという事だ。これは当たり前のことながら人倫にもとる行為である。


「何やってんの、拓磨!?」


 すると随分と鋭くなった視線をこちらへ向けた。


「幸奈、お前は騙されている。こいつはアンドロイドだ」


 ……は?

 何言ってんだこいつ……。ロボットであるわけない。ナカケンさんがロボットだと言うのならば何でロボットがロボットを壊滅させて人類の英雄になってんの? 何でロボットに命狙われてるの? たぶん今回のロボットもナカケンさんを殺しにきたロボットだと思うし。


「兄ちゃん何言ってんだい。僕は正真正銘、命ある生物でございますよ?」


「黙れアンドロイド。お前が人でないことはもう分かっている」


「何を根拠に言ってるんだい? 君のそのパワードスーツには人間発見機でも付いてるのかい?」


「まぁそうだな。このパワードスーツは特殊な電波を発生させ、脳内のマイクロチップが埋め込まれているかどうかを調べることが出来る。現代に生きている人間ならばマイクロチップを埋め込んでいないということはないだろう。だが、お前からはマイクロチップの反応が無かった。つまりお前は人ではない。人間そっくりのアンドロイドだ」


 やはりナカケンさんはマイクロチップを脳内に埋め込んでなかったのか。あの前時代的な家といい、服を現金で支払う姿といい、そうではないかと予想はしていたもののやっぱりそうだったか……。

 私は思わず頭を抱え込む。

 まぁ普通考えてこのご時世にマイクロチップを脳内に埋め込まないなんて選択肢無いようなものだし、有り得ないと考えるのが普通だよな……。

 でもあれは任意だし、おそらくナカケンさんはお金ないから断ったのではないだろうか? 知らんけど。

 これを伝えれば信じてもらえるかも!


「それに何より、あのアームを四本纏めて蹴りで切ったり、弾丸掴んだり、その行動が何よりの証拠だ。武装を使わない身体強化型のアンドロイドはまだデータにない新型だが造れないことは無いはずだしな」


 ダメだぁー!

 ……終わった。これは抗弁の余地がない。人類抹殺戦争の英雄ってことは秘密だし、そもそも信じてくれないだろうし、もう「異議あり!」と成歩堂みたいに判決を覆せない……。

 このままではホントに冤罪でナカケンさんがロボットからも人類からも狙われる存在になってしまう!

 私が親身になって本気でナカケンさんを心配しているというのに、当の本人は全く心配していないようで、と言うか心配する頭がないようで「アッハッハッ!」と高笑いしていた。


「本当に馬鹿だなぁ、兄ちゃんは。これだから強いのにあんな程度のロボットに殺されかけるんだよ。プークスクス!」


 ナカケンさんはいつまでもウザったらしく笑い続けていた。

 拓磨はこめかみに青筋を立て、見下すように言葉を返す。


「いいだろう。そんなに壊されたくば壊してやる。もう油断などしない。粉微塵にしてやる」


 するとナカケンさんは「キタッ!」と指を鳴らすとなんか神妙な顔をした後、ほくそ笑む。


「あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」

 

