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ショッピングと赤と新キャラ

 あのアンドロイドが襲ってきた日から数日経ち、六月に入った。

 あれ以降、アンドロイドが襲ってくるということも無く、いつもの平穏な日々を送っている。あの夜が夢だったのではないか、そう思えるほど。

 私達はまたいつものように野梅公園でくだらない話をしていた。


「そうだお嬢ちゃん。逆襲のシャアと言えばファンネルだがお嬢ちゃんはファンネルとビットの違いは知ってるかい?」


「両方知ってはいますけど明確な違いと言われると分かりませんね。大きいか小さいかとか?」


 するとナカケンさんがフフンと鼻を鳴らす。


「それもあながち間違ってはいないが正確にはそういう事じゃない。ビットってのはジェネレーターが内蔵されていてね。そのジェネレーターで動力もビームも生成する。だからビットはああ見えて8mもあって大きいんだ。まぁヘルメス自体が大きいからそうは思えないけどね」


 私は一応ガンダムも一通り見たし、だいたい話はわかっているのだがそれでももうついていけなさそう……。


「それに比べてファンネルはジェネレーターではなくエネルギーCAP方式でエネルギーを確保しているからビームはカートリッジに元々充填されていて決まった数しか打てないし、動力はモビルスーツでの充填が必要なんだ。これによりファンネルは小型化に成功したものの基本的に使い捨ての兵器となった。でもνガンダムのフィンファンネルは小型のジェネレーターが搭載されているから正確にはビットの扱いなんだけどまぁ小さいし、ファンネル自体も正式名称はファンネルビットだからこの名前でいいんだろうね」


 うん、さっぱりわからない。けどここで質問を返したら更に続きそうだし、『わからないから別の話を』なんて言ったらいじけちゃうし、こんなに元気に話してるナカケンさん見ていたらそんなこと絶対に言えない。


「それにファンネルとビットの明確な違いはこう言われてるけどそこら辺が曖昧な所もあるし、お嬢ちゃんの言っている大きいか小さいかでもいいと思うけどね」


 やべぇ、長い。この人、自分の話したい話題になるとホントに周り見えなくなっていつまでも話すタイプだ。しかも最初に私の言ったことであってるとか言ってるし、これまでの長文は何だったの……。

 この話題から逃れるためには別の話題に緩やかにナカケンさんの機嫌を損ねずにシフトチェンジしていかないと。


「そう言えば今日もガンダムのTシャツですね」


「ああ、この真っ赤なジオンTシャツ、カッコイイだろ?」


「え、あっ、はい、カッコイイですね!」


 確かにカッコイイんだけど流石に真っ赤な短パンに合わせる服装ではないと思う。


「でも、ナカケンさんはそのTシャツか I

Love 人類Tシャツか働いたら負けTシャツか後は得体の知れない見たことすらないような柄のTシャツの四枚しか着ているの見たことないんですけど……」


「だって、この四枚しか持ってないんだもん」


 oh......

 あの大きいタンスの中にTシャツ四枚しか入ってないの……。


「僕はキメ顔でそう言った」


「ホントにキメ顔で言わないでください、気持ち悪い。言うなら童女になってから言ってください」


「了解した!」


 了解すんなよ……。


「その服もどうにかした方がいいと思います。大人なんですから普段着にもそれなりに気を使ってオシャレな格好しないと恥ずかしいですよ? ……と言ってもナカケンさんにそんな余計なものを買っている余裕なんて無いですよね」


「お嬢ちゃんもなかなか辛辣だな~。でも、確かにこのままじゃ人としてまずいかもね」


「だからナカケンさんもそろそろ働───」


「それじゃ今日は買いに行きますか」


 ……う、うそ……。この人自分から買いに行くと言ったの!? もしや前みたいに自分の財布事情も理解せずに言っているな?


「ナカケンさん落ち着いてください。そんなにお金を持っているんですか?」


 するとナカケンさんは目を伏せ、その後すぐにこちらにキメ顔をした。目を伏せる意味はあったのだろうか?


