英雄の本音
──僕らは歩いていた。暮れなずむ夕陽が二つの影をつくる。
「ねぇ、もしも私が居なくなっても悲しまないでね」
彼女はそう言って微笑んだ。夕陽のせいだろうか? 白いワンピースも彼女の頬も赤く染まっていた。
「だって貴方はとっても強くて、弱いもの」
彼女のひんやりと冷たい細い指がそっと僕の頬に触れる。
僕は怖かった。彼女が雪のように崩れてしまうんじゃないかと錯覚した。愛おしくて動けなかった。
「私が居なくなっても壊れないでね──」
× × ×
「──っ!」
また、これか。いつまでも情けない。もう10年以上前なんだぞ。女々しい自分に嫌気が差す。
「はぁ……」
夜の戦闘の後、家にも帰れず僕は公園のベンチに横たわり眠った。
『人類は僕が支配した』
彼はそう言った。つまり誰一人とて信用してはならないってことだよなぁ。
「はぁ……」
僕がもう一度ため息をつくと土を蹴り歩く音が聞こえる。
「やぁ、久しぶりだね。英雄くん」
彼は白衣のポケットに手を突っ込みながら僕を見下ろした。
「瀬尾さんですか。お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
彼は相変わらず嬉々としている。
「君はここで寝っ転がって何しているんだい?」
「何って見ての通り、寝転がってるんですが」
「何もしなくていいのかい? ロボットに人類全員支配されているけど」
「貴方はどうなんですか?」
「僕は人類じゃなくて君の先輩だろう? それに僕はわかってたからBMIは取ってある」
はぁ、この人は全部わかっている。現状も忌々しい過去もこの先の結末も、全て。だからこんな嬉々としていられる。けど僕はわからない、何もかも。
「まぁ、なんにせよ人類はもう全て奴の手の中。誰も知らずに時が過ぎるだけ。それに奴のやろうとしている事は間違いじゃない。合理的だし、理想的といえば理想的だし、何より現実的だ。あとは僕らが退場すればいいだけじゃないですか」
「なるほどねぇ」
「何を。言うまでもなく知ってたでしょう」
「これは確認さ。私も昔は人に踊らされた事があったからねぇ」
疑わしい。しかし、彼は嘘をつきそうでつく事はほとんど無い。真実、なのかもしれない。
「まぁなんにせよわかったよ」
「何がですか?」
「怪物の子は怪物って事が」
「……親父と、一緒にしないでください」
「同じさ。人に憧れ、人を真似るところなんてそっくりだ。あの時のあいつも、その息子の君も、肝心な事を理解していない。人間ってのは不純物が必要だ。君達はその強さに、生物としての優等性に濾過されてそれがない。感情っていう不純物が」
僕は英雄じゃない。正直、人類の未来なんてどうでもいい。感情論で動いてどうするのだ。幸せを求めて何が悪い。知らぬが仏。知らずに死ぬのならそれは問題ないだろう。幸せな死に方だ。痛みや憎しみ、罪悪感を残したまま死ぬよりよっぽどマシだ。
「君はまだ化物さ」
彼はそういうと踵を返し、白衣をはためかせて歩き出した。
俺は起き上がり、彼に説いた。
「なら、貴方はなんでロボットを封印から解いた! なぜ、感情を上書きできるシステムを作り上げた! 脳内マイクロチップなんてものを開発したんだ! 人間には感情が必要なんじゃないのか!」
すると彼は舐めるように横目で私を見つめた。それは隅から隅まで舐め回しながら心臓を握る舌のようだった。
「いつも言っているだろう。私の行動原理は『面白いか』否か、だ」
そう言って彼は手をひらひらと振りながら帰っていった。
すると、彼とすれ違うように一人の男が公園に入ってきた。
「やぁ、蒼くん」
すると彼は開口一番。
「ここで死ね」




