バイバイ
「今度は逃げないでね、お姉ちゃん」
満面の笑みで彼女は私に問掛ける。
「心葉ちゃん……」
私が言うと辺りがザワつく。
「ほぅ。こいつが」
「五十嵐の娘でロボットって話の」
それを聞いていた心葉ちゃんの顔が曇る。
「オジサンが居ないから来てみたのになんか他の人が沢山いてモテモテだね、お姉ちゃん」
その発言は心葉ちゃんの声でありながら、心葉ちゃんには聞こえなかった。
「それにみんな強そうだし」
その声と共に弾丸が私を襲う。
──カンッ!
その時、甲高い金属音が銃声を遮る。
「当たり前だ。ナメるなよ、餓鬼が」
目の前を横切った金属の棒。
──旋棍。
「別にお前に恨みがあるわけじゃないが、売られた喧嘩は買う主義なんだ。拳銃向けた以上は女だろうと餓鬼だろうと容赦しねぇ──」
そして、不良の王は堂々と宣言する。
「──ぶっ壊してやる」
すると、先崎はゆっくりと歩み出す。
彼は駆けない。全てを見下すように真っ直ぐ、ゆっくりと進み続ける。
しかし、彼女も黙ってそれを見てはいない。
「無理だと思うよ、お兄ちゃん」
小型のドローンが照準を彼に定めた。
その時、彼は飛びかかり、トンファーをロボットに振り下ろした。
「あんな程度じゃ無駄だ」
拓磨は嘲笑う。しかし、竜崎さんはそんな拓磨を小さく笑う。
「いや、どうかな」
ロボットは地面に叩きつけられる。そして、動かない。
そして、地面に降りるとまた、のらりくらりと静かに動く。
「めんどくせぇ……」
気だるそうに四方から飛ぶ弾丸をトンファーで弾き、避けながら。
「ほれほれほれほれ!」
彼はまた突然、飛びかかると一気に四機仕留める。
弾丸に一発も当たらない事実もさることながら、一撃でロボットを沈めているという事実に驚愕する。
彼はその細身にどれだけのパワーを有しているのだろうか?
これが不良の王。一介の学生でありながらナカケンさんに見初められた戦闘の天才。
「相変わらず流石というか見事というか。あの知恵にどれだけ翻弄されたことやら」
「うわっ!」
いつの間にやら横に立っていた警視長さんは普段のテンションで笑う。
「ごめんなさい、驚かせましたか?」
まぁ色々言いたいことはあるが、それよりも。
「知恵ってどういうことですか?」
「ははっ、では質問しましょう。何故我々警察が不良をのさばらせてしまっているのか」
「そりゃ一応未成年だし、子供の喧嘩程度じゃ──」
「そう、彼らの不良行為はせいぜい喧嘩程度。決してそれ以上の麻薬や窃盗、恐喝の類いのことはしない。それは彼が、不良の王としてそれを諌めているからなのです」
「まぁあれだけ喧嘩が強ければそうなるんじゃないですか?」
「ですが坂降宮高校には三将という制度となっている。つまり他にも二人、彼に匹敵する不良の王となれる存在がいる。その舎弟には口を出しにくいし、三将にそこまで強制したら再度の生徒間戦争となっていておかしくない。しかも今度は三つ巴の戦いではなく、2対1の圧倒的に不利な状況で戦うこととなる。勝つのはまず無理です。しかし、先崎龍聖という男はそれを可能としています」
確かに、例え彼が強くても数で押し切られて勝てるだろうか。まぁそこまでに強いと言うことも考えられなくはないが例えできたとしても頭のキレる彼は避けるはずだ。
「だとしたら考えられるのは彼には腕っぷしの強さ以上に恐れられる所以がある。或いは彼を不良の王とする利点がある?」
「はは、流石ですね。答えはその両方で一言で言うならば『知恵』なのです」
次に先崎は四足のロボットに目をつける。
彼は静かに狙いを定めるとロボットの目の前で走り出す。