「お嬢ちゃん、大人を舐めてもらっちゃあ困るよ。僕だって服を買う金くらい……、ある!」


「いや、普通誰だって日本で生きてりゃ服買う金くらいありますよ」


「でもお嬢ちゃんはそんな金持ってるのかと聞いたじゃないか!」


「いや、それはナカケンさんだから……」


「僕だって生活するためには多少のアルバイトくらいならするさ」


「なら普通の仕事もして欲しいものですね。それで、何したんですか?」


「マグロ漁」


「えっ?」


「マグロ漁」


「まさか一本釣りしてきたんですか?」


「違う違う。マグロ漁=一本釣りって発想は一体、何十年前の話だね? でも戦争で荒らされた後の数年は天然モノ取ってたんだっけ? それでも今は全て完全養殖だし、曳縄漁ひきなわりょうとかが普通だよ。だけど、これだと傷つけちゃうことがあるから高級品は代わりに僕が捕るの」


 何だか随分と規模の違う話になってきた。一人で捕るってどういうこっちゃ……。


「それならわざわざナカケンさん雇わなくても一本釣りでよくありません?」


「分かってないなお嬢ちゃん。一本釣りなら時間かかるだろ? でも俺なら10秒程で終わるから」


 何を隠してるのか知らないがこの人絶対嘘ついてるだろ。


「いくらナカケンさんでも10秒じゃ無理ですよ。大きさからして私達と同じくらいあるんですから。しかも狭い生簀に何十匹もいるんでしょ? ありえませんよ。足場だってしっかりしてないんだし。バカにしないでください。それくらいわかりますよ。話を盛りすぎです!」


 と、私が完全論破してあげたのにも関わらず、ナカケンさんは未だに納得してないような、「解せぬ」とでも言いたげな顔をしていた。


「なんで大きさ? どうして足場の話になったんだ? 別に関係ないだろう?」


 何言ってんだこの人は? いくら超人でもそこは問題あるだろう?


「いや、だって潜ってたら確実に関係ありますよね?」


 それでも彼は首を傾げる。


「潜る? いや、別に僕は潜ったり──」


 と、言いかけたここでナカケンさんは明らかに音量を落として言葉を濁らせる。


「そっかお嬢ちゃんは知らないのか……。もう結構話してるからいつもの調子で話してしまった……」


 小言で自分に言い聞かせるように言ったナカケンさんの言葉を私は聞いてしまった。

 何か私の知らないことがまだあるらしい。今まで色々なことを聞いてはいるものの彼自身の話は未だにほとんど知らない。そもそも本名すら知らないのだから内輪話など知るはずもない。

 だからまだ私はナカケンさんの内輪の中にいるということではないのだろう。しかし、今はまだいい。いつか私に話してもいいとナカケンさんが思えた時にゆっくり聞こう。

 だから私はこう言った。


「分かりました。もういいです。人には言えないような方法で捕ったんですね。そんなことよりも早く買いに行きましょう」


「え? あ、うん! そうだね!」


「そして、帰りに警察署に寄りましょう」


「そうだね! ……じゃないよ! 行かないよ!」


「いいから行きますよ!」


「警察署には行かないよ!?」


「くどい。わかりましたよ」


「そっちから話振っておいてひどいよお嬢ちゃん。くっ、最近の女の子は辛辣だな……」



       ×  ×  ×



 私達は隣町の最近出来た大型ショッピングセンターに向かった。無論ナカケンさんはそんなところ知るはずもないので私の案内で。

 

「うわー! ココすげぇでっかいなお嬢ちゃん! 駐車場だけでいつもの公園の五倍、いや十倍はあるんじゃないか!?」


 手足をバタバタさせてまるで小学生みたいにはしゃいでいた。見た目と声以外はね。

 だがまぁ初めて見る人は仕方ないのだろう。昔からショッピングモールは幾つかあったが、ここの場合は規模が違う。恐らく今まであったショッピングモールの二倍はある規模だ。ありとあらゆるショップ、映画館もあればイベントスペースもある。何ならここへ来て出来ないことは法に触れるようなことと言えるまである。


「ナカケンさん落ち着いてください。車も通るんですから気をつけてくださいね」


 まぁとはいえ突然飛び出しても人工知能が自動で止まるから事故になることは無いんだけれど。


「そうだね、車を壊さないように注意しないと!」


 英雄の発想はそうなるのね……。

 興奮するナカケンさんを宥めながらショッピングモールの中へ入る。

 自動ドアが開くと涼やかで乾いた風が私達を吹き付けた。

 

「なにここ、中もすごい広い! 何この開放感!?」


 「うひょー!」とか言ってナカケンさんは目を輝かせていた。両手を広げ、「アキハバラー!」とか言ってもおかしくないレベルのはしゃぎようだ。

 だが、確かにここはタダでさえ広い上に吹き抜け構造になっているため開放感がある。それに何も無い平日の昼間に来る人なんてそんなにいないから比較的ガランとしているし、騒がしくもない。まぁ、私は隣にうるさいのが一人いるが。

 