 そして彼は声にならない声で叫んで大きくガッツポーズをした。

 よっぽど言いたかったのね。


「調子に乗るなよロボット風情が!」


 拓磨は無論、キレていた。堪忍袋の緒が完全に切れていた。

 まぁ知らないよね。興味無さそうだし、随分昔の漫画の名言だし。ナカケンさんも言うタイミングは確かに完璧なんだが言う相手が最悪だよ……。

 拓磨はナカケンさんを睨みつけながら歩き出した。その歩みは徐々に速くなり、やがて走りへと変わる。

 そして拳を引き、ナカケンさんの手前で大きく踏み出すと拳をナカケンさんの鳩尾目掛けて突き出した。


「ホントに兄ちゃんは血の気が多いね。まぁ若い証拠か」


 ナカケンさんはその拳を片手で受け止めていた。


「ほれ、もう一方の手で殴れるだろう? オッサンが胸を貸してやるから力一杯暴れたまえ」


 拓磨は更に顔を歪めて激昂した。


「何が『胸を貸す』だ! いつ俺がお前の下になった!」


「それが嫌なら今ここで僕を倒してそれを証明して見せてみ?」


 ナカケンさんは余裕の表情で拓磨にそんな挑発的な言葉を投げた。それと共に掴んでいた拳も上に放るように払うと空いた脇腹に一発蹴りを入れた。

 拓磨はよろけながらもそれを耐える。


「くそっ、舐め腐りやがって!」


 またしてもナカケンさんに猪突猛進していく。

 それに合わせてナカケンさんが手を伸ばすと拓磨は体を切り返し、素早く背後に回る。

 そして飛び上がりながら今度は頭に向けて正拳突きをする。

 しかしナカケンさんはそれすらも予期していたかのように半身になると裏拳でそれを弾く。


「兄ちゃんにはまだちょっとフェイントは早いかもね」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら


「動きは良いけど予測しやすい。目から情報がダダ漏れだ」


 諭すように


「目は口ほどに物を言うとはよく言ったもんだよね。君のはそれだ」


 彼は説明した。


「次は目も心掛けてかかって来な」


 だが、それは拓磨にとって何よりの侮辱で、ナカケンさんとの立場の差を決定づける何よりの証拠だ。

 それは許された憎しみと許された殺意に囚われ続けることを助長させる。

 それはナカケンさんも分かっているはずだ。

 なのになぜ、そんなことをするのか。それが私には分からなかった。


「調子に乗るな!」


 拓磨が俯きながら叫ぶと突如、空からコンテナのようなものが空から落ちてくる。


「なんか空から落ちてきた!」


 するとそのコンテナが開き、二つの武装がパージされる。一つは流線形をした盾の外側に刃が付いた武装。それが飛び出し、拓磨が左腕に合わせると閉じた。そして右手には刀の背に銃が付いている銃剣のような武装が握られた。


「なんだあのシナンジュシールドみたいな形したやつ! しかも銃剣みたいなのもあるし!」


 さっきから私が解説してんのに後を追うように言うのやめてくれないかな……。

 すると拓磨が睨みつけながら言った。


「ごちゃごちゃうるせぇ。覚悟しろよ」


「覚悟しろじゃないだろ? 君が僕に覚悟させたまえよ」


 ナカケンさんは相変わらずの態度で挑発する。


「言われなくても!」


 拓磨は先程とは比較にならないほどのスピードでナカケンさんの前に出ると腕を下から上に盾を突き上げる。


「ヤバッ──」


 ナカケンさんは呟くと大きく上に吹っ飛ばされる。拓磨も追いかけるように高く飛び上がった。

 すると盾から弾丸が連発される。


「盾を装備した時、最後に腕を閉じたあれ、やたらデカイと思ったらやっぱりガトリングガンだったか」


 ナカケンさんは「ほへー」とでも言ってそうな顔をしながら左手で右側を押し出すように手を伸ばす。すると何も無いというのにナカケンさんは左へ回転しながら動いた。

 うん、どういう仕組みか全くわからない。別に拓磨のような装備は全くしていないにも関わらず、手で押しただけで動くだなんてありえない。手で押しただけが動力になったとでも言うのだろうか?

 と思ったが、今気づいた。この人に関しては常識の話をしちゃダメだ。何てったって英雄なんだから。アイドルの比じゃない。

 

「それじゃあ、兄ちゃん。今度はこっちからいくよ」


 右側のフロアへ降り立ったナカケンさんは店の店頭に置いてあったマネキンを掴むと、それを槍投げの如く拓磨に投げつけた。

 だが拓磨は、右手を横に伸ばすと銃剣から弾丸が放つ。それはマネキンの脳天を貫き、粉砕した。

 しかし、その後ろには拳を握ったナカケンさんが待ち構えていた。


「歯ぁ、食いしばれよ!」


 拓磨は反射的に腕で顔面を守るもナカケンさんのフルスイングのパンチは手甲を砕き、反対側へ吹っ飛ばす。

 吹っ飛ばされた拓磨は三階の店内の商品を私のいる一階にまで落ちてくるほど荒らしながら突っ込んでいった。その威力はこの事実だけでも充分理解できる。

 そんな激闘の最中だが、私はきらびやかで色鮮やかなその落ちてきた物たちに自然と目がいった。

 うむ。この鮮やかな赤髪に黒、赤、白、の三色を基調とした服、そしてそのしなやかで細い体躯。そして何よりのこの輝かしい聖剣。これはアレですな。戦後アニメ業界のエース、高校生剣士アイカの主人公、アイカの学生服バージョンフィギュアですな。これはかなりお高いはず……。

 私が無いアゴヒゲを撫でながら鑑定していると上空からの叫び声が館内に響く。


「もしかして、もしかして! もしかしてあそこ、アニメショップ!?」


 するとナカケンさんは頭を抱えて今まで聴いたことがないほどの大音量で叫んだ。


「やらかしたぁぁぁあああ!!!!!!!!」


 うん、そうだね。ネット上で『今日はアニメショップぶっ壊しちゃったンゴwww』とか冗談で言えないくらいにはやらかしたね。

 

「あぁ……、どうしよう……。ずっと探し求めてた僕の夢の世界が……、僕のオアシスが……」


 そういいながら一気に一階まで落ちてくるとその勢いのまま、地面に手を着き、足を着き、四つん這いになって自分のしてしまった罪の重さを噛み締めていた。

 するとボロボロになりながらも拓磨は三階から身を乗り出し、下を見つめる。

 

