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武とは

 監視社会と言っても過言ではないこのご時世。取り締まりがどんどん厳しくなっている。そのため、今は不良学生というのはほとんど存在しない。

 そんな中、いかにもガラの悪い改造された学ランを纏う数十年と変わらない姿を守り続けているこの坂織宮高校の不良生徒はもう生きた化石として保護するべきなのではないだろうか。……うん、するべきじゃないか。

 そんな「ヒャッハー!」とか言ってそうな男たちがバイクで野梅公園を囲み、指をポキポキ鳴らしながら降りてきた。


「やぁ、学校帰りにわざわざ悪いね」


「別にあんたのためじゃねぇ。先崎さんに頼まれたからだ」


「さすが彼は人望あるなぁ。それでこれ1000人いるの?」


「知らねぇよ。ただウチは三千ちょい生徒いたはずだから適当に先崎派の連中を連れてきただけだ」


「なるほど三将だから綺麗にばらけていれば千人くらいになるのか。上々上々。じゃあ、あの真ん中にいる男の子にタイマンで喧嘩してきて。ただし、投げ飛ばされたりして3秒以内に構え直さなかったらその場で決着ついたことにするからね」


 そう言われた不良達は琢磨を取り囲む。


「……マジかよ」


 彼はそう呟きながらもその顔には冷や汗と一緒に笑みが浮かんでいた。


「しっかり受け止めろよ!」


 琢磨は細身だが筋肉質でその身体能力は見ただけで容易に想像がつく。しかし、不良はそれに決して臆さず、楽しそうに笑い、殴りかかる。

 すると琢磨は、顎狙いの高い打撃の軌道を外にずらすとそのまま掴み、掌底を相手の顎に当てるようにして突き上げ、そのまま丸め込むようにして下に落とした。


「次!」


「おお、やるねぇ」


 早い。相手の強さはわからないが少なくとも天下にその名を轟かせる不良の巣窟、坂織宮高校の生徒である。そこらのチンピラより強いことは確かだ。それをあっという間に倒すだなんて……、やはり教授の指導が実ったということか。動きも東洋武術的、合気道の動きのように見えた。

 続いて、中段の突きを紙一重で躱すと拓磨は下へ突くように腕を突き出す。しかし、それは突きでは無い。自分の肘で相手の肘を極めていた。そして、それにより出来た隙を突く。

 その動きは一丁前の武術家であった。

 その後も次々と敵をあしらい、倒していく。


「やっぱり彼の戦闘センスって奴は、ずば抜けている。その動きを学ぶセンスも分析するセンスもそれを体現するセンスも、全部が素晴らしい。流石だねぇ」


 あの、瀬尾教授もベタ褒めである。

 だが、最後にこう続けた。


「まあ、センスだけだがね」


「瀬尾教授、それって……」


 私が尋ねようとするとそれを遮るように彼は立ち上がる。


「15人……。さて、そろそろか」


 瀬尾教授の視線の先には連戦にバテつつある琢磨の姿があった。

 僅かにバテて、僅かに相手から視線を外しただけ。だがその一瞬の隙が命取りとなる。

 琢磨は隙に討たれた打撃を躱すも反応が遅れる。そして、疲れもあってか徐々に体勢を崩し、ついに地面に手をついた。


「そこまで!」


 不良のあざ笑う声を掻き消すように公園中に響く大声で瀬尾教授は止めた。


「悪いがこいつは明日も稽古があるので怪我はなるべく避けたい」


 瀬尾教授はそう言うものの、相手は荒くれ者ばかり。笑いながら文句を口にする。


「はあ? 俺らをわざわざ呼びつけておいて何もせずに帰れって言うんじゃないだろうな?」


「もちろん!」


 ――――。


 その声が再び静寂を呼ぶ。


 そして数秒後、静寂が破裂するかというそのとき。


「もちろん、そんなことを言う気はない」


 瀬尾教授は楽しそうに笑う。


「君らのような若者は暴れたくて仕方ないだろう? なら残りは僕が相手をしよう。それで手を打ってくれないか?」


「教授のおっさんが? 残りのアホみたいにいるこの先崎派のほとんど相手すんのか? 怪我してテレビ出られなくなっても知らねえぞ?」


「そのときはそのときさ。名誉の負傷とでも言って誤魔化すさ」


「あくまで倒す気か。いくら頭よくても喧嘩強くはなれねえぞ」


「はは、そう言ってる内はまだまだザコだね。モブくん」


「ジジイ、舐めんな」


 怒りの沸点を超えた彼が飛びかかる最初の一歩を踏み出すと目の前の瀬尾教授は彼の横にいた。

 瀬尾教授の口角がさらに上がると引かれていた手が放たれる。まるで鞭のようにしなりながら掌が相手の胸を打ちつける。空気を揺らすような音が響く。

 あの動きは中国武術の鉄砂掌か! あれは人を殺せるような技だぞ!?


「手加減はしたから大丈夫だよ」


 彼はまた人の心を読む。


「まあ、とは言え今日は素直に寝ておいたほうがいい。というかそもそも動けないか」


 見下し、そう冷徹に言い放った。


「あ、あと僕の時は別に一人ずつじゃなくていいからね。めんどくせえからまとめてかかってこい」


「一人倒したくらいで調子乗るなよ!」


「アホ、挑発に乗るな!」


 一部の人間が制止するも聞かずに襲いかかる。

 瀬尾教授はゆっくりと歩く。

 そして、続けざまに柔道の大外刈り、合気道の四方投げ、中国武術の斧刃脚、そして攻撃を空手の三戦で受け、突きで倒す。決して彼の歩みを止められない。ありとあらゆる武道を駆使し、倒して倒して倒し続ける。息も切らさず悠々と。

 その後5時間、彼は不良の相手をし続けた起き上がってこなくなるまでずっと。

 そして、倒れ込む不良の真ん中で彼は立っていた。陽はもう沈み、月光が白髪と白衣に反射して銀に輝く。そして、琢磨にこう言い放つ。


「君、勝者とは最後に立ってたもののことを言う。そして、武とは、何千、何万の先人が繋ぎ残した勝者になるための術である。分かったかい?」


 そのとき、琢磨は武者震いをした。

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