「それじゃあ、早速買い物しに行きますよ。くれぐれも勝手に遠く行かないでくださいね?」


「子供じゃあるまいし、心配はご無用さ!」


 子供みたいなものだろ。

 と、思ったがさっきから冷たい態度をとってしまったためにこのまま口にしたらおそらくナカケンさんは泣くなり、いじけるなりしそうなので今回は口にしない。

 

 私とナカケンさんはとりあえず歩みを進める。その間にも様々な店が立ち並び、様々な雰囲気を醸し出していた。

 カフェ、ジュエリーショップ、コーヒーショップ、フードコートへ続く通路を跨いでコーヒーショップ、文房具屋、コーヒーショップ、コーヒーショップ。

 ……ここのショッピングモール、コーヒーショップ推しすぎだろ。そんなに要らないわ。コーヒーショップもコーヒーショップで他の候補地なかったの? どんだけここコーヒーショップ激戦区なの? そして間にある文房具屋、異質すぎる……。

 そんなことに気を取られていると、どこからか「お嬢ちゃ〜ん!」と呼ぶ、野太い声が聞こえた。無論あの人である。


「ナカケンさん、だから遠くに行かないでって言ったじゃないですか!」


「別に遠くじゃないだろう?」


 この人の感覚からしたらもしかして遠くって言うのはこのショッピングモールの外になってしまうのでは無かろうか? ……うん、今までの経験上からすればその可能性は大いにあるな。ナカケンさんと私の感性って結構ズレてるしね。


「それじゃあ言い方を変えます」


 ナカケンさんは何か話した気にソワソワしているがそんなことはお構い無しで私は言葉を続ける。


「ナカケンさん、ずっと私のそばにいてください」


 私がそう言った途端、何故かナカケンさんの顔は紅潮し、明後日の方向を見たまま言った。


「わかった……」


 なんか新鮮な反応だ。この反応……、ははぁ〜ん、そういうことか。

 私は思わずイタズラな声でナカケンさんに尋ねた。


「もしかしてナカケンさん、照れてます?」


 するとナカケンさんは手をブンブン振って全力で否定する。


「違う! 照れてないよ! ただ、その、なんというか……アレなんだよ……」


「なんですかアレって?」


「うぅ……」


 なんか反応が恋を理解し始めた中学生男子みたいだな。その時、彼の成長を見た瞬間であった。まぁ小学生から中学生になった所で年齢に伴ってない所は同じなんだけどね。


「それよりお嬢ちゃん! こんな所に案内板があったよ! 洋服はここだってよ!」


 ナカケンさんは照れを隠すように大袈裟に身振り手振りを交えながら私に説明した。

 まぁオッサンの照れ隠しなんてなんの需要もないんだけどね!

 そんなわけでそこへ向けて出発した。

 さっきの案内板からすると男物もありそうな洋服店は離れており、三区画ほど先にある。

 私もあまりここには来たことがないため自信が無いのだが、この超アナログ人間に先を歩かせるわけにはいかない。ということで仕方なく私が前を歩いている。

 だが、道にばっかり集中してもいられない。後ろには好奇心旺盛な見た目オッサンのガキがいる。時折、その好奇心旺盛キョロキョロボーイに目をやり、何かにつられていたらそこから引きはがす。それを繰り返しながら進んでいった。