すると、まるで踊っているようにクルッと綺麗に回りながら伸びる右前足を躱す。そして、最も曲がっている左前足に向かって走り込むと、同時にトンファーを長く構え、彼は一歩踏み込んだ。
彼は上から叩きつけるように突き、トンファーが足の関節に食い込むとそれを手放す。
そして、さらに曲がると彼はトンファーを強く蹴り込み、深く突き刺す。
すると今度はドローンの銃が彼を襲う。
流石の先崎もこれには耐えかねたようで直ぐにその場から去った。
ロボットはトンファーが突き刺さったまま先崎を追いかける。マシンガンを展開しつつ、動き出した時。何やら擦れるような金属音が聞こえる。
突き刺さったトンファーが体重移動によって前に掛かった足の関節を持ち上げ、関節部がトンファーの上を滑る。そして、バランスを崩すとそこから倒れ込んだ。ロボットはもう動かない。
まさか、本当に一人で倒すなんて。
彼はまた、ゆっくりと気だるげに歩き、ロボットの残骸の中からトンファーを探す。
「あはっ! お兄ちゃん、とっても小賢しいね」
彼がちょうど拾い上げた時、彼は消え、胸を打ちつけるドンと激しくも低い音が響いた。
壁に叩きつけられた先崎はトンファーを壁に垂直に立てて、爪を開き、押し潰そうとする四足のロボットの爪に耐えている。
「お兄ちゃんのそのトンファーは武器であっても武器じゃない。カモフラージュでしょ? 本当の武器はその暑苦しい学ランの中にあるんじゃない?」
「……何言ってんだ、クソガキ」
「見せてよ、その自慢の電磁パルス発生装置」
電磁パルス。目に見えない電磁波などの電磁エネルギーを照射し、受信機及びそれに接続された電子機器を使用不能とする
先崎は腕で跳び上がるとそのまま自重を全てトンファーの端にかけ、背中を壁に擦りながら落ち、着地する。
「ちっ、やっぱりもう一本足壊して倒してから使うべきだったか」
彼はその場から去ると背後のロボットがガラガラと崩れる。
「まぁ、誤魔化すのも疲れてきたからちょうどいいか」
彼がそう言って彼が群れの真ん中を歩くと骸の道ができた。そして、心葉ちゃんの前に立ち、ガニ股のままでしゃがむと彼女の目を睨んだ。
「それでクソガキ。壊される準備は出来たか?」
「殺されるじゃなくて?」
「お前のことをまだ人だと思ってくれる人がいるとでも思ってんのか?」
「違うよ、お兄ちゃんの話だよ」
先崎は後ろに倒れ込むと横から飛ぶ弾丸が目の前を通り過ぎる。
「ほら」
彼は後ろに転がりながら電磁パルスでロボットを沈めると、今度は正面の心葉ちゃんが拳銃を握り、二発放つ。
カンカンッ!!
トンファーで彼はそれを防ぐ。
しかし、彼女は変わらずの満面の笑みだ。
バンッ!
突如、短い爆発音のような音が鳴り響く。その残響は静寂を呼び、笑みを一瞬で曇らせた。
「……まぁ今回ばかりは助かった」
先崎は冷や汗をかきながら、そう言った。爆発音の元、先崎の視線の先には一華さんがその背丈と同じくらいの得物を伏射で構えていた。そしてその銃口から数キロ先、視力を最大限に調節してやっと見ることができる程度の距離に固定されたレールガンがこちらを向いていた。
「素直でよろしい」
一方、心葉ちゃんは呆気にとられていた。しかし、理解したのか、顔が歪むとガリガリと爪を噛み始めた。
「ねぇ、すっごい邪魔したね、お姉さん」
「ええ、目には目を、歯には歯を、レールガンにはレールガンを。ってのが私のモットーだから」
「嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い──」
狂気的な彼女の連呼。そして、最後に一言付け足した。
「──バイバイ」
彼女は突然、笑顔で手を振ると空から低く、短く、速い。
そんな音が降ってきて、銀の閃光が見えた。
そして、光と熱と爆風が襲──。