「……何が夢の世界だ。何がオアシスだ! どこまでもふざけやがって!」


 三階から飛び降りた拓磨はそう叫びながらその銃剣を地面へ叩きつけるようにナカケンさんへ斬りつける。

 爆風が辺りの砂塵を巻き込みながら二人を中心に広がった。


「ふざけやがってだと? ふざけているのは君の方だろ。そもそも君が喧嘩を仕掛けなければアイカちゃんが、アニメショップが、壊れることなんて無かったんだ!」


 ナカケンさんはその銃剣を握りしめ、嘆いた。完全にキレていた。ガチギレしていた。プッツンしちゃってました。アニメショップの破壊が原因なんて霊界探偵も驚きの理由だよ……。


「……嘘……だろ? この最新型握ることなんてできるのか? ダイヤモンドすらも切ることの出来る最強の剣だぞ!?」


 うっそーん。ナカケンさんホントに何者なの? ホントにロボットなの?


「なるほど、高周波ブレードか。昔はSFの世界だけの武器だったのに現代じゃ普通に武器として使われるのか。でも、相手が悪かったな!」


 そう言うとその銃剣はバキッと二つに折れた。本気出しすぎだろ。そして情緒不安定だなあんた。

 

「くっそ!」


 再び拓磨は盾を上へ振り上げる。しかし、今回は吹き飛ばされるどころか一瞬の間に盾は塵と化していた。

 ここまでくると拓磨はもう声すら出ない。その場に跪き、項垂れる。

 それもそうであろう。随分とナカケンさんの無敵っぷりを見てきた私でさえ、さっきの盾を塵に変える一瞬の光景には驚愕し、脳裏に焼き付き、目を疑った。

 言わばその所業は人間の人智を超えていた。それこそアニメの世界。

『有り得ない』

 この一言に尽きた。

 するとタイミングを見計らったように空から一人降りてくる。


「その同じ色で揃えられた服装。圧倒的な戦闘力。相変わらずですね、ナカケンさん」


 微笑み、穏やかな口調で話しかけてきた彼もまた、拓磨と同じメタリックな白銀のパワードスーツを身に纏っていた。


「誰かと思えば君か」


「はい、俺です」


 そう答えるとその男の人は拓磨の背中を叩く。


「ほれ、いつまで項垂れている。これが本当のロボットとの戦闘だったならもうお前は死んでたぞ?」


「竜崎さん……」


 拓磨はその人を見上げて呟いた。

 随分とカッコイイ名前だな? 実は正体『L』でしたとか言わない?

 

「お前、この人は本当にアンドロイドじゃない。だからしっかり確認しろと言っただろ? 氏名の確認。指紋の確認。DNAの検査。戸籍との照合。それを戦闘は全部やってそれでも疑わしいと判断してからだ。

 お前はまだマイクロチップ未使用者を知らないから今回は仕方ないということで済ましてやるが、次はないからな?」


「で、ですがこいつはパワードスーツも無しにロボットの腕を切断したり、高周波ブレードを握ったり、盾を一瞬で塵にするような化物ですよ?」


 拓磨が訴えると、竜崎さんはため息を吐きながらナカケンさんにアイコンタクトをとる。

 ナカケンさんは諦めたように笑って首肯した。


「あのな拓磨。この人は人類抹殺戦争の英雄、その人だ。教えただろう? 故にお前どころかかつてのロボット全軍、何ならそこに人類の全戦力を投入しても彼には勝てない。分かるだろう?」


 すると拓磨はフッと自虐的な笑みを浮かべた。


「……そうか。そういう理由わけか。どおりで俺が敵わないわけだ」


 拓磨はそう言って立ち上がると、腰に付いていた円筒を取り外すと地面に投げつけた。


「いつか絶対、お前を倒す! そして、俺が全てを守る!」


「そらぁ、頼もしいねぇ。いつでも来たまえ。相手をしてやる」


 拓磨の潤んだ瞳がナカケンさんを睨みつけると円筒から煙が噴き出し、辺りが白に包まれる。

 私は数秒間、顔を覆い、目を閉じていた。そして、おさまった頃を見計らい、目を開くと、そこにはもう拓磨の姿は無かった。

 すると竜崎さんがナカケンさんに頭を下げる。


「すいません。うちの阿呆がご迷惑をお掛けして。これからしっかり教育していきます」


「いやぁ、気にしてないから良いよ。シャツとアニメショップの件以外」


 おい、竜崎さん的にはそこが一番気にしないでいて欲しいところだと思うよ?