 しばらく歩いていくと少し先に目的のそれと思しき店舗を見かける。


「ナカケンさん、ありましたよ」


 私が話しかけるものの返答は無い。そして、振り返っても予想通りそこに彼はいない。

 ホントにどこまでも予想を裏切らない人だな……。


「はぁー……」


 溢れるため息を全く我慢せず吐きながら、元来た道を嫌々ながら引き返す。

 キョロキョロと今度は私が色んな店を見回しながら探した。

 すると少し奥まった一角、エレベーターの前でナカケンさんは立ち止まっていた。


「ナカケンさん! 何やってるんですか! あれだけ離れないでって言ったじゃないですか!」


 私が怒ってみせると彼の肩は少し跳ね、驚いたような顔でこちらを見つめた。


「急に大声出さないでよ。驚いたじゃないか」


「何言っているんですか。驚いたのはこっちですよ! 店を見つけたと思って振り返ったらいないし!」


「ごめんごめん」


 ナカケンさんは両手を合わせ、片目を閉じ、小さく舌をペロッと出してとても謝っているようには見えない謝罪をした。


「まぁいいです。それより早く行きますよ?」


「ちょっと待ってくれ、お嬢ちゃん」


 ナカケンさんがいつに無く真剣な声で私を制止した。


「ここ、色んな店が沢山あるよ!」


 ……そりゃ、ショッピングモールだからな。


「これを見てくれ!」


 ナカケンさんの指差した先にはエレベーターの案内板があった。これは先程のこの階の案内板ではなく、各階に何があるのかを示す案内板であった。


「ここの三階にはアニメショップにゲームセンター、さらには映画館まであるじゃないか!」


 まぁあってもおかしくはない。


「なんですか? 行ってみたいんですか?」


 するとナカケンさんは目をキラキラ輝かせて首をぶんぶん縦に振った。


「行ってもいいですけどその前に服買いましょう」


「なら早く買いに行こう!」


 だからさっきからそう言ってんだよ……。

 私はナカケンさんがもう逃げないように手を引きながら洋服店へ連行した。



       ×  ×  ×



 店内の様相はやはり男性向けの洋服店だけの事はあって私の普段感じたことの無いようなシックな雰囲気を醸し出していた。

 やっぱりこの店内は慣れないせいか落ち着かない。それに私、女だから普通に居にくい。

 だが、全く落ち着きが無く、この店内に居るべきではないであろう私の連れは、やけに場馴れしていて周囲など全く気にしていなかった。

 

「うーん……、やはりこれだな! 見てくれお嬢ちゃん、どうだ?」


 またどうせ下らない服を選んだんだろう。

 私は期待しないようにとそんな予想をある程度しておいて、侮蔑するような目で振り返った。

 振り返ったのだが、商品を見た途端、その私から感嘆の声が漏れる。


「こ、これはナカケンさんが選んだんですか!?」


「うん、もちろんそうだよ!」


 少し暗めの赤色のジャケットがナカケンさんの胸の前にかざされていた。

 こんなカッコイイの選ぶとは……。絶対変なキャラクターやら模様がプリントされた謎の服を選ぶと思ったのに……。まぁそんな服がこの店には無いのか。


「どうだい? いいだろう?」


「はい……。驚くくらいにはいいの選びましたね」


「それじゃあこれ買ってくるね!」


「……ちょっと待て」


 私はナカケンさんの肩を掴んでレジへ向かうその歩みを止めた。

 

「ナカケンさん、商品は一個一個別々に持っていくんじゃなくて複数あったらまとめて持っていくものですよ?」


 彼は首だけ振り向き、横目でこちらを見て答えた。


「何言ってるんだい? そんなこと知ってるよ」


「じゃあ、なんでレジに向かおうとしているんですか?」


「そりゃ、これを買うからだよ」


「これだけをですか?」


「うん、これだけ」


 その瞬間、私の何かがプツンと切れた。


「ナカケンさん……」


「ん?」


「そこに直れ!」


「はいっ!」


 声荒立てた私から何かを感じ取ったのか彼は素直にそこに正座して行儀よく膝の上に指を揃えた手を乗せた。


「ナカケンさん、あなたは馬鹿なんですか!? このジャケットだけを買っても意味無いでしょ! ジャケットはそれだけじゃ着れないんですよ!」


 すると私から目を逸らし、ナカケンさんが小さな声で抗弁する。


「……別に僕だってそれくらいの事は分かるよ」


「じゃあ、なんでそれだけ買おうとしてたんですか? 何かを他に考えでもあったんですか?」


「そりゃ、今着てる服に合わせて買ったんだ。だから胸の前に当てて似合っているかどうかお嬢ちゃんにも聞いたのに……。そうだよ! その時はお嬢ちゃんだっていいって言ってくれたじゃないか!」


「あの時はそのジャケット単体としてどうか聞いたんだと思ったんです! てか普通に考えればおかしいことくらいわかりますよね? なんで真っ赤な上下に更に赤を足そうと思うんですか!? ここまでくるとファッションセンスどうこうの問題を通り越してますよ!」


「だってシャアだって上下赤じゃないか!」


「それはアニメのキャラクターだし『赤い彗星』って呼ばれてたんですから! それにシャアだってそこまで赤づくしじゃないですよ!」


「僕だってそこまで──」


「あのー、お客様」


 ここで二人だけだった会話に聞き慣れない声が参加してきた。私達は思わず睨みつけるような顔でそちらを向いてしまう。

 そこの目線の先には店員と思しき人物がとても困ったような表情で立っていた。


「お客様。大変申し訳ないのですが他のお客様のご迷惑となりますのでもう少しお静かにお願いします」


「「は、はい……」」


 私とナカケンさんは完全に赤面していた。

 うぅ……、思わず我を忘れて大声で起こってしまった……。

 そして周りをよく見てみると少し引いたような冷たい視線が集中していた。

 やだ、もう帰りたい……。

 そんな私はナカケンさんに一言言った。


「……それじゃあ、ほかの服は私が選ぶってことでいいですか?」


「うん、そうしてくれ……」



       ×  ×  ×



 その後、私はナカケンさんの選んだジャケットに合いそうな洋服とこれから着るであろう夏服を手早く静かに選ぶ。そしてナカケンさんに手渡すと、彼はレジへ向かい今時珍しい現金で会計を済ませた。


