表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/51

特訓開始

 あれから二日。

 瀬尾教授は気だるそうに琢磨に「自分の身長より高い鉄棒にぶら下がってろ」とそれだけ言って琢磨をほったらかした。それ故、今日も琢磨は野梅公園にいるはずだ。

 すると突然、研究室のドアが勢いよく開く。


「もう我慢ならん!」


 押し入ってきた琢磨は瀬尾教授に食ってかかった。


「あんなくだらないことをいつまでもやらせやがって! いい加減に為になることを教えろ!」


 そう言って胸ぐらに掴み、迫った。


「なんだいなんだい。随分と気が短いなあ。たった二日じゃないか」


 鉄棒ぶら下がるには十分なんじゃないでしょうか……。


「そもそも、お前に戦いの何が教えられるってんだ。竜崎さんを疑うわけじゃないがお前はあくまで科学者だろ」


「やれやれ、考え方が古いな。昭和世代かい?」


 昭和って……。そんな時代の人間はもう生きてないですよ。


「スポーツ科学なんて言葉があるように運動と科学は密接につながっている。しかも格闘技や武道といった戦闘に関するジャンルは特に相手の弱点を探り、自分の体を効率的に動かさないといけない。それには肉体に関する科学的知見が不可欠だ」


「だがそれなら解剖学の学者に聞いた方がいい」


「ははっ、確かに私の専門は電子工学だが解剖学の論文も出している。知見が全くないというわけでもない」


 いや、この人体についての研究が進んだ現代において論文を書いて発表する時点でかなりの専門家だから!


「それに君が相手するのはロボットなんだろう? なら私以上の適任者がいるかい? それに――」


 瀬尾教授は琢磨の顔にパンチをするとそれに反応して緩んだ胸ぐらを掴む手の肘を突き上げ、逆関節で決めた。


「――私の方が強い」


 そして、開いた琢磨の横脇腹を蹴り上げる。琢磨は本棚に強く当たり、山ほどの書籍が彼に降りかかる。

 あの技は前に先崎が琢磨に使ったものそのまんまだ。


「中庭集合。仕方ないから教えてあげるよ」



       ×  ×  ×



 夜の大学には誰も居らず、暗がりの中庭は暗視モードにしないと何も見えない。


「さてと、じゃあお望みの戦闘訓練を始めようか」


 そう言った途端、琢磨は無言、無表情で、瀬尾教授の顎をめがけて一撃、拳を放った。

 そのとき、瀬尾教授は受け止めるでも、くらうわけでもなく、受け流した。半身になり、体を僅かに動かしながら、拳の動きに合わせながら押し出し、拳の軌道を自分の顔から外した。


「気が早いな」


 そう言って瀬尾教授は琢磨の直線の動きを丸め込むように彼の顎を上げ、頭を倒し、投げ飛ばす。ラリアットに似ているがそれとは何か違う。


「お、これを受けられたか。じゃあ、初めてくらったわけじゃないのかな?」


 この動きは……。


「合気道か。一応自衛隊でも訓練として受けたことはある」


「そうかそうか。なら納得。まあよかったよ。君が使い物にならなくて」


 合気か。相手の大きな力を自分の力と併せて跳ね返す。……ってバキでは言ってたけどその実、よくわからない。創始者とその直弟子の何人かはすごく強かったなんて話は聞くけれど。


「自衛官を舐めるな」


 彼はそう言うも見るからに冷や汗をかいていた。


「うん、すごいすごい。でもあれは、あのまま頭から叩きつけることもできたから実戦だったら君の負けだね」


 あえて琢磨を煽るように彼は話す。


「さっきやった合気道の入り身投げなんて言われるこの技は相手の力の軌道をそらす、外から自分の動きに巻き込む技だ。これの利点は非力なものが強い敵に勝てる、体格の差を埋めることができるというだけではない。相手よりも疲れないで済むんだ。このように合気道は相手の力から逃げる、相手の力を利用するなどして疲れない技が多くある。これは試合を行わない武道だからこそといえる」


