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崩壊

 あれ以降、琢磨は随分と素直に瀬尾教授の言葉を聞くようになった。

 まぁ、あれだけのものを見せられればそうもなるだろう。

 そして、そんな琢磨の態度を見て、興が乗ったのか瀬尾教授はさまざまな新しい訓練を取り入れ、琢磨をしごき倒していた。


「さて、じゃあ今日はこのボックスの中に入ってくれたまえ」


 野梅公園に来た我々の目の前には、公園を占拠するように謎の白いボックスルームが出来ていた。昨日まではなかったのに……。

 

「なんですかこれ? というか公園占拠してこんなもの作ったら色々問題ですよ?」


「これは反射神経、弾丸をかわす感覚を訓練のために徹夜で作った体験型反射神経トレーニングマシーンだ!」


 ドラえもんもびっくりの仕事の早さだな。


「それで、公園の問題は?」


「知らん」


 私も関係ないから知らん。


「このシステムは──」


 よく続けられるなこのジジイ。


「ルーム内で発射されるペイント弾をかわす単純なシステムだ。ペイント弾だから怪我の心配はないが、このシステムは君の脳内とマイクロチップを通じて繋がっているから当たったところは実際の弾丸と同じ痛みが与えられる。MRで兵士の姿が見えるし、実際に撃っているから五感で感覚を体験できる」


 そして、琢磨は促されたとおりに中へ入ると瀬尾教授は振り返った。


「それじゃ、そろそろ行くか」


「どこに行くんですか?」


「学校に戻るんだよ」


「え、琢磨は置いて?」


「うん」


 ええ……。いいのかそれって?


「それで学校で何するんですか?」


「講義に決まってるじゃないか、幸奈くん」


 それもそうか。……というか今まではなんでずっと講義出ないでいられたの? あんた、うちの学校が誇る名誉教授でしょ? 常に忙しくて当たり前だよ? 水曜夕方5時のアニメとか見てる場合じゃ無いはずだよ?


「どうだい、幸奈くんも久しぶりに受けてみないかい?」



       ×  ×  ×



 ――と、言うわけで今は数ヶ月ぶりに瀬尾教授の授業を受けています。琢磨を置いてきた罪悪感を残しながら。

 しかし、瀬尾教授の授業とはいえ、あくまでも学生向けの授業。随分前に学習した理論だ。復習にはなっても新しい発見、刺激にはならない。

 ……それはそれとして案外と瀬尾教授は教えるのがうまい。研究者としても教育者としても優秀で気さくな人柄。生徒からの人気も高いし、大学としてもこの人を広告塔に生徒を募集しているのだからいてもらわないと困るはずだ。顔も悪くないしホントに改めて考えてみるとこの人、完全無欠だな。

 だがこの一見完全無欠さん、なんでここにいるんだろうか。これほどの逸材は日本中、いや世界中の大学が欲しがるはずだ。多額の研究費用を餌に獲得へ躍起になっているはずだ。対してこの坂織宮大学は偏差値もよくなければ財政面もそれほど良くない小さな大学だ。それにあの悪名高い坂織宮高校は同じ学校法人で近いと言うこともあり、不良もここらにはよく出るし、それに釣られてか暴力団による事件も度々ニュースで取り上げられるほど、非常に治安が悪い。あれだけ強ければ関係ないのかもしれないが。まぁなんにせよいいところなんてなそうだけどな。不思議だ。

 

「――今回の講義の本題はこれくらいにしよう。ここからは僕の持論で戯れ言に過ぎないから聞き流してくれて結構」


 彼は授業の終盤、そう言って前から十二列目の右から二番目に座る私のみを見ながらそう言った。


「さて、電子工学科に在籍する諸君はこれまであらゆる記号、あらゆる式を下に、物事を理解してきたはずだ。これらによりその過程までみっちりくまなく理解できたのが科学なのだ。――いや、理解できそうなのが科学なのだ」


 彼の声は非常に穏やかで柔らかい物言いであった。しかし、その言葉は私の胸にその切っ先を向けている。


「――魔術と科学の違いは何なのか。それはその過程を自分達の理解の枠に収められるか否か、だ。

 例えば数百年前の人類が今の光景を見たらどう思う? よく物語では言われるが間違えなく魔術だの妖術だのと言うだろう。それは数百年前の人類の理解の範疇を超えたからだ。自分たちの言葉や記号で説明できないからだ」


 まぁ当たり前の話だ。そして、その説明のできない力を偶然手に入れてしまった人間を人は魔法使いだなんて呼ぶんだろう。


「では、それを踏まえた上で君らは魔法陣を通じて人がテレポートするなんて話を信じるかね? 杖を振ると炎が出ることを否定するかね? 呪いの人形に釘を刺すだけで人が死ぬことを認めるかね? そう問われた時に即座に否定してはいないかね? 君らの知る記号で、君らの知る法則で否定してはいないかね? できないこととは、証明されていないだけであって証明できないと限っているわけではない」