「買い物、終わったな……」


「終わりましたね……」


 私達は店の前のベンチで座り込み、そんな高校最後の部活の大会の帰り道にでも言いそうなセリフを吐いていた。


「でもこれで任務達成! 三階に行こうぜ、お嬢ちゃん!」


「ちょっと待ってください。私少し疲れた(アンド)喉渇きました」


「確かに俺も喉渇いたな。そんじゃ僕が何か飲み物を買ってくるよ。何がいい? 僕はコーラにするけど」


「私は普通にお茶でいいですよ」


「了解!」


 彼は相変わらずビシッと敬礼すると奥の自販機へ歩き出した。


 閑話休題。


 それにしても広いショッピングセンターである。昔の私からすればこんな所は知ってはいても来るなんて有り得なかったことだろう。

 私は生まれた時から部屋に閉じこもっていた。人類抹殺戦争で外に出ると殺されると常に両親から言われ続けてきたからである。だから常に私の娯楽は部屋の中にあった。勉強をし続け、昔の本やアニメやゲームを漁り、数多の知識を身につけてきた。

 だが、それは九年間で終わる。

 両親の死をきっかけに児童養護施設に入れられた私はそれまでと生活を同じように送ることが出来なくなった。なぜだかわからないが新たに知ることも少なくなった。勉強出来る教科も少なくなり、昔のアニメ、漫画、本に至ってはほとんど無くなった。特にアニメ、漫画など皆無である。それまでは溢れるようにあったのに。

 しかし、もちろんいいこともあった。今まで両親としか触れ合わなかったが、その児童養護施設に入った途端、多くの同年代の友達が出来た。自立した今ではもう、会わないし、連絡先すら知らないがあの時の仲間は私に忘れられない新風を巻き起こした最初にして最高の仲間であったと私は思っている。


 なぜか物思いに耽った私は少し感傷の涙を流しかけてしまった。たいした歳でもないというのに。色々あったと思ってしまった。


「みんなどうしてるのかなー?」


 そう呟いた途端、突然辺りは騒然とする。

 人々の叫び声と足音が館内に響き渡り、物が倒れたような、あるいは壊れたような音も時折聞こえた。

 私も状況を把握し切ってはいないもののその場の雰囲気を感じ取り、逃げようと席を立つ。そして振り返り、出口へ向かって走り出そうとした瞬間、何かが私から数十メートル先に落ちた。隕石のように爆音を轟かせ、砂埃を舞い上げた。

 舞い上がった砂埃の中から何かが光り、動いている。その光は確実にこちらを照らしていて、まるで見つめているような印象を受ける。

 私はまた、身動きとれずその場に硬直してしまった。

 動かそうと意識しても、体が全く言うことを聞かない。『蛇に睨まれた蛙』とはまさにこの事かと実感してしまうほどだ。

 砂埃は徐々に止み、その光の正体が露わになる。

 三方に分かれた鉤爪の付いている長くも太い巨大なアーム。それが四つほど一つの丸く鈍色の球体から伸びていた。そしてその球体には一つのカメラが付いていた。それはこちらに焦点を合わせるように細かく動き、光を飛ばす。そう、私が見つめているように錯覚してしまった原因はこれだ。

 それは見るからのロボット。人の形すらない禍々しい兵器であった。

 その兵器は一歩一歩、床に凹みをつくり、文字通りの爪跡を残しながらこちらに近づいてくる。

 そして、残り五メートルほどのところで奴は立ち止まり、再びこちらを見定める。

 しばらくそのままその状態が続いた。地獄のような時間だ。逃げ切れてもおらず、殺されてもいない。まさに万事休す。

 だが、その均衡もそう長くは続かなかった。

 奴がその大きなアームの一つを振り上げ、その鉤爪を大きく開くと私の体を目掛けて襲いかかる。

 すると刹那、あと一メートルもないところでそのアームは大きく弾かれ、私の目の前には一つの影が現れた。

 その光景は初めてナカケンさんが私の前に現れたあの時によく似ている。

 だが、その背格好は彼のそれとは違っていた。新鮮でありながらもどこか懐かしい。その背中にはそんな不思議な感覚を受けた。

 

「大丈夫か?」


 助けてくれた彼が振り向きつつ、そう私に声をかけた。その瞬間、私は思わず考えるより先に声に出していた。


「拓磨?」

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