瀬尾教授の最強トレーニングメソッド
『最強』
男という生き物は常にその2文字に絶大な興奮と憧憬を抱いてやまない。
それは名誉のためか、地位のためか、はたまた護身のためか。
理由はどうであれ、それを目指し、極めんと探究し続けた者たちは後に、達人と呼ばれる。
× × ×
「じゃ、始めようか」
午前四時。
ウォーミングアップを終えた拓磨と瀬尾教授は野梅公園で稽古を開始する。
彼らの稽古はとっても地味だ。まずは沖縄空手から。これは歩き方をまず練習する。
まだ日も登りきっていない薄暗い空に地面の砂を擦る音が響く。
公園の対角線上をとりあえず100往復だそうだ。まぁ比較的小さい公園のため、走れば容易いがそうはいかない。体の正中線を左右に動かないように、また上下の動きも抑えて肩の高さを変えないように真っ直ぐとブレずに摺り足で歩んでいく。
これで強靭な足腰と東洋武道の基本である腰を落とすという感覚と摺り足を身につける。これは今まで西洋的な訓練を行ってきた拓磨は慣れない動きであろう。
まずは西洋と東洋の考え方の違いからという訳だ。
西洋はボクシングのようにステップを踏み、前後左右のみならずジャンプなどで上下へも体のバネを使って躱す。
それに比べて東洋の動きは体の捌きで前後左右に躱す。
これだけ聞けば西洋の方が優れているように感じるがそうとも言えない。ジャンプなど足を上げることは空中に、自分のコントロールの及ばない場所に体を動かす基点を持っていくという事だから、それを敵に取られれば対処のしようがないということになり、かなりリスキーな動きなのだ。まぁそれ故に東洋の常識から外れたような動きをする中国武術とかもあるのだが。まぁそれはそれとして。
そして、この考え方の違いは体の姿勢にも影響を与える。西洋ではS字の背中でやや前傾の形を取る。これは全身の体のバネを使うには理想的な姿勢と言える。しかし、足のバネである太ももはよく使えても、ふくらはぎや足の指先への力は弱まり、地面へのグリップ力は弱まる結果となる。
それに比べて東洋の姿勢は顎を引いて腰を落とす姿勢を理想とする。それは背骨が比較的真っ直ぐになるため体のバネはあまり使えないものの、足への力が強くなり、地面を掴むことができるのだ。
そのため、持続すれば西洋の動きの方が早いが動き出しは西洋より東洋の方が早い。西洋ではそれをカバーするためにステップを踏み、常に動いている状態を作り出すが、それでは地面を蹴りあげた瞬間に僅かに隙が生まれる。東洋の構えは地面に常に足が接している状態にあるため隙はない。
私は雑学含め知識をやたら詰め込んでいるけどこんな知識使う日が来るとは思わなかった。人生何が役に立つか分からないね。……まぁ、私の役には立ってないんですが。
そして、日も登りきり、朝ご飯にはちょうど良いと感じる程度の時間に拓磨は汗だくで摺り足の稽古を終える。
そして、サンドウィッチを三切れ口の中に水で流し込むと今度は白衣を脱いだ瀬尾教授が手刀を前に突き出すと拓磨も同じように手刀を突き出し、手首の辺りをXを書くように重ねた。そして、2人は押しあった。拓磨が相手の背の方へ動こうとすると瀬尾教授も合わせて動き、逆に胸の方へ動こうとするとこれにも瀬尾教授は合わせてくる。
見ていてわかる。練度が違うと。拓磨は押しあっている時も動こうとする時も何やら力ずくと言った印象が強い。肩が上がり、手と体の動きがバラバラだ。それに比べて瀬尾教授は手刀が体に乗っかっているように一体として動いている。脇は締まり肩は落ちている。無理がない。そのため、瀬尾教授から仕掛ける時は必ず決まる。拓磨が倒れ、背後へも胸へも侵入を許してしまう。
単純故に練度の問われる稽古である。しかし、これは合気道の稽古を始める前の言わば準備運動に過ぎない。
基本技をひたすらに体に覚え込ませていく。そして、次にノンストップで空手の型の稽古に移る。これもひたすらに繰り返し、それを終えると瀬尾教授の攻撃を空手の捌きで躱す練習だ。これもひたすらに繰り返し、体に覚え込ませていく。
すると、あっという間に昼ご飯の時間だ。しかし、これもまたおにぎりを3つ流し込むと次の練習へ移る。
次は瀬尾教授と組み合い、柔道の受け、脱力の練習だ。無論、拓磨も瀬尾教授を投げてもいい。しかし、この稽古の主題は投げられないこと。数時間の間、投げ飛ばそうとする瀬尾教授の技を受けきることである。
それが理想なのではあるが、まだ力に頼りがちな拓磨はあっさりと投げられる。
そして、空を見れば日が傾き始めていた。
「それじゃあそろそろ切り上げるか」
「まだだ。日は落ちてないし、続けられる!」
すると、瀬尾教授は何やらニヤッと口角が上がった。
なんか、嫌な予感がする……。
「無論、稽古はまだ続けるさ。切り上げるのはこの脱力の練習さ。これからやるのは実戦──」
すると野梅公園にやたらとうるさいエンジン音がいくつも近づく。
バイクが公園を囲むように止まった。
「──1000人組手」
ニコッと笑う教授はとっても楽しそうだった。