 そのとき琢磨は構えつつも興味深そうに尋ねた。


「なぜ、試合が関係する?」


「いい質問ですねぇ!」


 なんかそのまま政治の解説もしてくれそうな反応をする。


「試合は実戦に近い緊張感や間合いに読み合いなど多くの利点を持つものの、一対一とする以上、長期戦や一対多数の戦闘への意識が薄れる。そのため短期決戦に持ち込みたがる。その結果、攻め重視となり、受けや逃げるという発想が薄い。そのため腕力、体力がモノを言う場面が多い。階級別なんてのはその象徴だろう。まあ無論、約束稽古はその逆が言えるからどっちが正しいってのはないんだけど、君は前者の意識が、受け方や逃げ方、捌き方の訓練を疎かにしてきたようだからね。今回はそのお勉強って訳だ」


「じゃあ何だ。ずっと約束稽古ってことか?」


「まあ最初はね、今日はその前に君の実力を見ないと。あと、これから教える武道の解説だ」


 琢磨はまたしても打撃を加え、さっきと同じくいなされると、今度は瀬尾教授の外を回り、背後から逆の手で二撃目を加える。しかし、瀬尾教授も予想していたようで琢磨の腰に体を滑り込ませると拳を取り、体重移動で投げ飛ばす。


「合気道はこんな感じで自ら仕掛けることをしない。また、基本的に試合をせずにひたすらの約束稽古に徹している。また、近代武道には珍しい正座の状態から行う座技があるのも特徴と言える」


 この爺さん、頭いいだけじゃなくて強い! 随分と余裕の表情で淡々と説明を続ける。

 しかし、琢磨も投げられつつも逆上がりでもするように腕に飛びかかる。されど、それと同時に腹部に蹴りがまっすぐ入り、突き放す。


腕挫十字固めうでひしぎじゅうじがためなんてさせないよ。一発逆転狙うには最適な技だけどね」


 そう言うと彼は大振りで琢磨に殴りかかる。その途端、琢磨はすかさず構えていた手とその次に飛んでくる拳を掴む。

 しかし、捕まれると同時に瀬尾教授は手を天地に広げて倒す。あれは合気道の天地投げか……。

 その次に琢磨は胸ぐらを取り、背負い投げを狙う。

 だが、瀬尾教授は風に柳と涼しい顔して受け続ける。


「わかってないなぁ。君は」


 琢磨が投げを諦め、微かに油断したその瞬間、彼は鮮やかに投げ飛ばす。


「やぁ――、ここまで大車が気持ちよく決まるとは思わなかったよ。やっぱり君には柔道も教えないとならないかな。君には安易な押しと安易な引きが多すぎる。そして、力に頼りすぎだな。君が投げられなくて私が投げられた理由はそこにある。『柔よく剛を制する』。力が強けりゃいいと思っている奴が多いようだが力は時として邪魔になる。

 例えば十キロのダンベルと十キロの米袋。どちらが重いか問えば全員が米袋と答えるはずだ。同じ十キロなのになぜか。それは米が細かく、下へ下へと重力に引っ張られていくからだ。体重が乗り切らないからだ。人ならば眠っていたり、死んでいる人間が一番重い。つまり、脱力した人間が一番重い。公園の練習もその一つ。そして、攻める際には『引かば押せ、押さば引け』という(やわら)の崩しが柔道を学べば理解できるはずだ。とは言え――」


 瀬尾教授が言いかけたとき、琢磨は聞きもせず、ならばと今度は前蹴りを繰り出す。教授はひょいとかわすと今度は蹴った足を踏み込みに変え、力いっぱいの逆突きを放つ。

 しかし、その逆突きすらも空を切る。


「まだd――!?」


 そのとき琢磨の腕は下に突いたかのに見えた瀬尾教授の伸びた腕に肘を逆関節に押さえられ、追撃ができなくなっていた。

 そして、一瞬の拘束が解けて遅れて追撃すると、今度は打撃で伸びた腕を脇に抱え込みつつ引き、無防備な状態で寄った琢磨の顔を瀬尾教授は殴り飛ばした。


「――とは言え、君の打撃センスはなかなかのモノだこれは生かさない手はない。そこで君には伝統空手とか沖縄空手とかティーとか言われるモノを身につけてもらう。まあ流派がかなりあるし、型も異なるんだけど、どれにも言えるのが受けてその間にできた隙に強烈な攻めを叩き込む。って戦い方だ」

 

 琢磨が息を切らしているのに対し瀬尾教授は涼しい顔だ。


「今回はこの三つの武道を身につけてもらう」


 琢磨も理解したはずだ。


「覚悟するように」


 この人に教わって間違いはないと。




 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