「ありがとうございます。これは言い訳に過ぎないのですが、あいつはいわゆるエリートで自意識とロボットに対する憎しみが人一倍強い奴なのです。ですから今回のような行動に出てしまったのだと思います」


「ニャルほどねー……。そうだ! それならこういうのはどうかな?」


 ナカケンさんはいつものように手を打つと竜崎さんに寄っていき、耳元で何か囁いた。


「本当ですか!?」


 ナカケンさんが竜崎さんの耳から離れると竜崎さんは驚いていた。


「ああ、彼は俺も気になるからね。それにお嬢ちゃんとも面識があるらしいし」


 ナカケンさんそう言うとこちらに向かってウインクを投げてきた。

 ……何企んでんだ、このオッサン?



       ×  ×  ×



 それから三日後。

 野梅公園にはこれまた古臭いメロディーが流れていた。


♪〜5〜6〜7〜8。手足の運動〜♪


 ナカケンさんはその曲に合わせ、手と膝を左右に開く。

 これはいわゆる『ラジオ体操』というやつだ。今じゃほとんど聞くことはないがかつては日本中の人間が老若男女問わず行っていたらしい。今も細々と国営放送で流れている。

 そしてこの『ラジオ体操』はナカケンさんの日課であるという。これまた変わった人だ。まぁそれに付き合ってあげてる私も大概変わっているのだろうが。

 それを第二の深呼吸までしっかりとやり遂げると最後に彼はこちらにウインクを飛ばした後、空高く手を掲げて言った。


「ヴィクトリー!」


「び、びくとりー」


 完全なる棒読みだが、私もナカケンさんのノリに合わせてあげるのだった。

 すると満面の笑みをこちらに向け、グッジョブと親指を立てた。


「いいね、お嬢ちゃん!」


「まぁ、このノリはもう慣れましたから」


 すると聞き慣れてしまった発砲音が突然、私達を襲うとナカケンさんは首だけで弾丸を避けて、ニヤリと笑った。


「こんな物騒なことしないで欲しいなぁ。別に僕は『死に戻り』なんて能力持ってないから対策立てたりしてないんだよ?」


 ナカケンさんが横目でベンチの後ろに視線を送ると植木の間から拓磨が三日前のパワードスーツではなく普通の格好をして現れた。


「拓磨、何でここに?」


「兄ちゃんは僕が呼んだんだ」


 ナカケンさんは突然、衝撃的なことを言いやがった。

 この人は馬鹿なのかな? 一度自分の命を狙った男をこちらから呼ぶだなんて有り得ない。本当に英雄の考えていることはわからない。

 だが拓磨はこめかみに青筋立てて、反論した。


「俺は別にお前に呼ばれたからきた訳では無い。お前みたいな危険人物の近くに幸奈を置いておけない。それにこれを渡しに来たんだ」


「ん? なんだい?」


 拓磨は懐から紙切れを出し、それをナカケンさんに見せた。

 ナカケンさんは一通り目を通すと冷や汗をかきだして二度三度と何度も文字を目で追ったのだった。


「ナカケンさん、何が書いてあるんですか?」


 私が覗き込もうと後ろへ回るとその紙にはいくつかの文字と数字の列。そして一番下には『¥2680000-』の文字があった。


「200万……」


「それがお前の分の損害賠償請求だ」


「嘘だ! 何で僕がこんなに支払わなきゃ行けないんだい!」


「それでも結構値段を差し引いているんだぞ?」

 

「だとしても僕は君に襲われた側なんだから払うなんて有り得ないよ!」


「確かにお前は俺の誤解で襲ってしまったが確実にお前が悪い所だってあっただろ? 例えばお前が俺に投げつけたマネキンとか、お前の壊した手甲とか、お前が俺を吹っ飛ばしたアニメショップとか、お前が折った高周波ブレードとか、お前が粉々にしたガトリングシールドとか、他にもお前は気づいてないようだが最初にロボットのアームを蹴った時に発生した真空波で一階のいくつかのショップに被害が及んでいたらしいしな」


「う、うぅ……。で、でも! それにしても200万なんておかしいよ! 不当な値段だよ!」


「でもお前のせいでロボットはやって来たんだろ、英雄? それともお前ひとりで億越えの損害賠償払うか?」


「うっ……! で、でも俺そんなに金持ってないし! そんなお手軽に払えないし!」


 すると先ほどのナカケンさんのようにニヤリとほくそ笑んだ。


「払えるだろう? 竜崎さんが言っていたぞ。そもそもお前が払えそうだからこちらは請求している」


「残念でした! そんなに持ってません〜! 絶対払ってやるもんか!」


「別にそれならば私財から差し押さえるまでだぞ?」


「く、くそっ! 権力の横暴だ!」


 ナカケンさんは涙目になりながらも訴えた。


「払うのか? 差し押さえられるのか?」


「……は、払います……」


 そんな訳で拓磨が私たちのもとにやって来るようになり、ナカケンさんは貧乏人へ後戻りするのであった。


「めでたしめでたし」


「めでたくないよ!」







 

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