 そして彼は断言する。


「少しでも否定した諸君は私のようにはなれないぞ」


 にこやかに笑いながら。


「──そして、今や科学とは魔法だ」


 彼がそう言うとより一層辺りは静まり返った。


「ははっ、何言ってんだこのジジイって顔してんな? さっき言っただろ魔法とは理解の範疇を超えた代物のことを言うって。君らは使えはするだろうけど理解はしてないだろ? 君らは結果しか理解してない。例えば君らのほとんどが頭ん中に埋め込んでるそれ。BMIブレインマシンインターフェイス。君らはその仕組みを理解しているのかね? 結果のみしか知らないんじゃないかね? その過程が明確であると伝聞しただけだろう? それは魔法と何が違うだろうか?」


 彼はにこやかなまま言葉で責めた。


「そして、私は仕組みを完璧に理解してるから君らとは違って魔法使いなわけだ。

 話は変わるが西洋では過去に魔女裁判なんてものがあったことは聞いたことくらいはあるだろう? では何故彼らは魔女と思しき人間を殺していったと思う? それは何が出来るのか分からないからさ。魔女は何ができて何ができないのか。それの見当がつかないからとりあえず殺した。そう考えるのが妥当だろう。生物として、不安要素を排除するというのは当たり前だ。そう考えれば魔女を殺した側が全くの悪人、快楽殺人と同じとは言えない。逆にそれが恐怖であるが故に従うというのもまた、理解出来る。

 それに比べて君らはどうかな? 君らは少しでもその頭に埋め込んでいるマイクロチップを不審に思ったことはあるかい? 私を疑ったことはあるかい? もしかしたら私が君らを洗脳出来るように設定しているかもしれないぞ? なんなら君らを殺すことが出来るかもしれないぞ?」


 これができたらそれこそ物語の世界。しかし、この人の話を無視できる人はそういない。


「君らは情報を信じることはしても疑うことはしない。私からすればそれは科学者として、生物として、終わっている」


 その時、講義室は静寂に包まれた。されど、彼らの目は騒然としている。


「──言いたいことは以上だ。皆、お疲れ様」


 いつもの朗らかな瀬尾教授に戻ると受講生の動きは鈍くなれど徐々にゾロゾロと教室を離れて行った。


 その時、私は一つの仮説に至った。

 それはそれこそ私の常識の範疇を超えている。全力で否定する自分がいる。それでも不可能と言い切れない。偶然か必然か。仕組まれていたことなのか否か。それすらもわからない。だが、確かめることはできる。知っているはずの人物は目の前に一人いる。

 私は席を立った。レジュメと筆箱を席に置き去りにして教壇へ向かう。誰もいない教室。私はすごい顔で彼を睨んでいるのだろうとそう思いながら問う。


「瀬尾教授、なんで今日、私をここに呼んだんですか」


「なんでってら君はあくまで私の講義を受講している学生だ。呼んだっておかしくないだろう」


「マイクロチップで人は洗脳できるんですか」


「できるよ」


 彼は明確にそう言った。


「10年前に封印されたはずの『アダム』をニューインターネットワークに移したのも貴方ですか」


「ああ、そうさ」


「なんでそんなことを!」


 私は驚きを憤怒に乗せて机を叩き、迫った。


「それは教えられないなぁ。というか、言えるほどの理由がない。まぁ強いて言うなら面白そうだったから?」


「ふざけないで本当の事を教えてください!」


「これが本当の事なんだけどなぁ。まぁ仮に理由があって、私がはぐらかしているとして、君は僕が答えるとでも?」


「答えてもらいます」


「へぇ、どうやって?」


 私はその時、冷静になった。頭でも体でも太刀打ちできるはずのない彼に私では交渉の類いは無理であったと。


「……じゃあ、最後にひとつ」


「ん? なんだね?」


「貴方は人類の敵ですか?」


「どちらでもないよ」


「そうですか」


 この人と問答していても時間の無駄だ。この事を早く伝えないと!

 私は踵を返す。

 すると背後から声が聞こえる。


「ロボットにはもう力がある。私の分け与えた力が。そろそろ始まるよ。ロボットの反抗作戦が。あとちょっと」


 何を言っている?


「5」


 カウントダウンが始まった。


「4」


 彼の声で世界が軋む。


「3」


 何かにひびが入り、私は惑う。


「2」


 そして世界に大きな亀裂が入る。何に入ったのかはわからない。しかし、それは繋ぎ止めねばならないものだ。


「1」


 そして亀裂は広がり、


「0」


 崩れた。


─────────……………………。



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